38.兄妹は暴走する黒と戦う
「で、全員が離れたからここからは俺たちが参加しても4人より上にはカウントされないよな」
「たぶん。じゃあ、同時に」
俺たちは先程と同じように、道の隅に隠れている。
先程勇者御一行の回復役に投げた杖に張り付けた石には自己紹介というスキルが付けてあった。
『自己紹介…アイテムと肉体が接触している状態で使うとそのアイテムの詳細が見れる: 1度使うとスキルは消える』
スキルが付いたアイテムは魔力を流すことで起動する。そして御一行の回復役は緊張の影響か握った手に魔力を纏ってしまっていた。だから、この杖の持つ力に気づくようにと、自己紹介のスキルが付いた石を手の触れる場所に貼り付けて投げたのだった。
成果は大成功。聖域はあっという間に破られてしまったもののしっかりと逃げることができたようで、10階に降りたのだろう。反応は消えた。
今、すぐ近くには俺たちに気づかずに歩いてくるガン・セーン。俺たちはそれを待ち伏せしているのである。
俺は刀、ハルはトンファーを握り魔法の発動の準備をする。
こいつと戦うには明らかに広い場所の方が良いだろう。それは俺たちが本来後衛の技能だから。最も力を発揮できる立ち位置は近距離と中距離の臨機応変な戦闘だ。それに対しハルは近距離と遠距離で真価を発揮する。
だから、戦闘は俺が前に出て、いつでも距離が取れる広い場所が有効なのだ。
俺たちもこの1ヶ月でかなりのレベル上げをしてきた。俺たちはレベルも上がりスキルも2つも増やすことができた。これほどにまで。
名前 :ハルカ
技能 :魔法・工作
魔属性 :崩(爆)(電)
レベル:67
強度 :77
魔量 :157
スキル:解析・魔弾・暴走・魔法合成
魔法 :(ボム)・(タイムボム)・(インパクト)・ナンバー・(プラズマ)・亀裂・剥離・障壁・崩壊
パッシブ:魔力回復・察知・工作・魔力操作
名前 :トウカ
技能 :付与・錬金
魔属性 :無(呪)
レベル:68
強度 :97
魔量 :130
スキル:隠密・座標・物質認知・支配・ショートカット
魔法 :スピード・パワー・ガード・バインド・チェイン・スロー・ロス・アンプロテクト
パッシブ:把握・加速・錬金
少しでも魔法を使えばその瞬間、魔力の動きを察知されてしまうだろう。そして詠唱中に戦闘に入ってしまう。
しかし奇襲で素の攻撃では威力が低い。だからこそ俺は新しいスキルを使うことにする。
ガン・セーンが俺たちの隠れているところのすぐ傍に来たことを察知してそのスキルを使用した。
「『ショートカット』」
ショートカットはスキルの中では珍しく言葉を発する必要があるスキルだった。しかしその使い勝手はとてもよく、あらかじめ5つまで指定したスキルや魔法を同時に使用するといったものだった。
ただし欠点としてクールタイムが4時間。のうえ設定できるのは1パターンのみ。おかげで使うことなど殆ど無かった。
そんなショートカットだが俺は念の為にと5つの魔法を設定していた。
自分にバフを掛けるためのスピード・パワー・ガード・チェインの4つ。そして敵の防御力を落とすアンプロテクトで計5つだ。
自分の体に4つの魔法陣が現れ、それと同時にガン・セーンにも魔法陣ができる。
準備はできた。
既にガン・セーンは魔力の動きでこちらに気づいている、意識がこちらに向き、体がこちらを向く寸前に地面を蹴り、ガン・セーンの眼前へと飛び出す。
ガン・セーンは逃げることもせず拳を振るってくるのでぎりぎり躱して股の間を抜ける。そして。
「グギャガゲギャ‼」
パワーで威力を増し、アンプロテクトで相手の防御力を下げ、スキルの強斬を使ったまま振り抜いた刀は、ガン・セーンの背を切り裂く。
