74.兄妹は龍を狩る
急展開、3章終わりです。
ハルが手のひらを上に向ければその上にはいつも通り液体魔力が浮かび上がる。
「今日はひと手間かけるけどね」
ハルが指を液体魔力に向けてくるりと円を描けば、それと連動するように魔力が回り始める。
それは渦を描きながら少しずつ広がっていき、俺の目の前まで広がっていく。
その渦潮に向けて俺は掌をかざす。
「まずは無形の鎧っと」
俺の周囲に現れた光の結晶がガラスのように割れていき、その破片の一部が渦の中に潜り込む。
回転を増した液体魔力の渦はあっという間に破片となった無形の鎧を飲み込み、中で回っている破片がキラキラと輝いて見える。
「ここまでは綺麗なんだがな」
ほい、ともう片方の手をハルへと伸ばせば、同時に伸ばされたハルの手がしっかりと掴む。
「じゃあ、おにい。いつにも増して制御よろしくね。『暴走』」
ハルの中で暴走を始めた魔力は激しく揺れ動き、俺にまでしっかりと伝わってくる。
だが、その魔力は瞬く間にねじ伏せられ、強力な魔法へと変換されていく。
そして。
「宝具、モーニングスター」
久々の登場である強力な魔法媒体。暴走で強化された魔法の質をさらに上げる。
すうっと。ハルが息を吸い込む。
「『インパクト』『亀裂』『剥離』『崩壊』」
4つの魔法が瞬く間に構築される。
「『ディカプル』」
10を表すそれは魔法であるナンバーのハルが使用できる最も強力な言葉。それだけで、ハルの魔法の数は10倍まで跳ね上がる。
「あー、やばい。後はおにいに任せる。魔力きれた」
俺たちの周囲に浮かぶ強力な40の魔法をそのままにハルは両腕を投げ出し、一歩下がる。
普通ならば狂気の沙汰だ。抑えが無くなった発動前の魔法が暴走する危険性すらもある。
ただ、ここには俺がいる。
「任された。宝具、大鎌。そして『支配』」
俺の頭の中がクリアになっていき、空間把握もあって、それぞれの魔法の魔力の流れが手に取るように分かる。ハルの制御から離れた魔法にハルと同じように魔力を繋いでいく。
人の魔法を乗っ取るのならば、その人と魔法の繋がりを切った上で、自分へと向かう方向性を変え、制御下に置き、とそれらを自分の魔力を使った力技でしなければならない。ただし今は違う。
魔法とハルの繋がりは既に切れているので俺と繋ぐだけで良い。
まだ放たれていない魔法なのだから動きを変える必要も無い。
40もの魔法の支配は最小の魔力で容易に済ませる。
「料理みたいだね」
「作ってるのは龍をも殺す危険物だけどな。あ、殺せはしないか」
制御された魔法は密度を下げ、液体魔力の中へと溶かしていく。
液体魔力の中へ魔法という具材を混ぜ込み。
「『スロー』『ロス』『アンプロテクト』『カース』」
デバフの魔法というスパイスを混ぜ込む。
別に急いでいるわけではないのと設定が面倒なのでショートカットは使わない。
「じゃあ、ハル。作戦通り頼むぞ」
ハルが液体魔力を球体状にするのを見届け、支配で補助するように圧縮していく。それが終われば俺の周囲に余る無形の鎧を液体魔力の表面に纏わせて固める。
そこには真っ黒に燃え上がる、球体が完成していた。
「完璧、いくよ」
ハルが軽く手を斜め上に向けて振る。そこには示し合わせたように空を飛ぶリムドブムル。
ハルの指示に従い飛んでいく真っ黒の液体魔力こと魔法爆弾。
俺はそれを座標のスキルで少しだけ向きを弄る。ここまでやって当たらなければどうしようも無いからな。
「おまけだ。『チェイン』」
俺の体から最後の魔力が抜けてゆき、液体魔力がきらりと光る。
そして。
ドォーーン‼
今回狙ったのは翼の付け根の少し下。前回までの経験で翼の付け根を狙えば翼を破壊することができることが分かっているのだ。いつも以上に威力を増している魔法だったら少し下でも翼を破壊できる。
そうでなくても飛ぶことができなくなるくらいには効果があるはずだ。
