67.兄妹は風龍の怒りに触れる
俺たちが傭兵団のリムドブムル討伐の見学を決めたその日。俺たちはいつも通りリムドブムルの部位を手に入れるために森林へと降りてきていた。
「よし、まずは魔法無しで雑魚狩りだな」
「りょーかい」
リムドブムルを討伐することには成功していないので、部位破壊をしていても経験値は入らない。ただ、リムドブムルの部位破壊には自分のすべての魔力を使わなければいけないため、魔力なしでの雑魚狩りをしているのだ。
場所は森林全体。森林がとても広い為、兄妹の足の速さでも森林を一周する頃には数時間が経ってしまう。
普通の探索者ならば、そんな長時間も集中が持続しないので休憩を挟むのだろうが。残念と言っていいのかどうか、長時間戦闘とモンスターと戦うプレッシャーには慣れてしまっている。
ノンストップでの数時間走りっぱなしで狩り続ける。これも上がりに上がったステータスが無ければできない芸当だと思う。
そしてこれが今のステータス。
名前 :ハルカ
技能 :魔法・工作
魔属性 :崩・爆(電)
レベル:79
強度 :91
魔量 :190
スキル:解析・魔弾・暴走・魔法合成
魔法 :ボム・タイムボム・インパクト・ナンバー・(プラズマ)・(亀裂)・(剥離)・障壁・(崩壊)
パッシブ:魔力回復・察知・工作・魔力操作・二重属性
名前 :トウカ
技能 :付与・錬金
魔属性 :無(呪)
レベル:79
強度 :123
魔量 :159
スキル:隠密・座標・物質認知・支配・ショートカット
魔法 :スピード・パワー・ガード・バインド・チェイン・スロー・ロス・アンプロテクト・カース
パッシブ:把握・加速・錬金
しばらくレベルは上がっていなかったものの、あと少しでレベルが80に届く。それを見ているとレベル3桁はまだまだ遠いなと思うのだがそれは望み過ぎだろう。このレベルですらここらの雑魚は相手になっていないのだ。モンスターを倒してもレベルはなかなか上がらなくなっているのだろう。
よく考えてみると俺たちは雑魚で苦戦するということが最近ほとんど無いように思える。SNSなどで投稿している人の言葉を見てみれば、一般モンスターの群れでけがをした。そんな言葉がゴロゴロと転がっている。
俺たちが雑魚と呼んでいるモンスターも周囲の人から見てみれば危険なモンスター。と、考えてみると俺たちは警戒しすぎなのかもしれない。
でも。
「危険なモンスターにありつく前に次のボスのところに着くんだよな」
「それは食料とか素材集めで十分すぎるほどレベリングしてるからだと思う」
「あぁ、そういうことか」
俺たちが少しの間だが貧乏生活をしていた所為か二人とも美味しい物には弱い。美味しい素材があれば攻略そっちのけで狩り尽くしに行ってしまうのだ。
その上ハルは面白い物を見つけたら熱中しやすいし、俺はできるだけ武器を強化しておきたかったりと。そんなこんなで俺らは何かとこだわりが強いようだ。
「にしても、モンスターの数が多くて大変なことはあっても個体の強さは弱いんだよなぁ」
「そりゃあ、私たちは2人だから」
普通は4人のパーティーが2人になる。それだけで同じ場で戦おうとするならば普通は苦戦するモンスターを雑魚と思えるほどにレベルを上げなければ数に対抗できないのだ。
それだけ数の差というものは大きい。2人のパーティーと4人のパーティーでここまで変わるのだから、これが数の力と実感してしまう。
これでダンジョンの4人制限が無かったらどうなってしまうのか。ボス戦は100人で突撃が普通になっていたのかもしれない。
「ん、これで最後っと」
森林を一周して入り口付近に戻ってきて、最後のモンスターの頭部がはじけ飛ぶ。最初に通ったところにはまたモンスターが出てきているようだがそれを倒していては切りが無いので無視して森林の入り口に立つ。
