87.兄妹は戦争の始まりを見つける
「あー、疲れたー」
徒歩で森林まで戻った後、転移で1階層まで飛び、自宅まで戻ってくる。地下室へと上がるなり、ハルは装備を外し床に寝転ぶ。
「装備は上に運んどくぞ」
俺はハルの装備を抱え階段を上る。とはいえハルの装備は適当に置いておき、自分の装備を外してからパソコンを開く。
全てのダンジョンから溢れているモンスターはどうなっただろうか。日本のダンジョンを順々に見ていくと状況が悪いことがよくわかる。
何体ものモンスターがダンジョンから逃げ出している。一般人に特に危険であるモンスターを重視して討伐していくため、より数の多い弱いモンスターが逃げ出しているとのことだ。
とはいえ、未だそれほど危険なモンスターがダンジョンから出たことは無いらしく、避難しているのは近隣の住民のみで、ダンジョンから少しでも離れていれば家の中に隠れていたほうが安全らしい。
それに加え重要な情報がもう1つ。ダンジョンが広がっている。ダンジョンの入り口の前にある広場ではすでに魔法が飛び交い、スキルを使ったモンスターとの戦闘が行われている。
ダンジョン外に出ているのにモンスターのステータス低下もほとんどない状況らしい。
このままダンジョンが広がり続けることになれば、地球のすべてがダンジョンとなるのも遠い話ではないということだ。
発展途上国などでは既に地上をモンスターが徘徊しており、ゴブリンが肉食動物に食い殺されているのが見つかっているらしい。
「【スピード】」
試しに魔法を使ってみるが、発動はするもののその効果は感じることのできないほど微々たるものだった。
我が家のダンジョンはほとんど広がっていないらしい。しかし魔法を使えることから全く広がっていないわけでもない。
このまま我が家のダンジョンが広がってしまえば、他の人に気付かれるのも時間の問題なのかもしれない。
「おにい、調べもの? どう?」
ハルがのそのそと地下室から上がってきてこちらに来る。そのまま俺の肩へ顎を置き、ぐったりしている。
「今のところすぐに避難しなきゃいけないって地域は無さそうだな。ただ状況は良くないし、情報は出てなかったけど多分死者も出てくるだろうし、もう出ているかもしれない。このまま無事スタンピードが収束ってのは、考えづらいな」
「多分森林のモンスターとかがいっぱい出てきたらそれの対処で強い探索者が必要だもんね」
考えれば考えるほど状況がまずいことが良くわかる。
「ねえ、おにい。この家のスタンピードって私たちが全滅させたから終わったのかな。それとも他のモンスターに紛れてたキーモンスターを気付かずに倒してたのかな。それとも」
ハルはそこで言葉を止め、俺が開いていたネットのページの端に書いてあったものを指さす。
それは海外の記事で、モンスターが急増し死者が多数。モンスターの量は現在も増加中と書かれている。
「何か目標を達成できなかったから? 人が死ぬことがモンスターの増える原因だったら。モンスターが増えるのに必要なエネルギーが人の死だったら」
ハルがそこまで言ったところで、やっとその意味を理解する。
「海外ではモンスターが増加して死者が増えたんじゃない」
「死者が出たから、モンスターが増えたのかも」
「リムドブムルが新しく現れなかったのは」
「このダンジョンで誰も死なないですべてのモンスターを倒したから」
「このダンジョンは燃料切れになった?」
「私たちが今日戦ったのはずっと前から現れてダンジョンの中で探索者を待っていたモンスター」
「今日新しく出現したモンスターではなかった。だから生まれてすぐには無いはずの戦闘技術があったのか?」
「それは元々じゃない?」
俺が納得しているところでハルが突っ込みを入れる。
「戦う相手がいなきゃ、あんなふうには成長しないでしょ」
「それもそうか」
最後の仮説が違うとしても、それまでの仮説が合っていたらかなり危険な状況だ。
「今回のスタンピードは、モンスターを生み出す燃料の補給が目的ってことか」
「それでダンジョンの燃料が切れたのは、私たちと傭兵団がほぼ同時にリムドブムルを倒したとき」
俺はネット上で情報交換をしている掲示板を見つけ、片っ端から書き込んでいく。
『絶対に死ぬな‼ 死ねば死ぬだけモンスターが増える‼』
その言葉と共に先ほどのページのURLなどを貼っておく。
幾多の人がそれを読み、それに気付いたとき。
スタンピードと人間の戦闘は、
地球を守るための、モンスターと人間による戦争へと変わっていくのだった。




