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92.兄妹は東京を救う

「ハル、退路は無い。なんとしてでも生きて帰るぞ」


「うん」


俺はフェイクキメラグラトニー。キメラに順々に魔法をかけていく。それと同時に『ショートカット』に3つの魔法とスキルを登録した。


「【スロー】【ロス】【アンプロテクト】【カース】」


俺が使えるデバフ系の魔法。


「『ショートカット』ハル、最大火力で頼む」


キメラがいる周囲の空間から生えるように【バインド】の茨が現れ、それはキメラに巻き付きながら、何度も分かれ、量と範囲を広げていく。

『ショートカット』に登録したのは【バインド】【チェイン】そして『座標』。

魔法を狙った場所に当てることのできる『座標』のスキルを使うことで【バインド】の茨を空中に出し、それを【チェイン】の効果で広げた。

俺を吹き飛ばすほどの力を持つキメラであっても、あれだけの量の茨であれば動きを止められるだろう。そしてハル。


「いくよ。『暴走』」


ハルから魔力が吹き荒れる。ハルはそのままモーニングスターを槍のように構え、キメラに向けて走り始める。


「【障壁】」


キメラが薙ぎ払うように振った腕をできるだけ斜めに出した【障壁】で逸らし、自分は頭を下げる。

それでもキメラの腕は【障壁】を突き破り、ハルの頭上すれすれを腕が通る。


「てりゃぁー‼」


ハルはそのままキメラに突撃し、モーニングスターをその腹に押し付ける。

キメラの体は柔らかいようで、モーニングスターの半分を飲み込んでしまうほど腹が沈む。


「【ディカプル】【インパクト】」


強い光と共に、ハルがモーニングスターをぶつけたキメラの腹が膨らみ、大音量と共に爆発する。

爆発により体の半分が吹き飛ぶ。腰より下はすべて消え、腹や胸もしっかりと抉れている。俺の【バインド】もしっかりと吹き飛んでいた。


「イダイ、ナイ、タベル、タベルゥ」


キメラはそれでも、這うようにして動くと、声を上げながら散らばった自分の破片を拾い食べていく。それと共に無くなった腰の下の部分から泡が噴出し始めた。


「残念だが、回復する敵は予習済みだよ。ハル、下がれ。【封魔】」


その魔法を発動すると俺の中から魔力が凄まじい勢いで抜けていくのが分かる。

しかし効果はあったようだった。泡による回復が止まり、行き場を失った泡は地面に落ちていく。

キメラは落ちた泡を掬おうと手を伸ばすが、泡は手に乗る前に霧となって消えてしまう。何度か試し、泡が完全になくなると、ゆっくりと顔を上げ、その目が俺と合う。


「今のうちに体を減らしとくか?」


右手しかないため使いづらいが、大鎌を振り回す。宝具だから威力は高いし、刀よりリーチが長い。


「クウ、タベル、ジャマァ」


キメラは腕の形を変えることでリーチを変えながら、俺に殴りかかる。泡での回復はスキルであっても体を変形させることができるのは自前の力らしい。

振られた腕に大鎌を合わせ、流し、切り裂く。それでも大鎌の達人でもなんでもない俺には、負担が大きかったようだ。

衝撃で段々と手が痺れ、動かなくなっていく。息も切れ、頭痛も酷くなってきた。


「ハル、一旦代われるか?」


「おっけ。キメラの動き止められる?」


「了解」


何度も打ち合うことで隙を伺い、最も良いタイミングで大鎌を使わず、キメラの懐に入り込む。そして。


「1体捕獲」


大鎌の刃をキメラの体ごと地面に打ち込んだ。ハルが魔法を使えるように【封魔】を止める。その時すでに、俺の魔力は1割も残っていなかった。


「おにい、ナイスッ【獄門】」


地面に固定されたキメラの下に巨大な穴が現れる。しかし、キメラが強すぎるのだろう、穴には完全に入らずに、穴の上で暴れている。


「ハル、押し込め‼」


俺は先ほどキメラに割られた無形の鎧を取り出し、キメラ目掛けて走り出したハルのモーニングスターにハンマーの形になるようにまとわせる。


「「いけぇぇーー‼」」


地鳴りのような大きな音と共に、キメラの体が沈む、拮抗していたのはほんの少し。


「タベタイィーー」


キメラはおかしな叫び声をあげながら、【獄門】に吸い込まれていった。

キメラを完全に吸い込んだ獄門はゆっくりと、ゆっくりと縮み、そして消えた。

【獄門】が消え去ったところには1つの黒い魔法陣と紫色の宝石が残る。

疲労だろうか、視界がぐるぐると回ってるような気がする。

それでも。


「勝った、な」


俺は、目の前に落ちた紫色の宝石に手を伸ばし、視界が1回転するのを感じる。

あ、これ駄目な奴だ。

そんなしょうもないことを悟りつつ俺の意識は消えたのだった。




ゆっくりと目を開く。

