70.傭兵団は龍に挑む、為の準備を進める
お待たせしました。
「いまから き きる たたかう ばしょ つくる」
傭兵団のリーダー。アンガスが腰に括り付けたアイテムポーチから大きな斧を取り出す。
「あれって人化牛のドロップだよな?」
「うん、たぶん。自分の武器とは別に斧を持つんだね」
「俺たちは魔法とかスキルの力でごり押しだからな。こういう方法も取らなきゃ駄目か?」
「かもねー」
俺たちがその斧を見て感想を述べている間に傭兵団の全員が斧を取り出し、周囲の木を斬り倒していく。その力強さは俺たちを超えている。
「これ アイテムポーチ だい いっぱい はいる」
おそらく言っているのはアイテムポーチ(大)だろう。俺の持っているのがアイテムポーチ(中)
これでも10トンも入るのだが、それに対してアイテムポーチ(大)なのだから、容量はおそらく。
「100トンは入るのか」
「アイテムポーチ? 今まで10倍ずつだったからそうかも。そんないる?」
「さあな、それだけあっても使わないだろ。貿易でも始めるつもりか? あ、やべ」
話している間に傭兵団のメンバーが俺たちのいる木まで斬り倒し始めたので慌てて別の木に飛び移る。
そうしていること1時間弱。俺たちも飽きてきたころにやっと木の伐採作業が終わったようであった。なんと時間の掛かることか。ただそれだけの時間を掛けた成果だろう。開かれた土地は結構な広さで、リムドブムルが寝転んでも十分な場所が余るだろう。
「わたしたち ここ たたかう おびきよせる」
再び傭兵団の言葉が始まる。これだけ時間を掛けたのに休憩もしないとはそこはすごいと思う。勿論体力で見たらこの程度の作業は何の苦でもないだろう。
ただ木を斬るというのは単純作業だ。それも周囲のモンスターに気を配りながらの作業になる。人によっては辛い作業になるだろう。俺たちは平気な方だが。
「これから もうひとつ さぎょう する ついて くる」
傭兵団とその他諸々が森の奥へと歩き出す。奥へ行くと強いモンスターも出てくるのだが。まあ、世界最強の傭兵団がいるのだから平気なのだろう。
次々と出てくるモンスターを4人ずつで交互に倒すことで体力の消費を抑えていることがよく分かる。団体戦の参考になるのだが、残念ながら俺たちは二人。実践する機会は来ないだろう。
そして歩くことどれくらいだろう。森林の最奥部に着いた。目の前に広がるのは木ではなく広大な壁。これを見ることで改めてここが地下であるということを実感させられてしまう。
そしてもう一つある人型の石碑。よく見れば前に家のダンジョンで見たものと同じである。そういえば家のダンジョンでも石碑があった場所は最奥の壁際だった。
「これ こうげき」
唐突に隊長アンガスが人型石碑を斬り付けた。すると。
「はぁ?」
「なんで?」
1つの灯りが、青白い光の玉が石碑に浮かぶ。
「たたかう ひと ぎのう ほうほう こうげき さいだい さんか 20にん」
聞いただけではよく分からない日本語。ただ、その横では傭兵団のメンバー。合計20人が次々と石碑に攻撃をしていく。
前衛技能ならばその技能の武器で。魔法なら魔法。回復や付与などもなんらかの方法で攻撃をしていく。
となれば先程の意味の分からない日本語を踏まえて考えてみれば。
戦う人はその人の技能に合う攻撃を石碑に行う。最大で20人まで戦えると。
「ん?ってことはこの戦闘って」
「あれだね。オンラインゲームでよくあるやつ。レイドだっけ」
「だよな。つまりリムドブムルって20人限定のレイドバトルなのか」
近くの木の上で隠密を使用しながらもがっくりと座り込む。ハルも両手を投げ出し、木に座る。
俺たちがショックを受けている原因は二つ。
まず一つ目。こんな簡単な攻略方法に今まで気づいていなかったこと。そしてその攻略法が。
「俺たち2人しかいないんだがー」
絶対に使えないことだ。
それと後から聞いた話なのだが、回復や罠などの技能の人にもしっかりと攻撃手段はあるらしい。俺の持つ付与だと、相手にデバフを掛ける魔法が攻撃魔法の扱いになるようだった。
とはいえ何故あの傭兵団はその方法を見つけたのだろうか。前衛職だったら自分の持つ武器で攻撃すれば良いだけなのだから見つけやすかったとかか?