ガン・セーンはバランスを崩したのかその場にたたらを踏み、それが隙となる。
「おにい、下がって。魔法合成より。『亀裂』『剥離』『崩壊』」
俺がバックステップで下がると共に、ガン・セーンのいる空間には亀裂が入り、剥がれ落ち、崩れていく。
あっという間にそこには空間ではなさそうな何かが出来上がった。
真空状態などといったものではなく、空気どころか光も無いから色もない、見えるような見えないような。言葉ではとても言い表せないような何かだった。
「てーりゃっ‼」
その何かは、すぐ近くにいたガン・セーンを勢いよく吸い込み始めるが、抵抗するガン・セーン。しかし、ハルがトンファーで殴り飛ばすとそのままそこに吸い込まれていった。
ただ、実際に空間に穴が開き、そこに吸い込まれていなくなるなどといった必殺技があるわけもなく。
その何かをすり抜けたガン・セーンはそれと同時に体がボロボロとなり膝をつく。
体がボロボロになると同時に俺が作った傷すらも剥離した影響で、背中の一部からは鉄屑の鎧が無くなっていた。
しかし。
「グギェイヤグァーーー‼」
追撃をしようと刀を構えると同時にガン・セーンが叫ぶ。
その声にはいつぞやのリムドブムルと同じように魔力が混じっており、吹き飛ばされることは無いものの身がすくみ動きが止まる。
それにより次の回避行動が遅れ。
「あぶね、っく‼」
刀で防御しながら後ろに飛びのいた瞬間、俺がいた場所をその剣が通り抜け、パーカーの前が裂ける。それを追うようにすさまじい風圧が抜けていって、パーカーのフードが、頭から落ちる。
「ハル、まずい。1回下がれ」
ハルに指示を出しながら、右手に持っていた刀を左手に持ち替える。
先程のガン・セーンの攻撃は刀で受け流し、俺には何も影響がないように動いたはずだった。
予想外だったのはガン・セーンの力。その力強い剣撃は逸らすこともできず、俺のパーカーを切り裂いたのだった。
それは勿論、刀を持っていた右手にも強い衝撃が掛かるということで。刀を落とすのはなんとか耐えたもののその手は使い物にならなくなっていた。骨が折れたのではないと思うが、その手には力が入らないし曲げられない。
「おにいが下がって‼ 5秒持たせる」
「すまん、攻撃は受け止めるのも受け流すのも駄目だ。俺たちの技術じゃ腕をへし折られる」
ハルがトンファーを構え前に跳んだのを見て、スピードとガードを掛けておく。
そのまま後ろに下がり、曲がらずぶらぶらと揺れる手に刀の鞘を添えて、ナイフで自分のパーカーの下の方を裂くと、鞘ごと腕に巻き付ける。罅ぐらいは入っているようですさまじい痛みが襲ったが、ポーションを飲んで痛みを抑える。
当然痛みの原因である腕は治らなかった。どう考えてもポーションで治る浅い傷ではないから。
「おにい、大丈夫⁉ これ、長期戦は無理そう。というかこれ以上は抑えきれない。『障壁』」
ハルは自分の前に壁を作り下がる。壁は一瞬で破壊されるが間を取る時間は稼げた。
「攻撃は通ったか?」
「無理。私、おにいより強度低いから逃げ回るので精一杯だった」
ガン・セーンを魔力で威圧しながら情報をすり合わせる。
「にしても戦力300で、あの筋力は異常だろ。多分強度特化だよな」
「うん、途中で魔法みたいなのも使ってたけど無視できる程度の強さしかなかった」
一息ため息を吐いて、左手を後ろに振りかぶる。その手には逆手に持った刀。
「短期決戦だ。魔力は惜しまずに。宝具を使うぞ」
「了解‼」
「行くぞ‼」
その掛け声と共に右足を踏み込み刀を全力で投げつける。
「ギェギュァ」