ここはどこだろう。知らない部屋。白い天井に壁。俺が寝ているのはベッド。

そしてベッドの横には、点滴。


「あぁ、病院か」


そう呟きながら目を閉じれば、お腹に重さを確認する。点滴の刺さっていない左手を伸ばそうとして、左手が無いことを思い出す。

仕方なしに顔を持ち上げ、見てみれば、ハルが気持ちよさそうな顔でぐっすりと眠っていた。ベッドの横の椅子に座り、頭を俺のお腹に乗せている。

右手は動かせないし左手は無いので、足を軽く持ち上げることでハルを揺らす。


「ハルー、おきろー」


「んぁ、朝?」


ハルは眠たそうに眼をこすり、起き上がると伸びをする。そのままもう1度目を瞑り、きょろきょろと周囲を見る。

当然目を瞑っている為何も見えないのだがこれは癖のようなものらしい。

数秒動きを止めると、ゆっくりと目を開き、そのまま俺を見てさらに目を開いていく。ついでに口も開いていく。


「おにいが、起きた。起きた、よかったぁ」


心底安心したとでもいうように再び俺の腹の上に突っ伏したハルは、何度も良かったと繰り返す。その頭をなでることすら出来ないことが少し、歯痒かった。


ハルが元に戻ったところで俺はここまでのことを尋ねる。ちなみに顔を上げたハルの目が潤んでいて、それを隠すように元気にふるまい始めたのが印象的だった。


「まず1つ目なんだが、なんで俺は倒れたんだ? 予想はついているが」


「それは貧血だって。よく考えったら結構血、流れちゃったもんね」


「じゃあ、倒れた俺をどうしたんだ」


「私が運んだよ。体力的には余裕があったからお姫様抱っこで走った。黒いパーカーは身ばれの危険があるから脱がせてアイテムポーチに入れといたよ」


「おぉ、ありがと」


焦っていても、しっかりと正体がバレない工夫はしてくれたようだ。

現在俺たちは探索者としてダンジョンに潜ったけど実力不足でモンスターに負けて左手を失った兄と、モンスターから兄を抱えて逃げることのできる力ある妹として見られているらしい。

いつの間にか俺の評価は下がっていた。


「これが最後だ。スタンピードは終わったのか?」


1番聞きたかったのはこれだ。現在東京で、スタンピードが続いているのなら俺たちの行った意味がないかもしれないのだ。


「終わったよ。日本だと東京が最後で、世界的にもほとんどが終わってるみたい。今は次こんなことがあったら大変だから今度からしっかり探索者を支援してモンスターを間引きしようって形で政府は動いてるみたい。海外ではかなり強いモンスターがダンジョンから出ちゃったことも結構あるみたいだよ」


ハルはスマホを開き、それを俺に見せる。そこには数人の探索者の証言が書かれていた。


私たちは、16層の森林でユニークモンスターというかなり強力なモンスター3体と戦っていた。その時、助けに入ってくれたのが黒い服に身を包んだ2人組だった。

彼らは容易にモンスターにダメージを与え私たちからモンスターを引き離すと森林の奥へと消えていった

あの強さならきっと今も生きて地上に帰っている。彼らがいなければ私たちは死んでいた可能性も十分にあった。

だから私たちは彼らに最大の感謝を送る。

私たちを救ってくれて本当にありがとうございました。


「あぁ、助けることはできてたんだな」


「まあ、勇者にはなれなくても英雄っぽくはなれたんじゃない? 目標達成だね」


「目標?」


俺は聞き覚えの無い言葉に首を傾げる。


「ほら、最初に言ったじゃん。陰の英雄になってみようかって」


「あぁ、そんなこともあったな」


あれを言ったのは確か、スタンピードに対して何かをしたいって考えたことが最初だった気がする。最初は娯楽を考えたときの思い付きで言った言葉なのによくもここまで来たものだ。


「私たちが強くなったからできたんだよ。いつの間にか最強になってたからね。アンガス傭兵団よりも強くなっちゃってた」


「最初は娯楽のためだったのにな」


ガラッと音がして病室の扉が開く。


「あれ、木崎さん、起きたんですね。今、先生を呼んでくるので、少し待っててくださいね」


入ってきた看護師は俺を見ると、少し驚いたような顔をして、再び病室から出ていった。


「じゃあ、私も邪魔になっちゃうと思うから出てるね。飲み物買ってくる」


ハルは小さく手を振ると、軽い足取りで出ていく。

1人で今まであったこと、そして現状を思い呟く。


「まあ、娯楽を求めて最強へってところか。何言ってんだろ、俺」


俺は再び目を閉じ、再び入ってきた看護師に起こされるのだった。


何で週明けはこんなにも眠いのか。

よく考えてみれば、1週間ずっと眠かった。

挿絵(By みてみん)

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