37.探索者たちは壊滅の運命をたどる
黒騎士は不気味な姿へと変貌を遂げた。
黒い鎧はひびが入り、その後強固に密着したようで、鉄屑を纏ったかのようになり手先はボロボロになっていて、先程より獣のように腰を曲げている。
その手には黒騎士の時よりかは少し小さめの剣。
そして、体が少し小さくなり2メートルほどになっていた。
ただその強さはその体に凝縮されたことでさらに力を増したようで、体から魔力が噴き出しているのが見える。
「ガァーーッ‼」
それが上げた声は、確かに獣のそれだった。
頭の中に文字が浮かび上がる。それは俺たち以外も同じようで、何人かびくっとした人がいた。
『ERROR』『ਅਨਾਦਿ ਦਰਦガン・セーン』
そこには何かの不具合を示すERRORという単語と文字化けに続くガン・セーンという言葉。
そして、ボス特有の名前の表示。
そいつはいきなり揺れたかと思うと、ゴトンという音と共に頭が地面に落ち、それと同時に最もそいつの近くにいた銀鎧の頭が弾け飛んだ。
その横には剣を振り抜いた体勢のガン・セーン。
先程までそいつの首があった場所には何もなく、ただ黒い靄が漂っている。
「ググッガァッ」
地面に落ちた顔は気味の悪い声を出しながら体に拾われる。その無駄のない一連の動作を終えたところで、勇者御一行やその他大勢の意識が戻ってくる。
そしてしっかりと理解してしまうのだ。目で追うこともできない速さで仲間の1人が殺されたことを。
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。日本最強の御一行が安全のためか真っ先に後ろへと下げられ、勇気あるものが御一行の前に立ち、いつの間にか殺されていく。1人、また1人と。前衛を担っていた銀鎧の人は、2名逃走、5名戦死。後衛の人は全て逃げて、もう、誰も残っていなかった。そしてたった今、最後の1人が殺される。
ガン・セーンの剣が勇者御一行の仲間に伸びようとしたその瞬間、1つの光がそれを遮った。
「これ以上、仲間を殺させるか。人の命が、どれほど重いと思ってるんだっ‼」
後ろに下げられていたはずの御一行リーダー、勇樹。彼は勇者のようにその暴力に立ち向かう。愚かにも、勝利を信じて。
「おにい、あれの戦力、300だって。それと、戦力が、減ってない‼」
「なっ、はぁ!?」
戦力300はまだ分かる。ゴブリンキングの方が高かっただろう。それでも戦力が減っていっていないということは。
「身を削って進化したわけじゃないってことかよ」
「たぶん、それがERROR? どうしよ、おにい」
焦るハルを見ることで逆に冷静になった俺はとりあえず、ポーションを取り出す。ポーションを飲むと、精神性の吐き気も収まり、すっと興奮が収まっていく。
「ハルもポーション飲んどけ。とりあえずあいつらの逃げ道を稼ぐか」
腰にあるアイテムポーチに手を入れて1つのアイテムを取り出す。
「あの時の杖?」
ハルもポーションを飲んだようで冷静な視線をこちらに向ける。
俺が手に持つのはトレント狩りをした時の杖。魔法陣が入った琥珀を先に埋め込んだでこぼこの木の杖。
「なんて名前だったか」
そんなことをつぶやきながら杖に物質認知を掛けるといつも通り頭の中に文字が浮かび上がる。
『聖母の守護杖』
俺たちが初めて手に入れた固有の名前を持った武器。俺たちが使えないので大して気にしていなかったが、この杖は使える人が使えば、俺たちが持つどんな武器よりも強かった。
琥珀だけに集中し、看破を使った時の結果が。
『精霊樹の琥珀…???であり魔力に聖属性を付与する』
そしてその中に浮かぶ魔法陣。最初は普通の魔法陣だと思っていたそれは。
『立体型魔力増幅陣…魔法に使われる魔力を増幅しその能力を上げる』
俺たちの技術では作れない、普通の魔法陣とは性能が段違いのそれはまだ、その杖以外で見たことがない。
「せっかくの資金源なんだがな」
「まあ、人の命の価値は高いらしいから?」
