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10 住処について

「お~い、国上、大丈夫か?」

 地蔵堂が久美ちゃんを看病してる。わたしが来た時からすでにこの状態だった。

 わたしたちが今いるのは地蔵堂邸の客間。応接室のすぐ隣で、縁側を臨む広い部屋だ。その部屋の真ん中、地蔵堂が敷いたと思しき布団に久美ちゃんは横になっている。

「だ、大丈夫です…だいぶ落ち着いてきました…」

 とは言うものの、久美ちゃん、普段から白い顔がさらに真っ白だ。

「ねえ地蔵堂、久美ちゃんどうしたの?」

「それが私もよくわからない。国上が来た時もうボロボロで、まだ話を聞けてないんだ」

「…私がお答えします…」

 見ると、久美ちゃんがどうにかこうにか身体を起こそうとしていた。

「国上!寝てなくても平気なのか⁉」

 地蔵堂が心配そうな声をあげる。そして久美ちゃんの背中を支えて、起こすのを手伝い始めた。こいつ、意外と甲斐甲斐しいな。

「もう大丈夫です。落ち着きましたから」

 そして久美ちゃんは、ゆっくりと語り出した。

「私は幽霊になってまだ半月ほどしかたってないのですが、一度死んだ身で現実世界に暮らすというのは大変なんですね。正直最初は、何とかなるだろうと思ってました。食事や入浴、睡眠の必要もないですし、暑いも寒いも関係ない。家すら必要ないって思ってたんです」

 家すら必要ないって…じゃあ橋の下にでもいたの?

「いえ、さすがにそんな事は…」

 ですよねー。よかったー。

「最初の最初は公園で暮らしてました」

 おんなじようなもんじゃない!

「別に公園でも悪くなかったんです。というか、真一君の家に出入りできれば、どこでもよかったんです。むしろ変に人様の家に住み着いて驚かせてしまうよりよっぽどいいと思ってました。でも、問題が起こってしまって…」

 問題って?

「犬に…追いかけ回されるんです…」

 犬?

「幽霊って、霊感が強くない普通の人間の方には見えないんですけど、どうも動物は人間よりそういうのに鋭いみたいで…野良犬さんに目をつけられてしまって…その…野良犬さんが疲れるまで朝から晩までずっと追いかけ回されちゃって…」

 何そのかわいい光景!しっぽふって追っかけてくる犬に、ワーワー言って逃げる久美ちゃんが容易に想像できる。

「それで今度は、他の幽霊さんにお願いして、一緒に住まわせてもらおうと思ったんです」

 幽霊のシェアハウスか…。って住み着かれる人間の側はたまったもんじゃないよね⁉

「でも全然受け入れてもらえませんでした」

 なんで?公園で暮らすよりはよっぽどよさそうだけど…。

「それが、幽霊さんたち、相当思い入れの強い方が多くて…。『この家に憑いてるのは私だけだ!』とか『私が憑いてる男に近づくな!』とか言われちゃって…」

「もともと幽霊になる人はそういう人だからな。国上みたいなケースが珍しいんだよ」

 いや、久美ちゃんも相当地蔵堂に対する思い入れが強いと思うけどね…。

「あきらめずに、現実世界に未練があるわけじゃなく幽霊になった人を探したんです。ある時、そういう方々が集会を開いてらっしゃると伺って、会場の墓場に行ってみたんです」

 どこから伺ったんだろう。っていうか会場墓場⁉何それ怖い!

「でも集まってる方々はみんな『既存体制を許すな!』とか『冥土に真の革命を!』とか言ってらして…」

「こっちの世界にも少数だけど過激派がいるんだよ…そういうやつらは、現体制下で安定してる冥土では活動しにくくて、幽霊になったりするわけさ」

 …どこの世界も世知辛いね…。

「とにかく、全然仲良くなれそうもなかったので、また一から住処探しを始めたんです。野良猫さんや野良犬さんに遭遇することもなくて、他の幽霊さんのご迷惑にもならない、そんなところを。で、一つ見つけたんです」

 どこどこ?

「お寺の軒下です」

 お寺?うーん…お寺って幽霊が出そうな気がしないでもないけど、でも幽霊が住み着いてるってイメージでもないんだよな…。

「それがその…ほかの幽霊さんたちはいなくて、初めのうちは快適に暮らせてました。でもしばらくすると住職さんに感づかれて…」

 そりゃそういう方向のプロですからね。

「で、さっき除霊されかけてしまって…。さしずめ強制送還ですよ。何とかお寺を這い出したんですけど、そのころにはもうボロボロで…それで真一君の所に助けを求めたわけです」

 そして今に至る、と。

「ねえ地蔵堂。今後どうするの?このまま久美ちゃんを返しちゃうとまた住むとこのない、いわば野良幽霊になっちゃうんじゃない?」

「の、野良幽霊って…でも、そうだね…」

 地蔵堂が思案顔で黙り込む。

「地蔵堂の家に住まわせてあげるわけにはいかないの?」

「私の所は厳しいよ。国上は正面切って入れないけど、お目付は出入りできるしたまに来るから、国上が見つかったら大変だ。なんかないかなぁ…いい方法…」

 そういえば前にも言ってたよね。いろいろあって久美ちゃんは入れないって。なんでなんだろう。そもそもそこが謎。

そんな私の疑問を知ってか知らずか地蔵堂、険しい顔で考え込んでる。

ほどなくして、地蔵堂はぱっと顔を輝かせると口を開いた。

「一つあるじゃないか!野生動物がいるわけでもなく、かつすべての事情を知っている人間が住んでる家が!」

「それってどこ?」

「牧ヶ花のアパート!」

 は⁉

「牧ヶ花、君確か一人暮らしだろ?」

 そりゃ地方大学に通う学生だもの。市内に実家があるでもない私は一人でアパート住まいだけど…。

「そんな、急に言われたって――」

 あれ?何だろう。なんだか急に目の前が真っ白になっていく――――――


 ――――――小鳥のさえずり…カーテンの隙間から差し込む朝日…。

 目が覚めたのか。地蔵堂の所に行くといつも夢の記憶が鮮明だ。まだ余韻を感じる。ええと、確か久美ちゃんが住むとこなくて、犬に追われて、除霊されて…。

 ああ、このままもうひと眠りしようかな…。今日一限ないし…。

「牧ヶ花さん、おはようございます」

 なんだろう?実家でもないのにわたしを起こす声が聞こえる。まあ気のせいでしょ。

「牧ヶ花さん、朝ですよ。起きてください」

 うるさいなあ。せっかく二度寝を謳歌しようってのに。

「ほら牧ヶ花さん。早く起きてください。私こっちでは物に触れないから、カーテン開けられないんですよ」

 だから、うるさ…ってうわぁ!

「く、久美ちゃん!」

 見るとそこには足元が透けてる久美ちゃんの姿があった。

「えへへ。今日からお世話になります」

 どうやら、わたしのアパートで久美ちゃんが暮らすのは決定事項だったらしい。

 こうして、わたしと幽霊一人の共同生活が始まった。まあ、片方は生きてないから「生活」ってのも変な話だけどさ…。


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