しっかりとこちらを警戒していたガン・セーンは軽々と刀を弾く。が、一瞬の時間をこちらにくれる。
「大鎌‼」
「モーニングスター‼」
投げた体勢のまま前に伸ばした手に大鎌がすっぽりと収まる。
久しぶりの宝具使用。いつもとは違い左手で持っているにもかかわらず、手にしっかりとフィットする。
「『暴走』」
ハルの声と共にハルの魔力が暴れ狂い。
「『支配』」
俺の声と共に俺の魔力が停止する。
「行くぞ‼」「行くよ」
俺たちの魔力的制限はなくなり、自分とハルにショートカットを連続でかける。
当然のごとく2発のアンプロテクトがガン・セーンに掛けられた。
「強度特化ってことは逆に考えれば」
「魔量が低くて魔法への耐性は低いってことだよなぁ」
「だったら、こっちは魔法系の技能持ちらしく」
「魔力で押し切ればいい」
示し合わせることもなく俺たちの言葉は重なっていき、魔力すらも重なっていく。
ハルの動の魔力と俺の静の魔力。本来合わさることのない2つの魔力は互いに高め合い、管理された暴虐の魔力となる。
「グギャーーァガァッ」
剣を振りかぶり突っ込んでくるガン・セーンの横から突如とびだした茨が暴れ狂うように力強くガン・セーンを弾き飛ばし、その攻撃を止める。
ただ、さすが強度特化。すぐに体勢を立て直し、同じ手を受けないようにか体を左右に揺らしながら迫ってくる。
「魔法合成。『亀裂』『剥離』『崩壊』」
走るガン・セーンを追うように空間に亀裂が出来ていき、その右を抜けた瞬間、その空間が剥がれ落ち、ガン・セーンのいる場所だけが粉々になる。
「ギャーーガェギィヤァ」
崩れる空間が左腕を大きく抉ると共にその傷が伝染する。それはガン・セーンの左腕をつぶし、肩の一部までをえぐり取った。
生物であり、それが四肢を扱う物なら、四肢の1つが無くなれば当然混乱する。それはガン・セーンも同様で。
「うーりゃっ‼」
一気に距離を詰めたハルのモーニングスターが、左手が無くなったことで宙を舞ったその頭を遠くへと吹き飛ばす。
ついさっきまで手に持っていた頭がいきなり遠くまで吹き飛ばされたのだ。さぞ焦ったのだろう。その隙は致命的だ。
すり足のようにしながらも高速で近づいた俺は慣れない左手で大鎌を振りかぶり、ガン・セーンの足に向けて振り抜く。
攻撃に気づきバックステップで避けようとするも、足がその場を離れるのは体が離れるよりも遅い。
大鎌はそのままガン・セーンの右足を軽々と斬り飛ばした。
「ギャガィギェギュヤァアーー‼」
ガン・セーンの声が響き渡る。その声はおそらく雄叫びではなく、痛みや自らの死を叫ぶものだろう、その声に殺気は無く、恐怖を表すように感じた。
俺たちは魔力をあらかた使い切り、10分と少しの宝具の使用時間も終わりそうなのを感じ取り、疲労でふらつく足を動かし、右足と左手と頭をなくしたことにより地面に這うガン・セーンの下へ行く。
その横にはハルが立ち、2人で自分の武器を向ける。
「「死ね」『崩壊』」
俺の支配が暴走により威力を増した魔法を操り、しっかりとガン・セーンを包み込む。
崩壊した空間に包まれたガン・セーンは、断末魔の悲鳴すらも響くことが無く。
俺たちの魔力が底を突いて魔法が消え去った時。そこには逃げ場をなくした黒い霧だけが残っていた。
その凝縮された黒い霧は兄妹の勝利を称えながら、ダンジョンの中へと散っていくのだった。
ガン・セーンはGan Ceann を日本語読みしたものでデュラハンのこと。
なのでガン・セーンは右手に剣を、左手に頭を持っています。
主人公が大鎌で首を狙っている描写が無いのも首が無いからです。
作者が書きながら混乱してきたのでここに補足として残しておきます。




