03.兄妹は武器を手に
スマホのアラームが鳴り目を覚ます。深呼吸をすることで脳を目覚めさせ夜にあったことを思い出す。
とりあえず周りに注意しながら地下室へ戻るとモンスターがダンジョンから登ってきたような痕跡はなかった。
ただダンジョンをのぞいてみると薄透明のドロドロが落ちていた。いや、動いているから所謂スライムという奴だろう。とはいってもそれを退治する方法などは思いつかないので段差の縁に座りスライムを観察する。
スライムは俺に気づいたのかダンジョンから出て俺の方にズルズルと寄ってくると穴の下で小さく潰れた。
何かと思いよく見るとプルプルと震えている。そして跳んだ。
「うわ‼」
跳ぶとは思っていなかったため驚いて少し後ずさる。
直径30センチもないスライムが1メートルも跳んだのだ。そりゃあ驚く。某国民的RPGの雑魚スライムなら跳んでもおかしくはないがここにいるスライムはあんな可愛いものじゃない。丸いぷよぷよしたものではなく、まるでヘドロのような、汚い液体の塊なのだ。いったい誰が跳ぶと予想できるのか。
1人でひやひやとしていると、1階からハルが降りてきた。
「おにいおはよ。朝ごはん食べよ」
ハルの手元を見てみると皿にお握りが2つ載っている。
「ありがとな」
横に座ったハルの頭をくしゃくしゃと撫でると猫のように目を細めて嬉しそうにする。それを少し眺めてから片方のお握りを食べる。ハルも俺の横でお握りを食べ始める。いつものことながらハルの作るお握りの塩味が丁度よくおいしい。
「あ、塩か」
ふと思い出したことがあり台所から塩を持ってくるとスライムにかけた。
すると段差の下でズルズルとしていたスライムはみるみる縮んでいく。ような気がする。
そして跳ねた。
「キャッ」
はぁー
ハルが可愛い声で驚く横で俺はため息をつく。縮んでいくから成功かと思ったがただ跳ぶ準備をしただけだったようだ。おそらく上からちょっかいをかけられたため反撃してきたのだろう。しかしその程度。スライムの体積は減ることがなく、塩は無駄に終わった。
おそらくスライムそのものがただの水分ではないのだろう。それか表面に膜があるのか、塩よりスライムの方が水分を吸収する力が強いのか。もしそうだったら塩水を掛けたら塩ができることになるが。
「よし、スライムが地下室に出てこられないことも分かったし、ホームセンター行くぞ」
ハルに声をかけて立ち上がる。部屋の隅にある引き出しを開きその裏に貼り付けてある10万円をはがしとる。
世間からは10万円程度でと思うかもしれないが、俺たち兄妹にとっては大金だ。これだけは前の家から持ってきてから使わないようにしている。正確には最初には使ったが、バイトをすることで10万円まで戻し、それからの生活費はバイトで補い、少しずつ貯金をしているのだ。ハルの嫁入りの時のために。
なのでもっとバイトを増やしたいのだが何せバイトを取りすぎるとハルに泣かれる。曰く1人は嫌らしい。ハルもバイトをすればと思うが、人見知り過ぎてバイトの面接で弾かれる。将来的には治さなきゃいけないが無理だったら優しくて養ってくれる夫を見つけてくれといったことだろう。
まあ、そこら辺の男だったら俺が認めないが。何しろ自分の父みたいなやつのところへハルを嫁がせるわけにはいかないのだから。
鞄に10万円の入った財布とスマホとロープをしまい、家を出る。ロープは帰りに買ったものを自転車に縛り付けるためだ。
「おにいーはやくー」
ハルが自転車の後ろに乗ってせかしてくる。
2人乗りはだめだって? 取り締まるどころか、ぶつかる人すらいないよ。それが田舎だ。
まあ、人がいる所に出たからといって2人乗りを止めるつもりもないけど。だって疲れるから。
その後は何事もなく、2人乗りを注意されることもなくホームセンターについた。
問題があるといえば後ろに乗っているハルが「ぶっきー♪」などと口ずさんでいることぐらいか。お願いだからやめてくれ。危険人物だと思われたくない。
家から自転車で2時間もの距離があるここら辺はしっかりとアスファルトが敷かれ、ビルはないもののマンションや店が充実している。
ホームセンターに入ると農具や工具のあるコーナーに向かおうとするハルを引きずって柵のコーナーに行く。
「なんで柵なの?」
ハルはいつもどおり何も考えていない。頭の中で何かを組み立てたり計算するのが得意なハルだが、考えを読んだり予測したりするのはもっぱら俺の方が得意だ。
「地下室に出てこられないとはいっても塞いでおきたいだろ。柵を横にして蓋にするんだよ」
「あ~そっか。じゃあ私が扉作るよ。家に金属切るやつあったはずだから。ワイヤーだけ買って。溶接の器具はさすがに無いしあっても資格無いとやっちゃいけないって聞いたことあるし。なんとかワイヤーでやる」
「了解。頼む」
やっぱり工作になるとハルの独壇場なことがよくわかる。
踏んでも蹴っても壊れなさそうな丈夫な柵に目星をつけてからカートを持ってきて工具のコーナーに向かう。とはいっても何故か工具の類は家にたくさんある。それを倉庫に置いておいた親や祖父母はいったい何がしたかったのか。
