75.災害の幕開け
お待たせしました。
大丈夫、失踪じゃありませんのでありませんので。
では、4章スタート
地響きが鳴り響く。雄叫びが聞こえる。唸り声が聞こえる。
どこかで、爆発の音が、切り裂く音が。つぶれる音がする。
地球上で最も、正体の掴めないこの場所を人々は段々と、安全だと認識し始めていた。注意していれば死ぬことは無い。怪我をしたとしても軽傷だ。重傷を負うものは馬鹿をやらかしたのだろう。心のどこかでそう思っていた。
人々はモンスターを狩る感覚に、己が強くなる感覚に酔いしれて。自分が受ける痛みを、受けるはずだった苦しみを忘れていた。
思い込んでいた。自分たちは、人は強いと。
思い込んでいた。モンスターは弱いと。狩られる存在だと。
モンスターの存在する理由を、微塵も考えずに。
「まだ、応援は来ないのか‼」
「まだ来ていません。ダンジョンの封鎖や、人の手配、準備に時間が掛かっているようです」
狭く長い洞窟。ダンジョンには隙間が無いほどにまでモンスターが詰め込まれ、着々と地上へ向け侵攻し続けていた。
幾多のスキル、魔法がモンスターを殺すが、依然としてモンスターの数は減っていない。いや、減ってはいるのだろうが、それを上回る早さでモンスターが出現している。
ここは北海道ダンジョンの14階層。人は少ないが、日本最強のパーティ。『勇者御一行』が探索しているダンジョンだった。
「勇樹、数が増えてきたから一回下がって。【インフェルノ】」
有栖の魔法で大量のモンスターが焼き尽くされ、一瞬でアイテムへと変化する。しかしそのアイテムを拾う暇も無く、後続のモンスターが押し寄せてきてしまい、アイテムは踏み潰される。
「私が止めます。【聖域】」
梨沙の【聖域】により、押し寄せるモンスターの前に光り輝く壁が出来上がり、壁と後続のモンスターに潰されたモンスターが次々と死んでいく。
「持ちません‼ 剛太君、お願いします」
「おう、任されたぜ。『ビッグシールド』からのー、『シールドバッシュ』」
剛太の全身を覆うほどの盾が光を纏い、2回りほど大きくなると、そのままモンスターの群れに突撃する。『シールドバッシュ』の影響で勢いを増したその突撃は、【聖域】を割ろうとしていたモンスターたちを押しつぶし、後退させる。
モンスターが押し寄せ、勇者御一行が押し戻す。互角に見えるその戦いは、勇者御一行が魔力や精神力を失うだけの防戦一方だった。
「いったい、どうなってんだ。こんなスタンピードは見たことが無い」
「さっきの地響きと関係があるかもな」
俺たちがダンジョンに入るときに、下の方から聞こえた地響き。それと同時に周囲にいたモンスターがダンジョンの出口に向けて走り始めたのだった。
俺たちはそれを見て、慌てて周囲のモンスターを狩り、ダンジョンの外にいた探索者に救援を頼んでから、ダンジョンの奥へと向かった。
転移を使わない理由はそこまでのモンスターを見逃してしまうから。
スタンピードは人為的なものと偶然、そしてユニークモンスターによるものがある。ユニークモンスターであった場合、転移で見逃してしまえば危険なのだ。
だからこそ見つけたモンスターを全て倒しながら段々とモンスターの増えるダンジョンを進み、その結果。モンスターの増加速度が処理速度を上回ってしまったここ。14階層で足止めを食らっているのだった。
とはいえ、ここが13階層へと繋がる唯一の道。ここさえ死守すれば上にいる探索者に危険が及びにくいのも事実。
勇者と呼ばれた彼らに退避という選択肢は無かった。
場所は変わって東京。ここでは先日、アメリカの傭兵団がリムドブムル討伐を成し遂げた影響で、これに続こうとする上級探索者のパーティが集まっていた。
別に東京である必要は無いのだが、東京は人が多いからだろうか。リムドブムル討伐には20人まで参加できるなら、人が多い方が仲間は探しやすい。
スタンピードが発生したのはそんな時だった。たくさんの高位探索者がいたのは運が良い。『893』と『大和撫子』率いる上級探索者たちによる殲滅作戦が取られ、あっという間にその手は森林まで達していた。
森林の上空にはリムドブムルが飛び回り、ブレスで下方のモンスターを吹き飛ばしていた。それでも討ち漏らしはいるわけで。リムドブムルの攻撃に運よく当たらなかったモンスターたちは、森林の入り口に向けて走りだす。
「五十木さん、そっち頼みます」
「はい、クミナガさんはそちらを」
『893』リーダの組長、クミナガに加え、最近名が上がってきた五十木。とあるアイテムを手に入れたことで急激に成長することができたらしい。
「『超強打』。よいしょっ‼」
クミナガの振りぬいた金属の棍から衝撃波が現れ、周囲のモンスターを吹き飛ばす。
「おねがい‼ 【サモン】ピョンちゃん‼」
その声と共に五十木の首にかけられたネックレスが光り輝き
「キュー」
そこから銀色のウサギが飛び出る。探索者なら見たことは無くても知らない人はいない、あの経験値ウサギだ。
ウサギ、ピョンちゃんはその小さな体でモンスターたちの間を走り抜け、高くジャンプしたかと思えば、光と共に剛速球で降ってくる。
降ってきたピョンちゃんは衝撃と共に小さなクレーターを作り、衝撃で近くのモンスターを破裂させた。
「さすが、唯一のサモナーですね」
それを見たクミナガが感嘆の声を上げる。
「いや、運が良いだけですよ。この魔道具を拾ったのも偶然ですし」
「うん、そうなんだけど。ちょっと運良すぎないかな?」
普通ならどれほど高価な魔道具を入手することも、経験値ウサギに出会うことも。それを入手することができるのも。1つ1つがかなりの幸運であるはずだった。
そんな彼女の素質スキルはS級のパッシブ。『豪運』であった。
場所が変わって田舎の小さくボロボロの一軒家。その下では二人の男女がのんびりとお喋りしていた。
「ん? もう終わりか」
「いや、今のモンスターが12層のモンスターだと思うから、まだ来るね」
「そうか、暇だな」
「暇だねー」
兄妹は、ダンジョンの入り口に小さな椅子と机を置き、のんびりとお茶を飲んでいる。
ただ、目の前の道は金属の茨で埋め尽くされており、その少し手前には真っ黒の穴が開いていた。
さらに穴の先には薄い障壁が展開されており、穴を飛び越えることすらもできなくなっていた。
「あ、次のモンスターの波来たよ」
「おー来たな」
大量のモンスターたちは茨を踏み、他のモンスターに茨に押し付けられ、死ぬか全身傷だらけか。
そのまま、穴を飛び越えようとすることすらできずに穴の中へと落ちていく。
兄妹はお茶を啜りながら、その光景を見届けるのだった。




