09.兄妹はドロップ品に目を輝かす
「ん? なんだこれ」
俺は狼が死んだ後に残った白い塊を拾った。
「爪じゃない? 劣化してないからさっきまで戦闘に使ってた部位じゃないだろうけど」
ハルが顔をのぞかせて確認する。よく見てみれば確かに爪っぽい。ハルが言った通り地面や俺の武器に当たったことでの摩耗は見られないし、そもそも土が全くついていないどころかついたことが無いような真っ白さだ。
「ドロップ品はその個体と関係ないってことか? ん? でも狼だから爪なんだろ?」
「多分だけど正確にはモンスターを倒したときにそれに対応したものが報酬として残るみたいなイメージかな。狼を倒したから狼の爪だけど、狼が使用していた爪ではないってこと。かな?」
俺が混乱しているとハルが簡潔にまとめて説明してくれる。
「つまり倒すときは木っ端みじんにしても良いってことか」
「それは検証してから。そんなことしたらドロップしたものまで衝撃の余波で壊れるかもしれないけど」
「んーまあ、そうだな。よし、じゃあハル、検証するか」
「いいよ。まずは狼以外の敵を探さないと。今のところ爪は3体倒したうちの2体からドロップしているから確率的には66パーセント。もう少し検証しないと」
じゃあ、と落ちている鍬を拾いハルに鉈を返す。やはり鍬の方が長時間使っているだけあって手になじむ。持ち手の太さは正直自分に合っていないが、先っぽに重心が偏っているこの感覚が丁度いい。
歩いているとその後も狼とは出会った。スキルについては存在を知ったので不意を打たれることもなく対応することができた。ハルは、スキルを使われた爪に向かってバールで殴って倒している。火力のごり押しはヤバイとよくわかった。俺の鍬は柄の部分が金属とはいえ中身を空洞にして軽くしてあるようなものなのでそんな風に使ったらへし折れる。
それから狼は基本的に3匹ずつで行動しているらしい。というのも俺たちがそのあと見た狼は三匹が三回と計四回。偶然にしては出来すぎている。自然にこの状態ができるとは思えないので、これがダンジョンのシステムなのだろう。そして落としたものは、爪が9個に石が5個。
当然のように一匹の狼から重複して両方を落とすこともあった。石の見た目は完全に黒曜石。ごつごつしていて、光沢のある黒さ。ただ、紫の線がところどころにぼんやりと入っていた。黒曜石ならば真っ黒か、白い部分が含まれているのだからこれが黒曜石ではないことはよくわかる。ちなみに強度は通常の石と同等程度で、ハルが本気でバールを振り下ろしたらあっさり砕けた。
ちなみに爪の強度はとても弱かった。確かに硬いのだが、ステータスの上がった俺たちなら、やろうと思えば素手でも折れるぐらい。これがただの爪なら実用化は難しいだろう。アクセサリー的な使い方も難しそうだ。
「まあ、そんなもんだよな」
「初ドロップが人智を超えた強度、とかだったら笑えないからね」
俺の言葉にハルが同意を示す。まあ、あれだ。期待しすぎないで良かった、という奴だ。
「さて、おにいに朗報。遠くからこちらに近づくモンスターがいるっぽい。一匹しかいないから狼じゃないと思う」
「おお、やっと来たか。だんだんこの階層狼しかいないのかと思い始めてた。でどんな感じ?」
「偶然こっちに来ましたって感じで歩いてるから索敵能力は高くない。あと結構のろまで、狼より強い」
「こうやって考えると案外分かることって多いよな」
ふーん、と思いながら壁際によって索敵に集中する。
「あー、あいつか。確かに狼よりはかなり強いな。4足歩行で蹄は硬そうだな。そこそこでかいし」
「じゃあ、私がいきなりボムぶつけておにいが不意打ち? あ、来た」
「気づかれたな。じゃあ、初撃は頼んだ」
強力な気配が向こうからかなりの速度で襲ってくる。そりゃあ、敵を見つけてもないのに全力疾走してるわけないよな。モンスターだって散歩しているときはのろまで当然だ。
それならばこんなに速いのにもうなずける。さっきのハルの言葉との相違点に一人で納得していると後ろの気配が強くなった。まあ、集中したときのハルの気配なんだけど。
じゃあ、行きますか。
「『ボム』」
突っ込んできたモンスターの鼻っ面にボムがぶつかると同時に壁を蹴り敵の上に移動する。そして鍬を勢いよく首へ振り下ろす。はずなのだが。
「首ってどこだよ」
首の正確な位置が分からないのでとりあえず顔に攻撃をしておいた。
首の場所が分からないほどにまるまるとした体形。茶色の毛に牙が生えており、事実かは知らないが直線のみ異様な速さをみせ突っ込んでくるそいつは。ボムが当たったことでブヒィと悲鳴を上げてなおスピードを落とさずハルに向かって突っ込んでいった。
「にくぅ‼」
結果ハルの意味わからん掛け声とともにバールでしこたま殴られたそいつは軽い脳震盪を起こしたのか、スピード落とさないままハルの横を通り過ぎた後、ふらりと曲がり、そのまま全力で壁に激突した。
「うわぁ、痛そ。絶対俺たちの攻撃より今の方がダメージ受けてるだろ。この猪」
「ん、突っ込んできたからホームラン的な? 思ったより勢い強くて手が痛いけど」
そう、俺たちのところに突っ込んできたのは猪だった。それもイラストとかで描くデフォルメされた首のない丸い猪。イメージとしてはそれの身長を1メートル50ぐらいにして凶悪にした感じ。
ちなみにその猪は壁に当たったのがとどめになったのか俺たちの足元で伸びている。消えていないということは死んではいないのだが、しばらくは起き上がれないだろう。いやしかし、今回の俺の出番がほぼゼロだった。
「ということで、とどめぐらいは俺が刺します」
「何が、ということでなのか分からないけどいいよ。ラストアタックなんて無いし」
「そうなの? じゃあ経験値の配分はどうなるの。たまに起きるステータスの変化が経験値を貯めたことによるレベルアップとするならだけど。ってハルに聞いても分からんか」
「与えたダメージの割合。じゃなくて、戦闘の貢献度の割合かな。私たちが今まで狩ってきた敵を考えると」
「そ、そうなのか」
「ん」
やばい、ハルが優秀すぎて俺の価値が無くなりそう。というかレベルってそう決まってたんだな。確かにハルが魔法で援護の時は俺もハルもレベル上がるのに俺が付与で援護の時はハルのレベルだけ上がるのが早かったのはそういうことか。
付与だけじゃ戦闘に貢献している割合は低いと。つまりはここで猪にとどめを刺しても大した経験値はもらえないと。まあ、とどめは刺すけど。
鉈を振りかぶって首だと思わしきところに突き刺せばかなりの抵抗はあるがしっかりと突き刺さり。数秒ほどで霧となって消えた。
そしてそこに残ったのは一塊の肉。
「肉か。肉⁉」
「肉だぁー」
俺が驚いている中ハルは両手を挙げて喜ぶとすさまじい速さで肉をかっさらい持ってきていたビニール袋に入れてリュックに入れる。肉の大きさは大したことがない。
せいぜいステーキ1枚といった所だろう。しかし考えてみてくれ。肉なんてろくに食べることのできなかった貧乏兄妹のところにステーキ1枚分の肉。贅沢の極みではないだろうか。
「おにい」
「よし、ハル」
「「狩りつくそう」」
ここに俺たちの世にも恐ろしいステーキ狩りが始まったのだった。