02.地下室にダンジョンが現れた件
後の金銭関係で問題が出てしまったため少し内容が変わっています。
本筋とはさほど関係はありませんので安心してお読みください。
「ただいまー、ハルー帰ったぞー」
俺はそう叫びながら、築50年をゆうに超えた小さくボロボロの家に入っていく。
「ん~? あ、おにい、おかえり」
家の中で迎えてくれたのはたった1人の家族である妹の木崎春香。見た目は可愛く頭もよくてスポーツもできるが、人見知りで毒舌が欠点の自慢の妹だ。
おっと言い忘れていた、俺の名前は木崎冬佳。何とも女子のような名前ではあるがこの家の大黒柱を担う普通の男だ。イケメンでもなければ男の娘でもないし、不細工でもないし秀才でもない。
少々合気道を嗜んだだけの、どこにでもいる普通の男子生徒だった。事情があり今は生徒ではない。と俺は1人で何を考えているのか。やっぱボッチはいかんな。
「おにいー、何ボーッとしてんの。夜ご飯作って」
「お前も16歳なんだからそろそろ料理ぐらい作れるようになれよ。義務教育も終わってんだぞ」
「知らないよー。どうせ、もう学校辞めてんだし関係ないでしょ」
そう、俺たちは2人暮らしをしているわけだが、2人とも年齢的にはまだ高校生である。
高校1年で高校を辞めた春香と、高校2年で辞めた俺。保護者のいない俺らは学校に行く金なんか1円たりとも持っていない。バイトで学費を稼ぎながら学校へ行くという選択肢も普通ならあるのだろうが、まず、今までいた高校の授業料が思いのほか高く、転校しようにも入学金が払えないうえに特待生を狙えるほどの頭脳も持っていない。
そもそも勉強道具を買うお金すら節約したいのだ。だからといって就職活動をするにはある一件が起きてから少々早すぎた。俺たちがこんな状況に陥ったのは季節を1つほど遡る。
母親は去年の6月、交通事故で死んだ。当然悲しかったが、事故に遭った理由が酔っ払って車道に飛び出したとなれば目も当てられない。よく考えてみるとそもそも親が家にいた時間はかなり少なく、周りを知らないから何とも言えないが愛情をこめて育てられたかというと微妙なところだ。
基本的には家に両親ともにいないため、妹は反抗期にもかかわらずしっかり俺になつき、俺の家事スキルはそこら辺の主婦をしのぐのではないかというほどには成長した。
こんな親でも両親ともにそこそこ高給取りだったのだ。1年間、コンビニ弁当で過ごすには少し足らないだろうという程度の金を親から渡され、これで私たちがいない日の食事を何とかするようになんて言われていればそうもなる。正確には1日に1500円。コンビニ弁当だったら朝昼晩幕ノ内でぎりぎり。さらに伸び盛りなのだからもっと食べるため足りない。だから俺たちがコンビニ弁当を食べることは無かった。
他にも服を買うお金をくれ、とかの理由でお金をもらい、俺たちが節約した後の差額を俺たち兄妹のポケットマネーにするぐらいには逞しくなった。まあ、それは親にもばれていたらしく、遊ぶ金は絶対にくれなかったが。
そんなこんなで母親の死は、悲しいという感情だけであっさりと受け止めてしまった。涙も出たがそれだけ。妹に至ってはけろりとしていた。
問題はその4ヶ月後。
10月には父親が失踪した。家にあった通帳と母の小さな仏壇は無くなり、テーブルにはメモが1枚。
『父さん、会社がつぶれたんで駆け落ちするわ。お前ら死んだら責任問題がめんどくさいから死ぬなよ。あ、家の金は俺たちのhaneymoonに使うから持ってくぞ。あと母さんの位牌も持ってくからな。んじゃ、達者でな』
父が屑野郎というのはよく分かった。あとhaneymoonじゃなくてhoneymoon、とスペルが違うことは置いておくが、そのあとはいろいろあった。
まずは生活に必要なもの以外の家具を売った。ソファーや食洗器、テレビなども売った。テレビが無くても情報ならパソコンで見れるから。スマホも妹のハルの使っていた物を解約し、俺のを共有で木崎家のスマホとした。冷蔵庫も売った。冷蔵庫は必需品だが今ある大型の冷蔵庫を売って、中古で小さな冷蔵庫を買った方が冷蔵庫の本体の代金にしても電気代にしてもお得なのだ。
次に俺たちは家を出た。とは言っても子供だけでどうこうできるようなものではないのだが、そこら辺の資料は父が家を出ていく前に用意していてくれたらしく、父の寝室に置いてあった。残念ながら住んでいたのは一軒家ではなくマンションなので契約終了と。特に壊した部分もなかったので追加料金は無かったことにほっとする。
これから住む場所はいつからか倉庫として使われていた、それなりに離れたところにあるかなり小さい一軒家。倉庫として使っていただけあって、家の中にはほこりの溜まった小さな風呂とトイレ、狭い廊下にあるキッチンと完全に倉庫化しているリビング。そして小さな地下室。聞いた話だと酒を寝かしておく部屋だったらしい。勿論そこには酒は無く、倉庫として収納されていた粗大ごみの数々。
