61.兄妹はトレントを狩りに行く
「よーし、おにい。行くよ」
ハルの元気そうでありながらも小さな声がダンジョンダムの片隅で上げられる。服装はいつも通りの、いかにも探索者ですというような服装。実はこの服装も少しずつ時代遅れになってきているという悲しい現状。
レベルが上がり、ダンジョン外での筋力も上がった人はフルプレートと呼ばれる全身鎧に身を包んでいたり。もっと派手な装備に変わったりと。最初に流行っていた動きやすい服装にヘルメットかフードなんて時代遅れの象徴のようになっている。
とはいえそのような服装が安くダンジョン探索を始めようとすると最適なのは確かで。ダンジョン産の装備を揃えられない貧乏人として見られることも多いとか。だから最近探索者になろうとする人は金を多く持っている人が多い。
まあ、つまり何が言いたいかといえば、本当に貧乏な俺たちは気にしなくていいということ。だってお金がないんだもの。
いい肉を食べたり、扉以外異常に頑丈な家に俺たちが住めているのは、お金があるからではなく自給自足をしているから。
まあ、そんなことはともかく。
「じゃあ行くか。ハル」
俺たちは久々の東京ダンジョン探索へと向かうのである。
小さな声で15階層奥と唱えると人化牛を倒した先の場所に行くことができる。事前に調べて知ったのだが、人化牛を討伐することのできる上級探索者はここまで来たらそのまま階段を降り、森林へと向かってしまうのだ。そして森林には入口に転移陣がある。誰がわざわざ長い階段を降りなくてはならない15階層へと転移するだろうか。
というわけで俺たちは人が少ないここへと転移したのだ。
「よし、ハル。端っこで着替えるぞ」
「了解、誰かに見つかる前に」
俺たちはすぐに角へとより隠密を全力で使用しながら黒い装備へと着替えていく。服の種類のせいで上から着るということはできないわけで、ハルはそそくさとズボンを脱いで、新しく買ったほうへと履き替えていく、のだが。
「よーし、勝ったぞ‼」
「よっしゃあー、死ぬかと思ったぁ」
「やっぱ力こそ正義だよな。魔法とか意味わからん」
「それ技能が魔法なのに、手に魔法沿わせて殴ってる人が言うことじゃないと思うぞ」
急に魔力の流れを感じ、声が聞こえる。その状況にちょうどズボンを脱いでしまっていたハルと、その横にいた俺の肩が跳ねる。
「おい、ハル。早く着替えろ」
ハルに小さな声で声をかけながら万が一のために着替え終えていた俺は着ていたパーカーでハルを隠す。しかし、ハルは驚いて固まってしまったようで動かない。口はあわてたようにパクパクと動き、声は出ない。目を皿のようにして男たちを見ながら額にはつーっと冷や汗が流れた。
幸い人化牛を倒して転移してきたであろう男4人組はゆっくりと歩きながら談笑を続けている。
「おいー、ここで休もうぜ」
「何言ってんだよ。ここの階段降りたら念願の森林だぞ」
「そうだぞ、空飛ぶドラゴンと美人上級探索者を拝んでみたいって言ったのはおまえだろ」
「美人探索者見たいのはおまえだろうがー‼」
「じゃあ、お前ら見たくないのかよ。引き締まった肉体と悪しきモンスターを葬るその力」
「「「見たい‼」」」
「うっしゃー、森林行くぞ‼」
「「「おー‼」」」
パンツ丸出しのまま動作を停止したハルとそれを隠す俺の姿に気づくことなくその男たちは森林へと階段を下りて行った。あのままここで休憩を取られていたら確実にばれていただろう。
ハルは男たちの姿が見えなくなると同時にすさまじい速さでズボンを穿いてその場に蹲る。顔を見ることはできないが、その耳はこれでもかというほどに真っ赤に染まっていた。
ハルが立ち直るまでに10分ほどの時間が経ち。俺たちはついにマスクなどで顔まで隠し、森林まで降りたのだった。
「やっぱ、人の気配がところどころある」
「やっぱそうだよな。俺には分からないから近くにはいないんだろうけど」
「なんか戦いながらもみんな奥に向かってる気がする。入口近くで戦ったほうが安全なのに。あ、モンスター来たよ」
「りょーかい」
俺は刀を使うわけにもいかないため、サバイバルナイフを錬金で強化したものでモンスターの首を切る。別に切り落とさなくてもある程度斬れば死んでくれるのが楽なところ。
「ん、わたしもやる」
ハルが小走りに近づいてきて、手に持っていたバットを振りぬく。モンスターの顔は首部分からねじ曲がり、つぶれる。
「爽快感」
満足げなハルを見て思わずため息をついてしまう。
あのバットは最初にハルが武器として使用していたバールを軸に使い、ダンジョン産の金属で強化することで厚みが増し、今では釘バットのようになってしまった金属バットだ。
あのころは錬金のスキルもなかったため強くしようと思えばそれの重量や強度を上げることしかできなかったのだ。ただ普通の金属バットと違い中まで金属たっぷりなので、見た目にくらべ、異様に重い。
ハルは刃物の武器が苦手なため、それを持って来たのだった。当然のごとく錬金で強化済み。試しに新しいバールにしないのか?と聞いたら思い出の品だからこのままで良いそうだ。ちなみに何の思い出かと聞いたら、初めて生き物を物で本気で殴った記念だそうだ。怖‼
隠密を使いながら音もなくモンスターを殺したり、見逃したりしながらダンジョンの奥へと向かって行くと、前のほうで戦闘が見えた。
枝を勢いよく振るい、実を爆撃のように落とす大きなトレントと、そのトレントに攻撃を仕掛ける探索者たち。
「あ、トレント取られてる」
ハルがその光景に悔しそうな顔を浮かべるのを見ながら俺はふとハルの言葉を思い出す。
探索者が森林の奥のほうへと向かっているように見えるとハルは言っていた。
中級ポーションの情報は最近の物で、その情報は十分に旬だと言って良いだろう。だとすれば。
「やばい、ハル。ここにいる探索者全員トレント探してるかも」
「え、なんで? あ」
ハルもさっと顔を青くする。
「おにい」
「ハル」
「「さっさとトレントを狩ろう」」
それから後はあまり覚えていない。ただ、木の上を高速で走り、片っ端からハルの看破でトレントの擬態を見つけていく。木に擬態したトレントを見た目で区別するのは不可能で、擬態を解除するには一定のダメージを与えるか、近くで油断するしかない。
近くで油断すればトレントは襲ってくるし、一定のダメージを与えれば危険だと判断し襲って来る。つまりは安全確認をしながら遠くから石を投げてトレントかどうかを確認するという方法が取れないのだ。
遠くから投げて一定ダメージを超えるならしっかりした剣を何度も投げるくらいでないと。ただでさえトレントは表面が固く、体力の多いモンスターなのだから。
ハルの看破を使えばそれの区別が一瞬でつくため後は簡単だ。俺が魔法で自分にバフをかけ、一撃でトレントを殺していくだけと。
そのすさまじい速さと攻撃力、そしてその真黒な服装はその日の森林を探索していた者たちの間で恐れられるようになったとか。