「さあ、行くか」
いつものように手を突き出せば、そこに魔力が集まっていく。
ハルが出した液体魔力に付与を加えていく、支配でそれをまとめていく。そこで宝具である無形の鎧を散りばめて硬く、鋭く、威力を増していく。
「ねぇ、最近命中精度も上がってきてどこの部位を落とすかも選べるようになったじゃん」
「そうだな、足か翼か」
ハルはにやっと笑って自分の首を撫でる。
「上手く、首を狙ったら一撃で殺せたりしないかな? 首ってそこまで丈夫な部分でもないよね」
確かにリムドブムルの体は鱗で覆われて硬いものの、足や翼の付け根など動かさなければいけない部分の鱗の密度は低かった。それは落とした部位の足を何度も見ていることで気づいたことだ。
そしてそれは、おそらく首も同じだろう。もし威力が足りなくても半分ほど抉ってしまえば支えきれなくなって死ぬだろう。3分の1しか抉れなくても巣に逃げ帰るまでに出血多量で死ぬ可能性が高いのではないかと思う。
「よし。やってみるか」
「うん」
ハルは魔力をコントロールして魔法の詰まった液体魔力をより小さくしていく。俺は今までの魔法に加えて座標のスキルを使用し狙いを正確にしていく。
リムドブムルの空を飛ぶ速さは常に一定。森林は広く旋回もあまりしない。
「行くぞ、ハル」
「いいよ、おにい」
「「3・2・1 Go‼」」
真っ直ぐと飛んでいった魔法は若干のずれを生じながらも、座標のスキルにより正確にリムドブムルの首へ向かうように調節されていく。
「いったか?」
「どうだろ、反応からして死んではなさそうだけど」
音もなく爆発した魔法はリムドブムルを包み込む。それでもリムドブムルの反応は消えていない。残念ながら即死はなかったようだが。
「ギャアアァァアーー」
空気を震わすような咆哮が鳴り響く。いつも通りのリムドブムルの鳴き声。だがそれは今回においては首への攻撃が声帯にすら届かなかったことを表す。
きらりと光る何かが魔法による爆発でできた黒い影から舞い降りて。
ぞっとするほどの魔力が俺たちを。いや、森林全体を包み込んだ。一斉に周囲にあったモンスターの反応がここから離れるように移動していく。
「え、えっと。なにこれ?」
「とりあえず、逃げるぞ」
この魔力は今までのリムドブムルの反応とは明らかに違う。俺たちの全ての魔力を注ぎ込んだ魔法すらも笑い飛ばすような魔量。
上空の黒い影すらもその魔力に呑まれて、まるで竜巻のように形を変えていく。中心へと吸い込まれるような動き。俺たちはその中心にいるそれを警戒し、森林の入り口である洞窟へと潜りこむ。そのまま転移の魔法陣の前に立って、森林へと目を向ける。
ドオォンッ
響き渡る重々しい音。森林の木々をなぎ倒しながら落ちてきたのは、薄い緑色の玉。直径は5メートルほどだろうか。それは、見本を見せてやるとでも言うかのようで。
地面にぶつかり破裂する。
「いてっ」
台風などを遥かに勝る暴風が洞窟の中までも注ぎ込み、その風によって飛んできた何かが俺の頬を小さく抉る。
風が止んだところでもう一度森林へと目を向ければ。
「うわー、やば」
「マジで、何があった?」
そこは森林などではなくなっていた。洞窟の奥から見える範囲の木は全て根こそぎ無くなっていて。そこにはすさまじい魔力の膜に身を包んだリムドブムルが立っていた。
「よし、逃げるぞ」
「うん」
早急に魔法陣へと魔力を流し転移を始める。転移する間際、勢いよく飛んできて俺の頬を抉った緑色の小さな板を、洞窟の壁から引っこ抜き。
俺たちは1階層へと戻ったのだった。
そう、こうして手に入ったのが俺たちの変わり目。勇者などの武器すらもはるかに勝る武器を作り出すだろう素材。
『暴風龍の逆鱗…風の龍の逆鱗』
兄妹は遂に、本気のリムドブムル攻略へと乗り出す。