都市ガスなんて便利なものは通ってないためプロパンガスと電気と水の契約もし直した。
マンションの方にあった売らない家具も宅配の人に運んでもらい無事引っ越しを終えた。そして朗報。何と馬鹿な父だろうか。家具を売る際に家の通帳を持ち出した父の寝室からへそくり10万円を発見。有意義に使わせていただこう。
俺たちは手元に残った10万円と昔から溜めてきた食費や洋服代などの生活費の差額として俺の通帳に入っているお金を持ち、高校を辞めて神奈川の田舎にある元倉庫へと移住したのだ。
しかしなんともこの元倉庫。とにかく古い。歩けばギシギシ音が鳴るし隙間風は吹く。窓は割れているどころか元々ないから、たまたま地下にあった板をたまたまリビングに置いてあった工具セットの中ののこぎりで切り取り、ねじで窓枠に取り付けた。最初は窓を買おうかと思ったがネットで調べると思いのほか窓は値段が高いことが分かった。
こんなところで贅沢をして出費をしてはいけないと苦肉の策で板を貼ったのだ。台風も来ないのに板を貼られた窓枠にそこそこ大きな庭を囲う2メートル無いぐらいの壁。さぞかし怪しいだろう。まあ、その壁もところどころ壊れていて怪しいを通り越して不憫な状況になっているわけだが。
そして最後に、家にあった粗大ごみは大体を売るか処分するかし、多少お金が減った。粗大ごみの中にはお金を払わなければ捨てられないものもあるのだ。それに対し売れるものが少ないのが原因だ。なので木でできた売れない家具などは、ばらしてまとめて外にある、屋根がある場所に置いておいた。まだ使えそうなものはそのまま修理などをして使っている。
そんな昔(とは言っても数か月前だが)の光景を思い出しながら、豆腐ともやしをマーガリンと醤油で炒める。今日はバイト先にいる陽気なおばちゃんからもらった少量の白米があるのでご飯もありだ。週に1度ほどの贅沢に頬が緩む。さあ、準備完了。米もそろそろ炊ける頃だろう。
「ハル、家の改築はありがたいんだけどご飯できたからこっち来て」
「んー、分かった」
ハルの趣味は、普通の女子ではまず無いであろう物の改造や修理である。そのせいか中学高校では美術部に所属しているものの何故か絵は描かずに工作をするといった異質な存在だったらしい。と、前に俺のクラスメイトから聞いた。
何せ美人で無口というキャラが男子の注目を集めており、他学年まで情報が来ることがあるほどだ。兄としては肩身が狭い思いであるが、学校ではお互い仲のよい人がほとんどいないため俺たちが兄妹だと知っているのは数人である。
それはともかく、ハルが工作好きのおかげか家では、壊れた床などを簡単な道具で補修してくれている。完全に修理をしたいところではあるが金が無いので、不便を減らすので精一杯というわけだ。ハルとしても前の家のように他の部屋を気にしてトンカチが使えない。なんて状況から抜け出すことができて嬉しいらしい。
「「ご馳走様でした」」
贅沢とはお世辞にも言えない少ない食事を、ゆっくりと噛んで完食し、ハルと一緒に手を合わせる。
その後はハルを風呂に送り出し、食器を片付けて、
これで1日の作業は終了。
「じゃあ、ハルは寝とけよ。俺、ランニングしてくるから」
風呂から上がってきたハルにいつも通り寝ておくように言い俺は1年前から愛用している丈夫な靴を履き外に出る。
この走る習慣もこの家に住むようになってからできた。田舎に住むには、年中帰宅部の俺にはきつかったらしい。今では家の近くを10kmは普通に走れるようになった。
砂利道や坂道や段差の多い家の近くの林道を10キロ走るというのは、都会の10キロを走るのに比べたら相当大変だということと、丈夫な靴というのが耐久度だけを気にして買った為、ランニングシューズではなく登山などに向いている重い靴ということは幸か不幸かまだ気づいていない。
しっかりと汗をかき家に戻ってくるとぬるくなってきている風呂にささっと入り地下にある寝室へと行く。
全ての日にバイトを入れたいと思うのだが、ここまでの田舎となるとバイトをできる場所すらないのだ。ハルも俺がずっと家にいないのは嫌がる。
最後に柔軟体操をして、地下の倉庫だった場所にある寝室へ向かう。1階もたいして広くないので、どうせ置くものも無いのならと倉庫を寝室に変えてしまった。さらに地下は、1階に比べると夏は涼しく冬は暖かい。冷暖房のない家では寝室にうってつけの場所なのだ。
こうして俺は妹と一緒に使っている寝室という名の地下室へ行き自分の布団をかぶり眠りについた。
この時、2月7日、22時
