声の正体
気がつくと真っ暗な部屋にいた。
前方には窓があり、そこから外の様子が伺えた。
どうやら外は雨が降っているらしい。
身動きをとろうとしても上手く動けない。
見ると、手足をロープで縛られていた。
里紗は叫んだ。
が、しかし猿ぐつわをはめられており上手く声が出なかった。
「目が覚めたかい?」
近くで誰かの声がした。
聞き覚えのある人物の声。男性だ。
でも何かその人物とは違う。
里紗は恐怖を感じ、震えた。
「怖がらなくていい。
君は本当に綺麗だ
君にぴったりのドレスを用意したんだよ」
その男はそう続けた。
里紗は真赤なドレスを着せられていた。
「んー!んー!」
抵抗しようとする里紗。
男は里紗の口に付けていた猿ぐつわを外した。
「あなた誰なの!?
なんで私こんな所にいるのよ!」
里紗は男を睨む。
男は薄ら笑いを浮かべてから答えた。
「山田里紗、僕はずっと憧れていたんだ
君をずっと見てた」
背筋に冷たいものが走った。
男からはとてつもなくおぞましい何かを感じた。
「君があんなに僕に優しくしてくれるから
僕だけのものにしたいって思ってしまったじゃないか」
私が?この男に?
面識のないこの男に親切にした覚えなどない。
里紗は記憶を巡らせた。
そのとき、里紗は昨日の出来事を全て思い出した。
「この後ちょっと行く所あるからここまででいいよ!
ありがとう達也くん!」
「え、行くところ?
大丈夫?夜も暗いし送っていった方がいいんじゃ...」
「私なら大丈夫!
心配してくれてありがとう!
またね達也くん!」
心配そうな顔をしている達也に、里紗は笑顔で手を振った。
達也と別れた里紗は商店街に向かった。
商店街の脇道にある隠れ家のようなブティック。
そこにお目当てのものがあった。
アンティーク風な写真立て。
里紗はその写真立てに健介との写真を入れて送ろうと思っていた。
そう明後日は健介の誕生日だから。
その写真立ては何種類かあり、里紗は選ぶのに迷っていた。
「どれがいいかな〜」
顔を真っ赤にして恥ずかしがる健介を想像すると、可笑しくなった。
「これにしようっと!」
里紗は木の素材で出来た優しい感じのする写真立てを手に取った。
すると、横から男の人の声がした。
「いい写真立てですね
素敵ですよねそれ」
里紗は男の方を見た。
フード付きのジャンパーを着ており、フードをかぶっていたので口元しか見えなかった。
「僕もそれ素敵だと思うんですよ
大切な人に渡すんですか?」
男のその発言はまるで里紗の心の中を見ているようで、正直気味が悪かった。
「ええ...まぁ一応」
苦笑いをして取り繕う里紗。
「僕もあなたのような人にプレゼントを貰いたいです」
男は里紗のことを舐めるように見た。
「すみません、お会計するので」
里紗は逃げるようにレジへと向かった。
レジでお金を払っている最中も男からの視線を感じた。
見ると男は店内をうろつきまわっていた。
里紗のことを見つめながら。
ブティックをでた里紗は書店に入った。
本を見るわけでも買うわけでもないが、さっきの男がついてくるんじゃないかと思うと真っ直ぐ帰りたくはなかった。
適当な本を取り、読むふりをした。
しばらく経って里紗は店内を見渡した。
さっきの男はいなかった。
考えすぎか...
安心した里紗は書店を後にした。
商店街を出る頃、男のことなど忘れていた里紗は買った写真立てを眺めていた。
どんな顔するだろうな〜、喜ぶかな〜。
そんなことばかり考えていた。
ふと気づいた。
足音が増えている気がする。
電灯に照らされた里紗の影が2つに増えているような気がした。
誰かいる...!?
思い切って後ろを振り向く里紗。
そこには男が立っていた。
鈍器のようなもので殴られる里紗。
思わず地面に倒れ込む。
電灯の明かりに照らされた男の口元は笑っているように見えた。
そのまま里紗は意識を失った。
「あなた、もしかしてあの店にいた...」
里紗が恐る恐るそう言うと男は言った。
「正解
やっぱり僕のこと気にしてくれたんだ
嬉しいなぁ」
やはり聞き覚えのある声だった。
でも誰なのかが思い出せない。
すると、男は衝撃的な一言を口にした。
「今、世間が話題にしてるニュース知ってる?
連続怪奇殺人ってやつ
あれ、犯人僕なんだ
僕はね、自分に優しくしてくれた女の人を見ると、そのお返しに美しくしてあげたいと思うんだ」
この男があの殺人事件の犯人!?
里紗は恐ろしくて声が出なかった。
「びっくりしてるよね?
大丈夫、怖がらなくていいよ
君も他の人みたいに美しくしてあげるからさ」
そう言うと男はポケットからカッターナイフを取り出した。
「やめて...殺さないで...」
声を絞り出すようにうったえる里紗。
「あ、そうそう
これは誰かにあげるものだったんだろう?」
男が手に持っていたのは、里紗が健介のために買った写真立てだった。
「それはやめて!
返して!」
「そんなに大切かい?
これあいつに渡すんだろ?」
え?あいつってまさか...
「知らないふりしたって無駄だよ
これ、中野健介に渡すんだろ?」
何故この男が健介のことを知ってる!?
里紗は頭の中がパニックになった。
だんだんと近づいてくる男。
里紗は残っている力を振り絞り、逃げようとする。
しかし、硬く縛られた縄はそう簡単には解けなかった。
「大丈夫、このプレゼントは僕が絶対に
中野健介にあげておくからね」
男はそう言うと、里紗の首元にカッターナイフを当てた。
助けて健介...
里紗は絶望の中で健介に助けを求めた。
「憧れの君を僕のものにできるなんて嬉しいな
世界で最も美しい殺し方にしてあげるからね」
カッターナイフのひんやりとした感触を強く感じた。
会いたかった。最後に健介に。
ごめんね、健介。
里紗は目を閉じた。
あぁ、なんてことだ。
今更になって気づいてしまった。
聞き覚えのある声の正体を。
あいつだったのか。