102.勇者御一行と狂った魔女
随分とお待たせしました。
投稿を再開します!
3月18日に漫画の方が発売されるので、よろしくお願いします‼
巨大な龍が守る森林と呼ばれた階層のさらに奥。
日本でそこに立ち入ることができる探索者は3桁にも満たない。知恵を持つ強暴なモンスターが蔓延るそこは、遺跡と呼ばれていた。
個々の技術ではなく、強力なスキルや魔法、戦略を駆使しリムドブムルを倒した探索者は自らの強さを過信する。森林ではその強さがあれば十分だろう。知恵の無いモンスターは技術が足りずとも力があれば倒せる。
人の言葉を理解し利用してみせた人化牛でさえ、自ら戦略を練ることはしない。精々その場で聞いた言葉に対応するだけだ。
技術を持たないままレベルを上げ、力を過信した探索者は意気揚々と遺跡に立ち入り敵を見る。そこにいるのはスライムとゴブリン。
そして思う。あぁ雑魚だと。
森林のモンスターは基本的に大きく、強い力を持つ。物理法則の成り立つ世界で生きてきた探索者たちは無意識に小さいモンスターは弱いと錯覚してしまうのだ。
戦闘を始めてすぐに気づけば上々。
その小さなモンスターはリムドブムルを屠った探索者と斬り合う力と技術を持っているのだと。人を騙し、罠にかけ殺そうとする知恵があるのだと。
それに気づかないものは、気付いたとしても技術が満たないものは、容易にその凶刃に倒れていく。
この遺跡と呼ばれた階層。そこにたどり着いたのは日本でも有数の猛者たる探索者。しかし、それでも命を落とした者の数は片手で数えられるものではなかった。
勇樹たちがそれを見つけたのはきっと偶然だったのだろう。
通る予定はなかった道の先から聞こえてきたのは小さな男のうめき声と武器が地面に落ちる音。
本来、安全のためにダンジョンの中では他の探索者に近寄らないとはいえ、その声を聞いてしまえば向かわずにはいられなかった。
道を曲がり覗き込んでみればそこには全身に傷を負い、気を失った3人の探索者。意識はありながらも疲労か外傷かで動けなくなった男。そしてその男の髪を掴み持ち上げる1人の女性だった。
「君は何者かな? そこにいるのは僕たちと同じ探索者だ。手を放してもらおう」
直感でその女性が探索者でないと察した。武器は持たず、着ているのは防御力など無いであろうボロボロの服のみ。そこから醸し出す雰囲気は、今まで戦ってきたモンスターと似ていたからだ。
「あら、初めまして。ヒト族の皆様。私は当ダンジョンに仕えております、ソステヌートと申します」
僕たちから武器を向けられたその女性、ソステヌートさんは元から興味など無かったかのように掴んでいた男を手放しこちらに向き直る。
そのまま小さく笑みを浮かべると、挨拶と共に綺麗なカーテシーをしてみせた。
上品な所作ともの言い。ヒト族という言葉は気になるけれど、それだけなら美しい女性と言えたのだろう。
ボロボロの服はまだしも、前の行動と笑みとは逆のその血走り見開かれた目が無ければ。
「そこにいる男性たちは治療する必要がある。道を空けてくれるかい」
剣先はソステヌートさんに向けたまま問いかける。そのボロボロの服が、男性探索者たちとの戦闘でできたものならまだいい。もしそうならばソステヌートさんの実力は探索者4人より少し上ということになるだろうから。その場合は戦闘になっても僕たちは勝つことができる。
ただ、その服の傷は、汚れは戦闘でできたもののように思えないのだ。服の傷は剣で切られたというよりは、引きちぎられたように見えるから。
「勿論。侵入者に優しくとは昔、主がおっしゃったことです。私もついカッとなってしまい。恥ずかしい限りでございます」
ソステヌートさんは青白い顔を少しだけ赤く染め、道の隅に寄る。
「剛太、頼む」
「分かってるぜ」
剛太は盾をソステヌートさんに向けたまま倒れた男に近づきポーションを与えていく。すぐに目が覚めることが無いとはいえ体中にあった傷が消えていくのを見て、思わずため息を吐いた。
「ところで皆様、このダンジョン。どう思いますか? 恥ずかしながら、私が作ったダンジョンは主の作ったものを真似ただけですので、随分と拙いものになってしまったと思っているんです」
「どう、とは? それと主?」
質問の意図が理解できず聞き返す。それと同時に話しながら武器を向け続けるのも失礼だと思い、剣先を地面に向けた。
「皆様は普段、魔術をお使いになられますか? それに比べ、魔法はいかがでしょうか。素晴らしいものだと思いませんか? 便利なものだと思いませんか?