こんな日常があっさりと崩れてしまうなど、この時俺は想像もしていなかった。
「っ‼」
いきなり下から突き上げるような揺れに驚いて目を覚ます。
次の瞬間には自分の体は宙を舞い2メートルほど落下した。ぎりぎり受け身をとるが、寝ている状態からの高いところからの落下の衝撃は消しきれず地面に打ち付けられ肺から空気が抜けていく。慌てて深呼吸をして肺を落ち着かせながら目を開く。
自分がいた場所は地下室だった。いや、正確にはこの家の地下室の中に正方形で深さ2メートル超えの竪穴。その底の部分に俺は落ちていた。慌てて痛む体に鞭を打ち立ち上がる。見渡すと岩肌が見え、横には奥へと続く道が続いている。この現象には心当たりがある。
「ダンジョンかよ」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
8月1日、各地でダンジョンが発生した事件。中にはモンスターがいて何人もの犠牲者が出た。危険性があり6ヶ月たつ今でも一般人は入ることすらできない。
「おにぃー、早く上がってこないとやばいよ。これダンジョンでしょ?」
ハルが少し慌てた声でダンジョンの入り口から呼んでいる。
ってやば、確かにここにいたらモンスターに殺される。いや、正確にはダンジョンの入り口は壁の材質が変わっている部分からだと聞いたことがあるが、もしモンスターに見つかればモンスターは普通にダンジョンから出てくる。
敵がいないときの行動範囲がダンジョン内に限定されるだけでダンジョンから出られないわけではないのだ。しかし聞くところによるとダンジョンに入るとモンスターから見つかりやすくなるらしい。
俺が立っていたのは、壁の材質が茶色の岩肌から灰色の岩肌に変わる1歩手前だった。
「あぶね‼」
俺は慌ててダンジョンになる灰色の岩肌から離れ地下室のほうに戻る。戻るだけにしても、高さ2メートル超えの段差を登らなくてはいけないためハルにはしごを用意してもらった。普段なら腕力で登れるが、地面に体を打ち付けられた今では辛い。折れたりはしてないようだが純粋に痛い。
「どうしよっか」
ぽつんとハルが呟くのを聞きもう1度ダンジョンをのぞき込む。
モンスターが出てくる様子はないがこのままだとどうなるか分からない。普通なら通報するのだろうが、警察が来たのならば確実に俺たちはこの家を追い出されるだろう。日々の生活をしのぐほどしか収入のない俺たちには新しい家を見つけることはできない。
ただでさえダンジョンを見つけたら警察に通報しましょうなんて法律もないわけで。自分からそんな愚行をする気はない。国としても、ダンジョンがある土地を民間から強制的に奪い取るわけにもいかないので、ダンジョンがあることが通報されたため保護をする。という形をとっているのだ。
「とりあえず、放置か。この高さだとダンジョンのモンスターがここにきても地下室までは上がれないだろ。あとはこのまま置いといて密閉されてるということにならないかだよな。下手すりゃ爆発でこの家大破だし」
「それは大丈夫じゃないかな。この家隙間風だらけだし。そもそも扉があれば大丈夫らしいから。この蹴れば壊れるような家の扉が壁って判断されることは無いでしょ」
確かにダンジョンの氾濫などの情報は民間が安全のために強く情報を求めたため結構な内容が公開されている。たしか、一般人でも意思を持ったときに入れる環境なら平気なんだよな。なら、まあ問題はないか。
とは言ってもダンジョンの中を少し見てみたい気はある。実際ダンジョンを放置したら中からモンスターがあふれ出した前例があるのも怖いところだ。ただそんな理由でハルを巻き込むのも……。
「ねえおにい、ちょっとダンジョン潜ってみない? たしかモンスター倒すと肉とかも手に入るんだよね。節約だよ、節約」
「は、はぁ」
俺の考えを読んでいたかのように横から無表情で目をキラキラさせるという器用なことをするハルが話してくる。突然のことで曖昧な返事をしてしまったがハルも行きたいというなら問題はないだろう。
「よし、今は1時だから6時半頃まで寝てから自転車でホームセンター行くか。開店が9時だったから7時に自転車で出れば間に合うだろ」
本当なら俺もハルも原付の免許は前の夏休みに取ったのだがこの家に来る前に原付自体を売ったため2台あった原付は無く、家にあるのは1台の自転車のみだ。
1ヶ月前に親が交通事故で死んでいるのに原付の免許を取るのは怖くないのかと考えていたが、死んだ理由が酔っ払っただけと考えるとどうでもよくなった。ただし、その時ハルと酒は飲まないことを誓い合ったのはよく覚えている。
そんなことは置いておいてとりあえずはダンジョンの入り口の方へ落ちてしまっていた俺の布団を引き上げ、ハルと一緒に1階に上がり布団を敷いて寝ることにした。