60.兄妹は服を選ぶ
「おにい、これはどう? あ、サングラスとかは‼」
俺たちは現在、店を転々としながら装備を探している。安物の服装を買っても家に帰り、ダンジョン素材と錬金すれば問題無いので見た目と着やすさ重視で選んでいる。既に服とズボン、靴は決まっており、残りは小物だけだ。
ちなみに服も決めただけで買ってはいない。途中で路線変更するかもしれないのだから買わないで置いた。
最初は渋っていたハルも服を選ぶうちに気分が乗ってきたのだろう。今では元気に小物を選んでいる。とはいえ。
「俺はファッションについては分からないからな。ハルに任せた」
正直服装の良し悪しが良く分からないのだ。俺が出来ることは服装の路線を選んで何となくで良さそうな服を選ぶだけ。先程までの服装も最終決定はハルが行っていた。
「んじゃー、これと、これと、これね。おにい、お金ー」
「はいよー、先に俺にチェックさせろ。任せるとは言ったが決定までを許すとは言ってないぞ。で、どれだ?」
「それは、任せたと言わないと思う、はいこれ」
ハルから渡されたものは俺用が普通に運動するときに被るような黒の帽子と、ファッションマスクと言うんだったか、布のマスク。とりあえずサングラスは無しの方向で。
ハルの帽子はよく分からない、何か頭の上の方がふわっとしていて、前にツバのある帽子。色は全て黒くはなかったが、錬金で黒い素材を使って黒くする予定だ。
結局買うものがすべて決まったので、決めた服を買いながら俺たちは家に戻る。空はオレンジ色に染まっていて、帰ってから昼ご飯を食べていないことに気づいたのは御愛嬌と。
ハルが買ってきた服に着替え始めたのを見ながら俺はそそくさと夕食を作り始める。そういえば最近人化牛の肉を食べていないな。森林のモンスターがドロップする肉も結構おいしいので、それで満足してしまうのだ。それが問題あるかと言えば全くないのだが。
「おにいー、どう?」
後ろで着替えていたハルが呼び掛けてくるので後ろを向くと、ちぐはぐな色の服を着たハルが立っている。
「色がおかしいからダサいぞ」
「あー、そうだった」
元々錬金で黒に染める予定で買っているのだから色なんてすべてが適当だ。そりゃあ、色を染めないうちに着てしまえばこうもなるだろう。
「服は明日錬金するか、森林のモンスターで何か黒いのいたか?」
「黒い鳥、いたよ」
「鳥は毛皮ドロップしないからな。また黒狼か?」
「え~、黒狼の素材は弱いよ。やっぱ、黒い服買って性能だけ錬金にすれば良かった」
「仕方ないだろ。目的は性能じゃなくて見た目だしな」
「そうだけどー」
ハルはそれでも不満があるようで、何かいい方法が無いかと考え込んでいる。
俺たちの今使っているパーカーも黒に近い色ではあるが、これはもともと黒いパーカーであった物に、ダンジョンアイテムの性能だけを錬金したものであったので問題なかったのだが。
「あ、おにい。性能だけか、性能と色じゃなくて色だけ錬金ってできないの?」
「あ? そういえばやったことなかったな」
俺は金庫に入っているアイテムポーチから色の違うアイテムを1つずつ取り出し錬金を行う。
とりあえず色だけ移そうとすると、ん?情報量が多くて難しい。適当に全部送る方が楽なんだな。というかこれは無理そうだ。上手くやることが無理そうなので、魔力の量に任せて無理やり色を移す。
「あぁ、失敗だね」
ハルの持ち上げた素材を見てみると、いろは変化しているのだがその色に大きくムラがあったり、そもそも色の変わっていない場所があったりと残念な結果になっていた。
「じゃあ、おにい。パーカーに黒い素材を錬金してからそれに強い素材の性質だけ錬金するのは?」