大きな爆発音とともにリムドブムルの巨体全てを黒い炎が包み込む。
黒い炎は上に向かい広がり、そこから巨体が落ちてくる。
魔法の影響で翼は根元からごっそりと肉ごと削ぎ落とされ、反対の翼だけがしっかりと空気抵抗を受け、曲がりながら俺たちの方へと落ちてくる。
「下がるぞ」
「りょーかい」
さすがにこのステータスがあってもリムドブムルの巨体が落下してきたとなれば死は免れないだろう。
戦闘は始まっているので宝具は出したまま後ろへと下がり、リムドブムルの落下予測地点から離脱する。
地響きと落下音。そしてかすかにだがしっかりと聞こえる、何かが肉を突き破る音。
「グギャーーァ」
リムドブムルの雄たけびが鳴り響く。それはこれまで聞いてきた威嚇や怒りを表す声だけではなくて。なんとなく痛みや恐怖が伝わってくる。
「どうだ? 反応は弱くなってる気がしないが」
「うーん、ん? おにい、下がって‼」
落下地点に巻き上がる土煙を眺める俺たちは、突如覚えた違和感に従い上へと跳ぶ。
再び爆発音。
「あーあ。結構元気だな」
「ちょっと生命力高すぎないかな。あきらめてもいいぐらいだと思うんだけど」
先程まで俺たちがいた場所に目を向けてみればそこには小さなクレーター。避けなければ確実に死んでいた。
「今回の戦闘は命の危険が多い気がするんだが」
「だから気を付けてね。ほら、来た」
地面にクレーターを作った空気の弾は土煙を吹き飛ばし、リムドブムルが姿を見せる。
地面に広がる血だまり。リムドブムルの右の翼は無くなり、右手すらも途中で千切れている。その硬い鱗に包まれた体からは数本の杭が顔を覗かせている。
明らかに致命的なダメージ。即死級のダメージを受けたリムドブムルは依然として唸り声をあげ、立ち上がる。
ただ。
「これで終わりだよ」
ゆっくりと警戒を絶やさずにリムドブムルに向けて歩き出すハル。それでもリムドブムルは唸り声をあげるのみ。
これでいてこの状態の近接戦闘では勝てないのだから末恐ろしい。
俺はアイテムポーチから魔玉を取り出すとハルに投げ渡す。
「ありがと」
ハルはそう一言いうと、自分のアイテムポーチに手を入れ1つのアイテムを取り出す。
『暴風龍の逆鱗…風の龍の逆鱗』
以前手に入れた逆鱗。ただこれが普通の鱗というだけなわけがなくて。
「『災龍化』」
その言葉と共に逆鱗に魔力が流し込まれる。逆鱗は赤黒く光り輝く。
スキル、災龍化。至極単純で強力なスキル。全ての龍族が持つ最大の切り札にして弱点。1度このスキルが発動すると、発動主が自壊するまで徐々に魔力の質を上げる。
「これで、終わり」
ハルは左手に逆鱗、右手に魔玉を持ち、その2つを合わせる。
魔玉の中に含まれた大量の魔力が災龍化の影響で高められていく。魔玉が自壊するまで。
「じゃあね」
逆鱗と魔玉を片手に持ち、仕上げを済ませる。
「『暴走』」
先程も使ったスキル。それはハルのスキルではなく、物につけられたスキル。そのスキルが付けられたのは何の変哲もない丈夫そうな革袋。
ハルはその中へとためらいもなく、逆鱗と魔玉を入れ、口を締めた。
そして。
「えい。おにい、逃げるよ‼」
「おう、走れ‼」
ちょうど開いたリムドブムルの口の中へと投げ入れる。
革袋の中に入ることで1つになった3つの物は関係しあい、強化し合い、1つの結果を生み出す。
極限まで強化された魔力が暴走し、それは魔玉が自壊する寸前まで密度を上げ、圧縮され魔玉の中で暴れ狂う。
ならば、魔玉が自壊したのならば、その大量の魔力は居場所を失い。
その日、とある国の2つのダンジョンの森林が光に包まれた。その光は、手段は違えど周囲を蹂躙し尽くしたのだった。
ぱっとしない終わり方で3章終了。ここまで見てくれた方々有り難うございました。
次回からは急展開。
最終章もお楽しみください。




