85.兄妹はスライムと戯れる?
目の前に現れたのは黒い半透明のドロドロ。ゲル状の汚いそれは、1階層で見たスライムだった。
「1階層以外では初めてだね」
「そうだな。まぁ、見た目から少し違うけど」
そのスライムは1階層のものと比べると黒く、少しだけ大きい。動きは、かなり遅い。とはいえ全力で動いたときの速さも遅いとは限らないため、注意はしなければならない。
「ハル。さっきは慌ててたからできなかったが『看破』を頼む」
「あ、そういえばそうだね。『看破』ん? 『看破』あれ?」
ハルは何度も『看破』と唱えるが、その度に困惑したような声を上げる。その間にもじりじりとスライムは近づいてきていた。
「ハルどうした? ステータスがおかしいのか?」
「えーっと、なんか『看破』が弾かれてるみたい。『看破』、うん、やっぱり」
ハルが『看破』をした瞬間のスライムをよく見てみると、もともとゲル状で分かりにくいが少しだけ揺れている。あとは、若干光った。
揺れるのはともかく、光るのはスキル発動時に見られるものだ。魔法であれば魔法陣。スキルであればその光で発動が分かる。
とはいえスキルだと分からないものも多いのだが、今回は光る方だったらしい。
「『察知』と『看破』の阻害って、かなりの隠密特化だな」
「そうだねー、秘密主義?」
「いや、それは違うと思うが」
俺たちがスライムの様子を見ながら話しているとスライムが急に縮こまる。段々とスライムは体積を減らし。
「おっと、『強斬』」
すさまじい速さで飛び掛かってくる。だが警戒していれば容易に躱せる速さだ。体をずらし俺の横を通り過ぎたスライムに攻撃を加える。
「おー、おにいナイス。あのスライム弱いね」
ハルも軽く1歩下がるだけで攻撃の範囲から逸れ、拍手でもするかのようにトンファーをカチカチと鳴らしている。
『強斬』で切り裂いたスライムは2つに分かれうねうねと動いている。これだけ簡単に切れるあたり戦闘能力は低そうだ。
「あれ、おにい。大きくなってない?」
2つに分かれたスライムはうねうねと蠢きながら膨らんでいく。そのまま元のスライムの大きさまで膨らむと、最初のスライムと同じようにこちらへゆっくりと向かってくる。
「うわぁ、分裂して再生するんだ。魔法なら効くかな」
「効くかもな。だがな、少し待ってくれるか。ちょっと物理だけで倒せるか試してみる」
「分かった。気を付けてね」
「了解」
スライムは再び縮こまり、飛び跳ねてくる。
身体を少しずらし、スキルを使わずにスライムの向かう先へと刀を向ける。自ら刃へと飛び込んだ2匹のスライムはそれだけで切り裂かれ2つに分かれる。
これでスライムは4体だ。
「どんどん行くぞ」
再生を始めたスライムをさらに切り分けていくが再生中のスライムは動けないようでされるがままだ。
スライムが増えすぎたら刀に引っ掛けダンジョンの奥へと投げ込めば勝手に再生して戻ってくる。
何度繰り返してもスライムの分裂、再生は止まらず、気が付けば前方には溢れんばかりのスライムがごった返していた。飛び跳ねようと縮こまれば他のスライムに踏みつぶされ、踏んだスライムと共に変な方向へと跳んでいく。
「おにい、そろそろ魔法やっていい? 多分再生の限界は無いんじゃない?」
「あぁ、少なくともそう簡単に削り切れるものではないらしいな。ここにきて物理攻撃だけじゃだめなのか。魔法頼む」
「ハンマーみたいなもので跡形もなく潰しちゃえば倒せるかもよ。ほい【インパクト】【ディカプル】」
10個の魔法がスライムへと降り注ぎ、爆ぜる。
一瞬のうちに大量のスライムは消し飛び、そこには数匹のスライムしか残っていなかった。
「魔法に対しての耐性もあるのかも。全部倒したと思ったんだけど。再生のスキルなのかな? 強いね」
残ったスライムは身体の大部分を抉られているがそれも徐々に回復していく。それを見て俺の頭の中に1つのスキルが浮かんだ。
「あ、これならいけんのか? 『封魔』」
大量の魔力が消費されたのを感じると同時に俺を中心に半径10メートルほどの円が出来上がっていた。
以前手に入れたスキル、『封魔』。
今まで使ったことは無かったが、使ってみると改めて思う使い勝手の悪さ。消費魔力が多すぎるし、魔法やスキルが使えないと、後衛技能の俺たちの能力も使えなくなる。
その代わりにスライムたちの再生は止まり、しばらく苦しそうに蠢いたあと、黒い霧となって消えていった。
今のような特殊な場合なら使えるか。
「最初からこうすれば良かったね」
「まあ、実験だな」
俺たちは周囲を見渡し、最後のスライムが死んだ場所に落ちていたアイテムを拾い上げる。
「あー、回復系に、なるのかな? 猛毒?」
ハルは『看破』を使ったようで、その結果を教えてくれる。
『再生ゲル……使用者の魔力を消費し体の再生を促す。魔力が無くなるまで止まらないため、体が膨らみ死に至ることもある』
ハルからの説明を聞き、そっとアイテムポーチの中に収納する。
「よし、行くか」
「うん、何も見てない。行こ」
突然、とんでもない猛毒を手に入れてしまった俺たちは何も見なかったことにしてダンジョンの奥へと歩を進めるのであった。