「あぁ、それならできるか。それならできるだけ低階層の黒い毛皮が良いな。錬金しやすい」
錬金のスキルは強い素材を使用することでその難易度が変わる。その他にも錬金するときの自分の中での情報の処理量が多いと難しかったり。
だから同じものに錬金を繰り返すと、その物の強さが上がり錬金が難しくなるのだ。ただ、別に強くもならない錬金を繰り返してみても難易度が上がっていったので、錬金回数も関係していると思う。
自分の中での情報の処理量が多いと難しいというのはそのまま。色だけを錬金するのがすべてを錬金するより大変というのはあれだろうか。パソコンで文を写すのはコピー&ペーストで簡単だが、文の中の漢字だけを写しなさいと言われたら面倒なのと同じだろう。
性質だけが簡単なのは純粋に全て数値化されているからだろうか。物質の強度はそのままだし、スキルとかはそのまま文字なのだから色のように細かくない。
「よし、夕飯できたぞ」
「「いただきます」」
俺たちは夕食をとり、いつも通りシャワーなどを済ませて眠りにつくのだった。
そして翌日。
俺たちは珍しく朝からダンジョンに潜っていた。とはいっても12層あたりに出現する黒いコボルトを倒して毛皮を集めていただけなので特に何もなく、見えたモンスターを軽く蹴り飛ばすだけのお仕事となった。
俺たちのレベルだと強く蹴ってしまえば爆散してしまう恐れがある。ドロップ品に違いは無いが自分たちが血肉に汚れるのは嫌なので、優しく蹴り、コボルトが壁に当たった後に死ぬようにしているのだ。
ちなみにコボルトの名前は正確にはハイコボルト。剣を持ったコボルトで、この階層では少し強め。狼とは違い群れないからこその強さだろうか。剣を振り上げる前に蹴り飛ばされ死んでいくので何も関係は無いが。
そして俺たちは今、毛皮をある程度集めたのでそのまま自宅へと帰還し、買ってきた装備たちを広げている。靴から帽子までのすべてなのでそれなりな数の毛皮が必要で大変だった。ドロップも100パーセント毛皮じゃないし。
「というわけで、『錬金』っと」
久しぶりなので服に手をかざし、口に出して錬金を使う。あっという間に手の上にあったハイコボルトの毛皮は無くなりすべての装備が真っ黒に染まった。そして。
「さらに、『錬金』」
次は森林で手に入れた強力な素材の性質だけを錬金で黒い服に移す。弱いハイコボルトの毛皮を使ったからか抵抗は少なかった。
「おにい、靴の底は? プラスチックの部分は?」
毛皮を使い布の部分だけを錬金したため、色々と錬金できていない部分があった。
「代用品があるから待ってろ。で、これだな。『錬金』」
ゴムの部分には森林に出現するビッグスライムのドロップするスライムジェル。これをハルの工作と魔法で水分を抜いていけば、ゴムのようになる。
プラスチックは無いので、よくしなる丈夫なトレントの素材の木を代用。
パーカーのチャックは森林で入手した角を使っておいた。
そして。
「おにい、どうよ?」
ハルがドヤ顔をしながらその場でくるりと一回転する。
ダボっとしたワンサイズ上のパーカーのポケットに手を包んだハルは、足のラインが分かる真っ黒の長ズボンを穿いて、足には真っ黒の踵の低いブーツを履いている。口元はマスクをしていて頭には例の帽子をかぶっていた。ついでにどこで手に入れたのか分からない銀色の小さなイアリングで大人の女性のような雰囲気を醸し出している。低身長なのが居た堪れないが。
俺は、まあいいだろう。少し緩めの丈夫そうなズボンに灰色の服、前の開けたパーカーを着て頭は例の帽子と。勿論マスクはつけている。のだが。そうなのだが。
「ハル、俺だけ怪しくね?」
大人っぽいハルに比べ、俺の服はいささか怪しすぎるように思えた。




