04.兄妹の気持ちは伝わらず
「おにいーご飯できたー」
上から声が聞こえ目を覚まし体を持ち上げる。俺が寝ている間に作ってくれたらしい。
1階に上がりリビングに行くと、ハルはすでに座っていてテーブルには豚ともやしを炒めたものがある。安上がりでいいのだ。
「「いただきます」」
2人でご飯を食べながら今日をどうするかを決める。
「で、ハル。明日にはダンジョン入るのか? もう22時だから今日はダメだけど」
「うーん、さすがに今日は疲れたし眠いから入らないよ。明日は様子見ってことで少しだけかな」
「了解。作業着を着て、その上にプロテクターつけるのは確定だろ。ハルの武器はバールと鉈でいいよな」
「おにいは、鍬と鉈だよね。2人とも鉈はサブということで。ライトは?」
「ダンジョンの中は明るく見えるようになってるらしいからいらないな。そもそもダンジョンの中で電気は使えない。後は水筒か」
「そっかー。水筒は私が用意しておくから。おにいは武器と防具用意しといて」
「それが無難だな、分かった。と、ご馳走様。俺は外走ってくるから。食べ終わったら寝ておけよ」
「ほーい、いってらっしゃい」
ハルに見送られ外に出ると外はすっかりと冷え込み暗くなっていた。とは言っても冬だから1日中寒いのだが。今まですんでいたアパートを売り払いこちらに来てから寒さに強くなった気がする。
エアコンなんて便利なものはなければストーブやコタツすらもない。寒かったらひたすら厚着をするだけだ。それに加えこっちに来てからは毎日こうして走っている。こんな寒い中を走っていれば多少は寒さに強くなるだろう。
田んぼの間を走り、林道を走り。いつもどおりの時間で家まで戻ってくる。1日動き回ったとはいえ、歩いていただけなのだから身体的疲労は大したことない。
家に入ると電気は消えておりハルはもう寝たようだ。自分もと軽く風呂に入り、布団にもぐる。さすがにこの歳にもなると興奮で眠れないなんてことはなくハルはすでに眠りについてるようだ。とりあえずは昨日のように周囲に警戒しながら寝なければいけない。なんてことが無くなったことに安堵しながら眠りに落ちていった。
目覚ましが鳴り目を覚ますと、既にハルは部屋にいなかった。周囲を見渡すと机の上に一つのお握りが置いてある。
「えーっと。『私は早く起きたから、これ、朝ごはん食べて地下室来てね。準備してるから。』か、しっかり寝てもいつもより早くは起きちゃうのな」
幸いにも俺は起きたらすぐに活動を始められるタイプなのでお握りをぺろりと平らげ、薄手のジャージに着替えてから地下室に向かう。
ハルはすでに来ていて、さっきまで着ていた服を脱いで作業着を着ようとしていた。
「ハル、下手したら怪我するから作業着の下に薄い服着といた方がいいぞ」
「あ、そっか」
ハルは納得しましたとでもいうように手をぽんっと叩き下着姿のまま上に向かっていった。ただ、部屋が1階と地下室しかないのでいつも同じ部屋で着替えをするしか無かった所為か、ハルの下着姿を見てもどうとも思わなくなった。おそらく裸でも見たら動揺ぐらいするかもしれないが、その程度だ。おそらく俺の中では妹とは妹であって女子ではないのだろう。
いや、それが普通なのか。などと若干失礼なことを考えながら作業着を着ていく。上下一緒のやつなのですぐに着ることができる。肘と膝にプロテクターをはめているとハルも戻ってきた。しっかりと薄手の服を着て手には2つの水筒を持っている。
ハルから水筒を受け取りあらかじめ用意してあったリュックに入れ、武器などを袋から出して鉈を腰に括り付ける。ケースの中に入っているので結構安全だ。
中では電子機器の一切が使用できないため、結構前に買った電池を使わない懐中時計の時間を合わせ、しっかりとネジを回しておく。1日は余裕で持つらしいから探索に支障はないだろう。スマホはどうせ使えないのでいらない。そして方眼紙とペンをハルに渡す。さすがに何も持たずにダンジョンの中に入ったら迷う自信がある。そして距離や方向の把握はハルの方が得意なのだ。
「よし、おにい。行こうか」
ハルは俺と同じような装備をしてバールを肩に置いて言う。
「よし、初ダンジョン探索だ」
南京錠を開き扉を開け、扉を梯子として利用し下まで降りる。ダンジョンの壁の入り口の色が変わる直前の位置まで来た。
ハルが大きく口を開く。
「第1回、木崎ダンジョン探索‼」
俺たちは同時にダンジョンに足を踏み入れた。
(なっ‼)
ダンジョンの床を踏むと同時に視界から色が抜けすべてが停止した。時間が止まったのか。
いや、驚いて出そうになった声が出ないどころか視線すら動かせないことを考えると周りが止まっているのではなく思考だけが加速しているのだろう。そんなことを考えているといきなり頭の中に文字が流れてきた。どこにも書いていない文字を読んでいるようななんとも言えない感覚だ。
『剣』 『盾』 『拳』 『弓』 『槍』 『棍』 『罠』 『狩人』 『魔法』 『回復』 『付与』
