77.兄妹は1つ目のトラップを偶然作る
「にしてもひっきりなしにモンスターが来るよな」
「そうだねぇ。そろそろ面倒になってきたんだけど」
なんとか地下室の入り口にたまっていたモンスターを倒しきった俺たちは、後ろから絶え間なくやってくるモンスターを放置して家に上がるわけにもいかずに、ちまちまとモンスターを減らしていた。
とはいえモンスターは刀を振るうどころか蹴り飛ばせば死ぬような雑魚のみで狩ることに面白みは無いし、経験値を見ても雀の涙だった。
さらに言うのなら今やってきているモンスターたちは2層あたりのモンスターだ。ダンジョンでは5層以降で発生したモンスターしかアイテムを落とさない。
俺たちが今やっていることは、地上にモンスターを出さないためと家を壊されないため。モンスターを狩ることで俺たちには何のメリットも無いのだ。狩らなければ自分が大きな損害を被ると分かっているからやっているだけで、楽しくなどない。
「めんどくさいな」
そんなことを呟けばハルがはっとしたようにこちらを振り向く。そのまま後ろも見ずに迫ってくるモンスターを蹴り飛ばす。
「おにいの【バインド】でトラップ仕掛けられないの? あれだったら簡単でしょ」
そういえばそうだった。段々と魔力も溜まってきている。【バインド】数発なら撃てるだろう。しかしそれでは駄目だった。
「【バインド】だと長続きしないぞ。『錬金』で別の素材に変えないとあっという間に魔力が無くなる」
「じゃあ、『錬金』使えばいいじゃん。この道の広さなら魔力足りるでしょ?」
ハルは首を傾げながらモンスターの方へと顔を向け、全力で手に持ったトンファーを振る。トンファーが直撃したモンスターは勿論、近くにいたモンスターもその衝撃で吹き飛ばされ死んでいく。ハルの前には何も残らない。
「手持ちの材料が無いんだよ。『錬金』するためのアイテムが無きゃできない」
「それなら」
ハルは再び近寄ってきたモンスターを吹き飛ばし、あぁ、と呟く。
「アイテムの入手もできないから」
「そういうことだな」
俺が少し体を前にずらし、刀を振るだけで近くにいたモンスターが死んでいく。それでも道が埋まるほどではないが間を空けずに次のモンスターがやってくるのが見える。
「このペースなら5層以降のモンスターが来るのもすぐだろ。それまでの辛抱だな」
「そうだね。魔力残しておきたいから魔法は使わないでね」
「楽して【バインド】と『錬金』使えなくなったら本末転倒だからな」
「だねー、せりゃ」
ハルが近寄ってきたコボルトを鷲掴みにすると後続のモンスターめがけて投げつける。
「ギャーーグッ」
宙を舞うコボルトは悲鳴を上げながら他のモンスターを巻き込むようにして、自身もその衝撃で弾け飛び、死んでいく。
「うーん、これは効率悪いかな。武器を振った方が早そう」
「そりゃ、そうだろ。とはいえ魔力を使わない範囲攻撃の方法は欲しいな」
悩んではみるがアイテムが無く魔力も温存している状態でできることなどない。
「お、おにい。アイテム出たよ」
そんなことを思っているうちに倒したモンスターが毛皮をドロップする。
「じゃあ、あと少しだな。金属系素材さえ出れば【バインド】と『錬金』が使えるようになる。そしたら休めるだろ。ハル、行くぞ‼」
さらに一歩踏み出しながら刀を振る。切り裂いたモンスターから視線を外し、床を蹴り、壁を蹴り、モンスターたちを飛び越え、天井を蹴る。体を回転させながらモンスターの上に着地し、そのまま踏みつぶす。
「おにい、ゴー‼」
ハルがトンファーを振り回すことで、ハルに寄っていたモンスターがこちらに向けて吹き飛ばされる。着地と同時に足を思い切り曲げた俺は、体を横に回転させながら刀を振るい、もう一度跳ぶ。
先程俺がいた場所からこちら側のモンスターは全て消え、そこにはアイテムが散らばっている。
「回収急げ‼」
「了解、おにい」
すぐにアイテムポーチを広げ、寄ってくるモンスターを斬り飛ばしながら角や牙といった金属系統の素材だけを集めていく。皮などは魔力消費のわりに効果が薄いので使わない、使えないのだ。
「おにい、全部とれた?」
「今、増えているの以外は取った。この感じだともっとあった方がいいな。多分足りない」
「おっけー。じゃあちょっと行くね。私の方が魔力の回復早いし、少し魔法使うよ」
ハルは俺の前に出るとアイテムポーチから回収したばかりの金属系素材を取り出す。
「この魔法もあんまり使わなくなったからね。威力抑え目で【ボム】」
ハルの『魔力操作』おかげだろうか。勢いが抑えられた【ボム】がハルの手元で爆発する。いや、あれは爆発か?
「うん、成功。爆発って根本的には燃焼と同じなんだからできると思ったけど、想像以上に難しかった」
ハルの手から飛び出した【ボム】はそのまま、ハルの手の上にある金属系素材を包み込む。ハルがそのままその手を開くと、素材は【ボム】の光に包まれながら落ちていき、地面とぶつかると同時に燃え上がった。
その奥では、ついでのように無言で飛ばされた『魔弾』によってモンスターが吹き飛ばされていく。
地面に落ちた【ボム】が燃え上がった後に残されたのはドロドロに溶けた金属系素材。低階層のモンスターの金属系素材は柔らかく融点が低い。
「よいしょ」
地面にできた溶けた素材の水溜まりを切るようにトンファーで線を引けばいくつもの金属の板が出来上がる。
「あっ」
手を前に突き出したハルが何かに気づいたように動きを止め、トンファーでモンスターを吹き飛ばしてからこちらを向く。
「おにい、金属を固める方法無い?」
ハルの質問に思わずため息を吐く。そこまで考えていたのではないのかと。
確かにあのハルが作った金属を固めることができれば投げることのできてモンスターをまとめて倒すことのできる武器ができる。だが。
「ない。だが」
再び集まってきたモンスターにトンファーを固めるハルの手を引き、溶けた金属の水溜まりの後ろに下がる。
「トラップにはなるぞ」
「え、ちょっとおにい。あっ」
モンスターは恐れることが無い。それがトラップと分かっていても他に道が無ければトラップを乗り越えてやってくる。そして低階層のモンスターは。
「毛皮に包まれた獣系が多いんだよな」
溶けた金属に足を踏み入れた狼の足が金属の熱で燃え上がる。それが純粋な炎であればすぐに消えてしまうだろう。しかし、燃えるものは自分の体であり、燃やしてくるものは床そのもの。
「【ボム】」
ハルが適度に金属へ熱を与え融かしてやれば、モンスターは死に、皮系素材は燃えて消える。そして金属系素材は融け、金属の水溜まりを広げるのだ。
「とりあえず、このトラップが使えなくなるまでは。俺の魔力は温存だな」
俺も回収した金属系アイテムを入れ、融かす。
「ハル、一旦家に戻るから、トラップを繋げといて。俺は椅子と食べるもの持ってくるから」
「わかったー」
入り口を開き、家へと帰る俺の後ろからは「【ボム‼】」という元気な声が聞こえていた。