鑑定しても特に、特に?
「ハル。あの石碑の鑑定結果ってどうだったっけ?」
「そりゃあ、あれ?」
ハルは俺の質問に返答しようとして、首をかしげる。そのまま数秒固まり、手をポンッと叩いた。
「看破使ってないね。『看破』っと」
「だよなぁ、どうだ?」
今更ながら石碑に看破を掛けていないことに気づく。常時看破使用状態なんかにできればいいのだが、それでは頭が情報過多でオーバーフローしてしまう。ダンジョンに行くたびに熱で寝込むのではシャレにならないだろう。
「おにい、わかったよ」
試しの石碑
力ある者、ここに力を示せ
20以内の力を合わせ
悪しき龍を討伐せよ
力なきものは触れられぬ
勇気ある者たちは宣言せよ
【我ら深淵を覗くものなり】
「看破の結果が普通じゃないな」
「だよね、なんで看破してなかったんだろ。いや、してても勝てないことに変わりは無いんだけど」
それを話しているうちに全員が石碑への攻撃を終えたのだろう。石碑の周囲には20の光が浮かび上がっている。傭兵団も武器の最終確認をして綺麗に整列した。
「みんな かべぞい うごかない まもり かためる こうげき しない ぜったい」
アンガスがそう言い残し、翻訳の携帯具を仕舞う。ゆっくりと周囲を見渡し、手に持つ大きな剣を上に振り上げた。
「We peep into the abyss‼」
「おにい‼」
「分かってる。一旦距離をとるぞ」
隊長アンガスが翻訳の携帯具を仕舞い、聞き取れないが英語で何かを言ったことで起きた何かを見て俺たちは慌てて距離をとる。
理由は簡単。石碑からあふれ出る膨大な魔力と似て非なる何か。それは魔力のように純粋な力ではなく、只々強く禍々しい。
隊長アンガスの掛け声と共に先程木を伐採した場所へと走っていく傭兵団。後ろへと振り向けば、魔力のようなそれが真っ直ぐとリムドブムルへと伸びていくのが分かる。
把握のパッシブがあるからこそ分かる、鎖のような形をとった不可視のそれはリムドブムルへと巻き付いていく。
それを見られたのは偶然だったのだろう。たった1枚。龍の体が大きいからと言え、しっかりと見ていないと分からないほど小さな変化。
顔の下、首元に存在する逆さの鱗。逆鱗が黒い霧となって消えていくのを見れたのは。
そうこうしている間に傭兵団と俺たちは、木を伐採した場所まで戻ってきて。それと同時に。
「ハル、看破を使え」
「無理、戦闘への介入になる。でも、あれは」
「逆鱗を剥がしたときの逆だ」
「こっちは強度?」
リムドブムルの気配が弱くなったのを感じたのだ。リムドブムルの魔力の気配をそのままに。つまりここから言えることは。
魔量が変わらず、強度だけが減少したということ。逆鱗を剥がしたときには魔力だけが上昇していたと思われる。
今回起きたのはそれの逆。強度だけが減少している。そしてその原因は。
「あの魔力的な何かだよな」
「今、おにいが使えるやつよりはるかに高位のデバフだよね。封印?」
その時だった。頭上にいつもよりはるかに濃く、はっきりとした龍の影が映る。
それはいつもより遥か下。森林の木、すれすれの低空飛行を行っていることの証。
「グギャギェガーー」
大地を震わす叫び声。その声には欠片の理性もなく。上を向けば綺麗な緑だった鱗に黒い濁りを混ぜ込んだリムドブムルが膨大な殺気のみを振りまいていたのだった。
ここに世界最強の傭兵団と、龍の戦闘が始まりを告げた。
先日、初のレビューを頂きました。
どうもありがとうございます。




