88.兄妹は地上で戦う
「おにい、段々反応が増えてきたよ。そんなこと無いって言ってる人もいるけど、少数派かな」
人が死ねばモンスターが増えるという俺たちの推測をネットで拡散した後、俺はいつも通り昼食を作っていた。
その間もネットで、俺たちの考えに対する反応をうかがっていたハルから聞かされたその情報は安心するものだった。
目立ちたくないとはいえ、別に他の人が死ぬことを良しとするわけではない。身バレせずに人を救う方法があるならば、すぐにでもその方法を取る。
「ハル、東京の方はどうなってる?」
俺が最も気になっているのは東京のダンジョンだ。他のダンジョンは何があってもここからは遠く、どうしようもない。
「うーん、まずいかも。モンスターの処理が追い付いてないみたい。あと街中にモンスターが立ってる写真がSNSで流れてる」
その言葉を聞き、考える。リスクを考える。そして。
「ハル。東京に行く気はあるか?」
「街を守るために?」
「正確には人を守るためにだな。親父も言っていたが俺は他のどれだけの人の命よりも俺自身やハルの方が大事だと思っている」
「うん」
「だからな」
俺がそこまで言ったところでそれをハルが引き継ぐ。
「もし、自分たちが絶対に安全なら助けに行くのもいいと思うってことでしょ。私も助けに行きたいよ。自分で確認したいこともあるし」
「どういうことだ?」
ハルが言う確認したいことが分からず聞き返す。
「スタンピードが長すぎるから。私たちの方がモンスターの処理スピードは早いだろうから気にしてなかったけど、まだ探索者が押されるほどの数がいるなら異常だと思う」
「あぁ、そういうことか」
丁度できた昼食を食卓に並べ、スマホを使いネットを見てみれば世界中どこのダンジョンでもスタンピードが収まったという情報は無い。
「これからどういう風に立ち回るかは置いておいて、状況を見るだけでもした方がいいと思う。」
「だとすれば、だ」
俺はいつもの装備に加えて顔を隠せるものを用意する。もしもの時使うであろう物をアイテムポーチからリュックへと移し替え、まとめる。
「手出しは基本的にしない。するなら人目の無いところで。人前で戦うならば中級探索者を装う程度の強さで。ってところか」
「うん。分かった」
「じゃあ、とりあえず」
俺たちは食卓を挟み、座る。
「昼ごはん食べるか」
「「いただきます」」
昼食を終えてからそそくさと準備を整え、いつまで残るか分からないが、【バインド】と『錬金』を使って作った茨をダンジョンの入り口に設置しておいた。
そして今、俺たちは東京に来ていた。
毎日人が溢れかえっていたはずの街を歩いている人はほとんどいなかった。
やはりモンスターがダンジョンから出てしまっているのが関係するのだろう。ここはダンジョンに近い。モンスターがいてもおかしくない。
そんなことを考えている時だった。
「おにい、あっちにモンスターがいる」
ハルが指さした方向はダンジョンのある方向ではなく、ビルの間。
「とりあえず行ってみるか。ステータスも機能してないから、様子見で」
「分かった」
俺たちは街中なので武器を出さないということをしっかりと守りながらハルの『察知』が感じ取った方へ向かう。少し歩けば俺の『把握』にも反応があった。
「ゴブリンだな。人型だから戦いやすい」
反応のあったビルの間をのぞき込んでみればそこにはきょろきょろとあたりを見渡すゴブリン。迷子だろうか。
そのゴブリンもこちらを見ればもろ手を挙げて飛び掛かってくる。しかし。
「遅いな」
走り方はまるで力が入っていないかのように安定しておらず、すでに限界まで運動したかのようだ。
それに、1階層のゴブリンよりも遅い。腕の振り方も足の動かし方も。
ゴブリンが振り下ろした手を軽く掴み、そのまま一回転させる。相手が人ではないので、中途半端に回転させ頭から地面に落とした。
ゴブリンはそれだけで呻くこともなく動かなくなる。少しするとゴブリンは消えていった。
「簡単に死んだね」
「だな。ダンジョンから出てゴブリンも弱くなってるのか」
この強さのゴブリンならば子供でも勝てるだろう。自分に殺意を向けてくる敵に躊躇なく攻撃を加える勇気があればという前提はあるが。
当然ゴブリンのドロップは無い。
「さて、ダンジョンに行くか」
「うん。そうだね」
ゴブリンがいた痕跡など微塵もないそこを離れ、俺たちはダンジョンに向かった。
ダンジョンに近づいていくと人の声が聞こえ始め、それは段々と大きくなる。
罵声や怒声、そして悲鳴。モンスターの唸り声も聞こえてくるし、金属のぶつかるような音も聞こえてくる。
少なくとも金属のような固い部位を持つモンスターが地上まで出てきてしまっているらしい。
ダンジョン前の広場に行くとそこは人でごった返していた。大半は野次馬か。
ダンジョンから出てきたモンスターを閉じ込めるように柵が張られ、その中では探索者がモンスターと戦っているようだ。
探索者と戦わずに柵をよじ登ろうとしたモンスターは柵の外から叩かれ再び柵の中へと落ちている。
と、思えば、悲鳴が上がり人の塊が綺麗に割れる。そこにいたのは柵を上り切ったのだろうゴブリンだった。上がった柵から転げ落ち、地面に転がっているゴブリンはすぐに立ち上がると最も近くにいた女性に飛び掛かる。
その足取りは先ほど俺たちが戦ったゴブリンよりも速く見えた。
「はーい、ストップ。えい」
いつの間にか前に出ていたハルがそのゴブリンの首を掴み、再び地面に転がす。そして。
「てりゃー」
足を掴み振り回すと柵の中へと投げ入れた。
少し高さが足りなかったのだろう。飛ばされたゴブリンは柵に頭をぶつけ、回転しながら、柵の中へと落ちていく。
ハルはそのまま周囲を見渡すと、周囲の目が自分に向けられているのに気づく。
「おにぃー」
先ほどのかっこよさはどこにもなく、顔を隠しながら俺の方へと駆け寄ってくるのだった。