これはゲームでいう職業とかなのだろうか。だとするとハルが何を選ぶかをしっかり考えなければいけない。
おそらくここに書いてあるのは武器の種類ではないだろうと思う。だとしたら俺の鍬やハルのバールは使えない。
となると… 手段か。剣は切る、盾は守る、拳は殴る、弓は射る、槍は刺す、まあその他もろもろといったとこか。
(あ…)
予想を立てているといきなり職業の詳細が出てきた。驚いて声を出しそうになるが先程と同様に声が出ないどころか口も開かない。
『剣』…キリサク チカラ タイリョク ニ ホジョ
『盾』…マモル チカラ カタサ ニ ホジョ
『拳』…ナグル チカラ ハヤサ ニ ホジョ
『弓』…ウツ チカラ ネライ ニ ホジョ
『槍』…サス チカラ バランス ニ ホジョ
『棍』…コワス チカラ チカラ ニ ホジョ
『罠』…カクス チカラ モノ ヲ カクシ テキ ヲ ウゴカス
『狩人』…ミツケル チカラ シリョク ト ハヤサ ニ ホジョ
『魔法』…マリョク ウツ チカラ マホウ ヲ ハナツ
『回復』…イヤス チカラ キズ ヲ イヤス
『付与』…ホジョ スル チカラ イロイロ フヨ
片言でとっても見にくいです。いや紙に書いてあるわけじゃないから見にくいというよりは理解しにくい。
まず前衛をやるか後衛をやるかだが、ハルはこういうのもなんだがバールで戦いたそうにしていたから前衛を選ぶだろう。バールで切ることはできないから槍か棍のどちらかだろう。
長さ的に考えると棍の可能性が高いか。だとすると俺は後衛をした方がいいことになる。ダンジョンの中では元の体力は関係ないといっても現実での動きの慣れがあるから後衛の職でもある程度動けるだろう。
となると弓・罠・魔法・回復・付与の5つか。狩人というのもあるがよくわからないものにはなりたくないし多分隠れやすくなるとかだろう。
で、そもそも射るための道具なんて持ってないから弓は除外。おそらく罠も道具が必要だと思うので除外。
で、魔法・回復・付与か。魔法で攻撃をするか、傷ついたのを回復するか、付与で強化するか。でも、回復以前にけがはしたくないから。やっぱ魔法か付与だな。
と、いうわけで決められないので右利きだから右側をとる。
付与を選びますっと。
頭の中で念じるとそれでよかったのか今まで出ていた文字が消え新しい文字が出てくる。
【アナタハ付与スルモノデス】
そんな文字が浮かぶと同時に体が、視界が動き出す。
当たり前だがハルも同時に動き出す。
「で、ハルは何にした?」
目をキラキラと輝かせてこちらを向くハルにとりあえず職業を聞いておく。
「おにいのも気になるから同時に言おうよ。せーの‼」
「魔法‼」「付与」
「「え?」」
神様、神様。私たちのパーティーは後衛2人になってしまいました。
どうか、どうかこんな運の悪い私たちをお助けください。
~そしてこちらは~
「第1回、木崎ダンジョン探索‼」
私は自分を鼓舞する目的も含めて大きな声で宣言すると。おにいと同時にダンジョンに足を踏み入れた。
すると景色から色が抜けて景色が止まる。思考だけ動いているのを考えると思考だけ加速してるっぽい。そりゃあ時間を止めようとしたら私の脳だけそのままに世界の時間を止めなきゃいけないもんね。ダンジョンの概念なんてわからないけど多分できるとしても途方もないエネルギーを使うと思う。
ん?
なんか文字が見える。いや、見えるというか脳が理解してるというか。なんというかたった今記憶しようとしているときの感じ。出てきた文字は
『剣』 『盾』 『拳』 『弓』 『槍』 『棍』 『罠』 『狩人』 『魔法』 『回復』 『付与』
これはあれだね。何年か前にやったRPGであったクラスってやつだと思う。
本当は敵をばったばったと切り裂いていきたいんだけどね。私の方が運動神経ないしそこはおにいに任せましょ。おにいも私を守るとか言ってアタッカーやりそうだし。ってなると私は後ろからの補助だよね。
うん。下手に小細工するのも面倒だから攻撃特化にしよう。
おにいが前で敵を倒して私が後ろから魔法で薙ぎ払う。それがいい。敵をいっぱい倒したらおにいに褒めてもらえるかもしれないしね。よしがんばろう。
私のクラスは、魔法に決めた。
そう決定すると新しい文字列が浮かんでくる。
【アナタハ魔法ハナツモノデス】
急激に脳の加速が止まったのか視界が動き始め、思わずたたらを踏む。でも今はそんなことはどうでもいい。おにいは私のクラス何だと思ってるのかな。
なんとなくおにいから聞いてもらおうと笑顔でおにいを見つめる。
「で、ハルは何にした?」
私はねー、勿論。あ、そうだ。
「おにいのも気になるから同時に言おうよ。せーの‼」
「付与」「魔法‼」
「「え?」」
神様、神様。私はおにいの考え方を理解できなかったようです。もし私に何かを恵んでくれる時はおにいの考えが分かる能力をください。