「投資ってことにしてやるから、自分の役割ぐらい果たせよ」
そんなことをつぶやきながらその杖に1つのごみスキルが付いた石を付け、放るのだった。
他の全員が逃げてもなお、勇樹に加勢しようとする勇者御一行のうちの1人、回復技能を持つ女へと。
勇樹くんはただひたすらにガン・セーンにその剣を振るっていく。その速さは既にレベルの制限を超えた速さで、後ろからの援護すら許してくれない。
良かったことはガン・セーンが狂気に包まれ、一番近い勇樹くんしか狙わないこと。
後ろでは、自分が真っ先に殺されないことに安堵すると共に勇樹の戦闘を不安そうに見守ることしかできなかった。
もう1人の前衛である剛太くんも重い鎧を付けているせいで動きが遅くて、戦闘に混ざることができない。
自分たちが逃げたら勇樹くんもタイミングを計って逃げられるのではないかとも思ったけど、それはすぐに無理だと悟ってしまった。
勇樹くんは完全に遊ばれていると思う。その剣がガン・セーンに当たることは無くて、軽く振るわれる剣に払われるだけ。それなのに勇樹くんの体には無数の切り傷が刻まれている。
このままでは全員死んでしまう。
そんなことを考えたときだった。いや、確信したときといった方が正確だったのかも。
それはともかく、その時だったの。
勇者御一行に所属し、回復技能を持つ梨沙の下へ、その杖が転がってきたのは。
はっと驚いて、転がってきた方を振り向くけどそこには道が続くだけで誰もいない。
そっと杖に触れてみる。まさにファンタジーと言ったようなでこぼこの木と茜色に光る宝石。確か琥珀って言うんだったっけ。
思わず綺麗とでも言ってしまいそうな杖をその手に取り、杖に小さな石が付いてるのに気づいて手で払う。
「なんですか、これ」
石にその手が触れた瞬間頭の中に文字が浮かぶ。これは、杖の説明か。
『聖母の守護杖…???であり魔力に聖属性を付与する(聖域)』
『聖域…モンスターだけが入れなくなる空間を作り出す:回復技能の者のみが使用できる』
「ギュアャゥアー‼」
ガン・セーンの狂ったような叫び声に意識を引き戻され、一瞬だけどガン・セーンから距離を取った勇樹くんが視界に入る。その距離は1歩踏み込まれただけで間合いに入ってしまう程度の小さな隙間。勇樹くんは満身創痍で動くことすら難しそう。ただ、その時。自分の中に何かが光る。
だから私は叫んだ。守護杖を振るい、思考なんて追いつくこともなく、ただ本能に従うままに。
「勇樹くんを守って‼『聖域』」
その声は、たった4人しかいないこの場所によく響き渡る。
もう、動くことも難しい勇樹くんにガン・セーンが斬りかかり、その体が眼前に迫った時、そこには茜色に光り輝く半透明の壁が広がり、その剣を受け止めた。
壁に大きなひびができるけれどそれはびくともしない。
考える暇などなく、もう1度聖母の守護杖を振る。
「『エリア』『スタミナヒール』」
洞窟には再び光が満ちて、これまでとは明らかに違う回復力を持ったその魔法は、その範囲にいた勇樹達の体に満ちた疲れを癒していく。
「みなさん、逃げます‼」
「おう‼」
「分かった‼」
「分かったわ。『インフェルノ』」
ガン・セーンは突如できた壁に戸惑うも、すぐに理解し剣で壁を殴る。ひびは容易に広がっていくが突如視界に大きな炎が広がる。
手で払うも、まとわりつくように燃え上がる炎は視界から離れず。
スキルを使い、忌々しい炎と共に茜色の壁を消し去った時には、既にガン・セーンの視界にはおろか索敵範囲にも人は存在しなかった。
「グギャィャギョアァーー‼」
獲物に逃げられた怒りで狂ったような雄叫びを上げる。ただ、狂ったその思考は単純であったようで、逃がした獲物のことは忘れ、すぐに見当たらない獲物を探して歩き始める。
その時だった。
「あいつは俺たちでどうにかするぞ。これ以上動き回られたら東京ダンジョンが壊滅する」
「うん。さすがに狂い頭に負けたくない。死んじゃったのはどうでもいい人たちだけど、弔い合戦‼」
本当の最強が動き出したのは。