「ワイヤーと固定する杭を買って、あとネジもか。トンカチとドリルは家にあるから」
ハルはさっさと工具を見て回り必要なものだけを必要な質でそろえていく。
「私バールがいい。定番だけど。スパナとかハンマーとか」
おそらくゾンビ映画のことを言っているだろうハルを見るとバールを肩に担ぎコテンと首をかしげている。可愛くない。というか怖い。
「じゃあ、バールだけな」
とりあえず一番使いやすそうなものにするが、何故かいっきにカートの中が物騒になった気がする。スパナもハンマーも買ったら確実に危険人物だろう。この後農具コーナーでさらに買うのに。
「よーし、次は農具のコーナーに行こう」
ハルは相変わらず元気に歩いていく。
農具コーナーにあるものはもっぱら武器だ。というよりほかの物のダンジョンでの使用方法がない。ダンジョンで種をばらまいたり肥料をかけるとしてもそもそもダンジョンの地面は掘れないらしい。
ハルはゴムグリップのアウトドア用の刺すこともできる鉈を持ってきた。というか素人目にはナイフとの違いが判らない。若干分厚いところだろうか。まあ用途は木を切ることじゃないので構わない。
「俺はこれかな」
近くにあった三角鍬というものを手に取った。土を耕す部分が三角になっていて土に刺さりやすく、刃がついているため草刈りもできるという便利製品だ。
周りから見ても不自然ないぐらいに振ってみるが違和感はない。持つ部分も金属でできていて丈夫そうだったため満足して、カートに入れる。買うものはそろえたため柵のコーナーに戻り、決めていた柵をカートに乗せてレジへ向かった。
特にレジで怪しまれることもなく店を出ることができたのにはほっとした。
そして今、俺は荷物を自転車に積んでいる。小さなものは前のかごに入れて、長いものは傘を置くときのように自転車に差し込む。そして柵を自転車の横に括り付けた。もう何があっても自転車に乗ることはできない。
「「はぁー」」
ハルと同時にため息を吐き家へと歩き出す。自転車で片道2時間。自転車は徒歩の3倍の速さと聞いたことがあるので、6時間。そりゃあため息も吐きますわ。
家に着くとすぐに荷物を持って地下室へと降りる。帰り道6時間、さらにほかの店にも寄ったので帰るのには8時間はかかった。往復10時間、買い物や食事で2時間、計12時間は精神的にも肉体的にも疲れたが、だからと言って休むわけにもいかない。ダンジョン対策は早めにしておきたいのだ。
ドサドサと地下室に買ってきたものを並べる。
120×150の鉄柵・太めのワイヤー・杭・南京錠・バール・鉈×2・三角鍬・全身のプロテクター×2・作業着×2・水筒×2
計90000円と少し。持って行った10枚の諭吉はいなくなりました。
ハルが鉄を切るための大きなニッパーと買ってきた柵とワイヤーで作業を始めるのを見届け、俺は地下にあるものを1階に運び出す。帰り道に話し合って地下室はダンジョン専用にすることを決めたのだ。とは言ってもお金のないこの家に大したものがあるわけでもなく、引き出しが大変だっただけで残りは小物だけだった。別にハルのノコギリやトンカチなどの工具もあるのだが、それは地下に置いておくことになった。
「あ、おにい終わったよ」
作業を終えて地下室に戻るとハルが大の字で寝っ転がっていた。
「お疲れ。あとは柵を設置するだけだから休んでていいぞ」
柵を持ちあげてみると一部が扉のように開く。
「扉は80×80でとったよー」
ハルが報告してくれる。80×80ならば普通のものなら通るだろう。
とりあえずたくさんある工具の中から振動ドリルを取り出す。こんなものがなんであるのかと思うが、考えないでおこうと思う。
「ハル、音が大きくなるから上行って耳栓つけておけよ」
ハルを地下室から追い出し耳栓をつける。振動ドリルがあるんだから消音ヘッドホンぐらい置いておけよと思うがないものは仕方がないのだ。耳栓だけでは不安なので耳を覆うように頭に布を巻く。
で、ドリルを垂直にダンジョンの段差の縁から1センチほど離れた部分を掘る。普通のコンクリでそんなことをしたらコンクリの横の部分が割れる恐れがあるが、ダンジョンは壊すことができないので問題はない。
ダンジョンの縁とその間の部分、計8ヵ所に穴をあけたら柵をダンジョンの入り口をふさぐように置き、先ほどあけた穴に杭を打ち付けて固定する。扉の部分にどでかい南京錠をかけ、すぐ横にワイヤーで鍵をつるす。対策する相手が人ではないため、押したり引いたりしただけで開かないのならば何でもよいのだ。
ちなみに穴の下には何もいなかった。スライムも帰ったらしい。
敵がいないかを確認したときにはじめて気づいたが、開いた扉はそのまま梯子として使えるような作りになっていた。ここまで気が利くのがハルらしい。
「終わったー」
終わったことに満足してとりあえず寝転ぶ。耳栓と布じゃ足りなかったのか少し耳が痛い。
しかしとりあえずはこれで準備完了だ。あとはダンジョンに入るだけ。手を頭にのっけて目をつぶる。こんだけやったんだ。少しくらい眠ったって誰も文句は言わんだろう。そう自分に言い訳をする。意識はいつのまにか、微睡の中に沈んでいった。