94.兄妹は話し合い、妹は思いを述べる
「と、いうわけで、だ。ハルはどう思う」
朝食の席で、これからの資金や、ダンジョン探索について話した。
最初、ダンジョンに潜らなければいけないかもしれないことを話したときは、不安そうに俺の手があった場所をちらちらと眺めていた。それでも話が金銭的なものに変わっていくと、真剣な表情で考え始める。
「それは、感情で潜らないほうがいいっていうのは置いといて、ってことだよね」
ハルは目を鋭くして、俺の目を見つめる。
「勿論、ダンジョン探索以外の方法で生きていくことは可能だと思う。だが、2人とも中卒で、俺に至っては片手がない。仕事は簡単には見つかんないだろうな」
「そうだよね」
ハルは目をつぶり、下を向く。その表情は何かをこらえている時のものではなく、真剣に考えている表情だった。
「ねえ、おにい。今、持ってるものを全部売ったら、どれくらいになると思う?」
俺たちが、抱えているアイテムに素材系統はほとんどない。ため込んでいた全てをこの前のリムドブムル戦に使ってしまったからだ。
では、素材ではないアイテムはどうか。ダンジョンで得たものや、自分で作った装備。魔道具。ゴミスキルの入ったプレート。
モンスターがドロップした魔道具や装備はそもそも数が少ない。
高額で売れるような高価な装備が取れることなど、かなり稀だ。魔道具も同じく、実力があっても個人で得られる数などたかが知れている。
自分で改造や、作った装備はそもそもが中古になるので安くなってしまう。
全部売ったとしても、2人が生活するには少ない。
「そこそこの額にはなるだろうな」
「そこそこ、だよね。多分一番高いのが、アイテムポーチかな」
「その価値も段々下がってくるだろうな」
「値段が高いうちに全部売って暮らすのも難しいか」
ハルはしばらく考えたのち、軽くため息を吐く。
「おにい、動けるの? 片手がなくて」
ハルの質問が、まっすぐと突き刺さる。
ハルは金庫の前に立つと、その扉を開き、トンファーを取り出す。1本のトンファーを持ち、ふらりと立ち上がると、その先を俺に向けた。
「私は怖いよ。武器を持つだけで手が震える。あの時のことを思い出しちゃうし、最悪を考えちゃう」
ハルの手は小さく震えていた。その手がゆっくりと開き、トンファーが零れ落ちる。
「私たちがまだ生きてるのはただの幸運。私はそう思ってる。幸運って何回続くのかな」
ハルは再び屈むと、落としたトンファーを拾い、開いたままの金庫に投げ入れる。
トンファーが飛び込んだ金庫はその衝撃で扉を閉めた。
「おにいが死んじゃうぐらいなら、限界まで貧しく暮らした方がまし」
いつの間にか、ハルの目はにらむように変わり、俺の目を射抜いている。
「それでも、ダンジョンに潜る?」
ハルの目が少しだけ潤むのが目に付く。それを見て、その言葉を聞いて、俺に言えることは何もなかった。
「悪かった。考え直す」
ゆっくりと腰を上げ、玄関に足を向ける。
「少し、風に当たってくる」
「うん」
ハルの見送りは無かった。
まだ日も昇りきらない時間。横から注がれる光に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
俺が考えていたのは、お金のこと。生きていくこと。感情は置いておき、合理的な方法だけを考えていた。そこに感情の入る隙間は無く、ハルが言ったのはそこだった。
ハルは、おにいが死んじゃうよりは、と言った。それは俺も同じだ。
ハルが死んでしまいそうになれば、自分の命を投げうって助けるだろうし、そんな状況にはさせない。
それでも実際には、ダンジョンに潜るというのはそういうことだった。
感情と現実。
俺の考えはまとまることがなく、いつまでも頭の中を回り続けるのだった。




