96.兄妹は訓練を開始する
乾燥が段々ひどくなり、
初めて踵が割れました。イタイ。
2巻の予約、お願いします。
「右斜め前」
「了解」
俺はハルの指示に従い刀を構える。意識してみれば、魔力の気配を感じる。すぐに草が揺れ、オオカミが飛び出してきた。
重心の移動で体を揺らし、オオカミの攻撃を避け、揺らした体の勢いを刀に乗せオオカミにぶつける。
胴に当たった刀はそのまま、オオカミを2つに切り分ける。
振った刀は降ろさずに、そのまま構え周囲に意識を向けていく。
不自然な魔力、無し。物が擦れる音、無し。揺れる草木、無し。
「ハル、他は」
「何もなし。大丈夫だよ」
ここまでを最大限集中したまま行い、息を吐く。
俺たちが今行なっているのは、探索技術の強化。言うなれば訓練だ。
ダンジョンの奥にいたゴブリンやスライムのように、これからのモンスターは今までとは違う、何か特殊な能力を持つものなのだろう。
俺たちが、それらを相手にはたくさんのスキルで常に警戒し反撃できるようにしていなければいけない。
とは言え、それは疲れる。常に緊張し続けるなど。今の俺たちには難しかった。
しかし、それはほかの探索者の言う普通であり、俺たちのように、最初に手に入れたスキルが索敵系でない人はいつ、どこからモンスターが現れるかが分からない。
それを考えてみれば俺たちに対して遅すぎる他の探索者の成長スピードにも納得できる。
ダンジョン探索において最も大きな敵は、モンスターでも、身体の体力でもない。精神がどこまで持つかだったのだろう。
今まで精神を鍛えるような訓練をしてこなかった俺たちにとって、そのような緊張感の中で戦い続けるのは無理だ。スキルがなければ俺たちは瞬く間に弱くなってしまう。
ならばどうするか。スキルに頼りすぎている俺たちがどうすればいいのか。そこで俺が思いついたのが、スキルに頼らない索敵の訓練。
モンスターが現れた瞬間戦いに移るような精神力が、俺たちには無い。ならば目の前に現れる前に気付けばいい。
幸い森林は音が通りやすく、草が動くから敵が近づいてくるのが分かりやすい。
モンスターはスタンピードのすぐ後よりは増えたのだが、スタンピードの起こる前と比べると少ない。ここは訓練に都合が良かった。
『パッシブ』である索敵系統のスキルを無理やり認識しないようにしながら、モンスターを探している。
スキルを使わないでも、なんとなく魔力の場所がわかるようになったが、その範囲はハルの方がおおきいらしい。ほんの少しでも音が鳴れば、草が揺れれば、魔力が動けば気付く。
俺はハルの言った方向を向き、その魔力、音、動きを確認し、覚えてから敵を狩るという方法で訓練を積んでいた。
そして、訓練はもう1つ。これは訓練というよりは実験だろうか。
その実験が、スキルの改変。
今までもハルの【ボム】や俺の【バインド】など、元々の形を変えて使ってきた魔法がある。しかし、それはどこまで変更可能なのだろうか。
ハルの【ボム】は温度から、燃焼、光の強さなどまで操作していた。
【ボム】の魔法は爆発であり、爆発とは本来、強烈な燃焼である。だからハルの使う炎のような【ボム】も普通である。
本当だろうか。
俺にはそれがとても不自然に見えてならない。
【ボム】という魔法が起こすのが、爆発であるのではない。とある爆発のような魔力の攻撃を、ボムと総称しただけではないのだろうか。
もしそうだとすれば魔法ごとに大きな違いはなく、改変も無限の可能性を秘めることになる。
ステータスに表示された魔法ではなく、魔力を使った攻撃の技術を確立できるかもしれないのだ。もし、それができれば。
あの厄介な、ダンジョンの深層のモンスターのスキルを封じ込めることができる。
「ハル、他にはいるか?」
「近くにはいないかな。ちょっと休憩しよ」
ハルがトンファーをしまうと近くにある木にもたれかかる。
俺も刀を鞘に戻す。その時、鞘に刻まれた魔法陣に指先が触れた。
「そういえば最近試してなかったな」
俺は小さく呟き、手を前に出す。そのまま小さな炎をイメージし、指先に魔力を集めていく。何度もやって、そして失敗したこと。もうこれ以上集まらなくなったところで、唱える。
「炎よ」
俺の指先には、一瞬だけ、1センチにも満たない炎が揺れ、消える。
「え、おにい。今のって?」
不意の成功に俺たちはしばらく動きを止めるのだった。