使いづらい魔術と比べ、便利で強力で、誰でも使える。スキルも同じです。何年も何十年も剣を振り、到達するかもしれない秘儀があります。奥義があります。ですが、それは誰でもできるわけではありません。環境と才能のどちらともが恵まれていなければいけないわけです」
話しながらソステヌートさんが手を広げるとそこには黒い靄が生まれ、剣の形を成した。
僕はすぐに剣を構え直し、一歩後ろに下がる。
「あぁ、警戒しないでください。攻撃の意志はありません。話に戻りますが、スキルとは技術です。その2つは別の言語であるだけで同じ意味であると主はおっしゃられました。長年の修練の先に到達するその技術を誰でも使えるようになればどうでしょうか。ヒトの武器とは、鍛え抜かれた個人の力ではなく短い寿命とその数、言葉により継承され磨き抜かれた誰でも使える技術です。1人しか使えない技術なんて、数の力には勝てませんし、勝てても数十年後には弱ってしまいます。だからこそ主は誰でも使える技術の究極を作り、そこに技術と同じ意味であるスキルという名前を付けました。私は剣を振れません」
まくし立てるように話していたソステヌートさんはそこで口を閉じ、誰もいない方向へ黒い剣を構えると、そのまま1度だけ振る。
振るわれた剣は素早く、力強いが、鋭くはなかった。剣を振り始めてまだ短い僕が見ても分かる、技術の無い力任せな剣。
「でもスキルがあればどうでしょうか。『コールコード11029 肉断ち』」
その言葉と同時に剣は赤く染まり、振られた剣は壁に大きな傷をつけ、砂煙を起こしながら消えていく。その剣筋は勇樹をはるかに超える完成された技術だった。
「ね、素晴らしいでしょう。それをあのヒトどもは子供の遊びだと。ええ、その子供のお遊びが無ければ戦えもしない分際で、自分が強くなったと勘違いして。いえ、勘違いするのは良いでしょう。勘違いしているのならばそれはあなた方がこちらの想定する愚者であるということ。それは良いことです。ですがそれを侮辱されるのは、我慢ができない、いや、我慢は。あぁ私は気が立っていたのでしょう。八つ当たりのような真似をしてしまい申し訳ありません。しかしこちらも何十年、何百年。今何年経ったのですかね? まあ、長い時間が経って、たまには気が立っていてもおかしくはないのでしょう。でしょう?」
血走った目できょろきょろ周囲を見回しながらまくし立てるその姿に笑みを引きつらせながら、仲間に指でサインを送る。
ゆっくり下がれ、逃げろ。と。
「まぁ、指先でサインを送るのはこの世界でも同じなのですね。でも知っていますか、以前いた世界でも指でサインを出している人がいました。見破られる程度の稚拙なサインを出すぐらいなら口を開けばよろしいのに、指先の動きをごまかす程度のことしかできない程度の幻影をかけてみたら面白いですよ。小さな動きで伝えようとするから気付かないほど小さな魔法に付け込まれてしまうんです。つまり何が言いたいかと言えば、ご帰宅はあちらです、と。私も帰るとしましょうか。仕事です仕事。私の仕事とはなんでしたっけ。まあ、仕事は仕事ですね。あぁそうだ」
ソステヌートさんはそこで言葉を区切り今までにないぐらい口を大きく開き笑う。口から顔をのぞかせた歯はボロボロで、黒く染まっていた。
「すばらしいでしょう?」
「あぁ、これ以上ないくらい素晴らしい」
引きつりそうな顔に無理やり笑顔を浮かべ、そう答える。
「えぇ、すばらしい。素晴らしくてはならないのだから。すばらシイ、スバラシイ。あはは、ウフフ。あ、では皆様。私はこれで失礼いたします」
顔を上に向け揺らしながら狂ったように笑ったソステヌートさんは唐突に正気に戻ると最初の上品な笑みを浮かべ、静かに頭を下げる。そのまま黒い霧に包まれたと思えばそこには何もいなくなっていた。
ソステヌートさんがいた痕跡は、壁につけられた深い傷のみ。
「『聖剣』」
僕は今、使うことのできる一番攻撃の強い技を、壁の傷のすぐ傍へぶつけた。
「どうしたの勇樹‼」
驚いた有栖がこちらへ駆け寄ってくるのに目もむけず、自分の壁につけた傷を見つめる。
「こっちが勇樹君のつけた傷だよね」
傷を撫でながらつぶやいたのは梨沙。梨沙が撫でた傷は多少へこんでいると言えるだろう浅い傷。
「すぐに地上に戻ろう、彼女は危険すぎる」
剛太と2人で倒れた男を2人ずつ担ぎ、帰り道を目指す。
帰還した勇者御一行とソステヌートと戦った探索者によって謎の女性、ソステヌートが現れたこと。その彼女が話した内容。そして彼女の能力が日本最強である勇者御一行すらも凌ぐものであると思われることが伝えられた。
しかしその情報が公開されることは無く。
『1人でダンジョン内にいるものには特に近寄るなどしないように』
ダンジョン入り口の注意書きに一言、追加されただけであった。
 




