行方
外はまるで音がなくなったかのように静かだ。
真っ暗でジメジメとした部屋に、微かな月明かりが差し込む。
部屋の真ん中にぽつんと一つ椅子が置いてあり、誰かが座っている。
よく見てみるとそれは里紗だった。
「健介くん...たすけて...」
苦しそうにうったえる里紗。
里紗の横には1人の男が立っていた。
顔は暗くてよく見えない。
里紗の元へと行きたくても身体が動かない。
そのときだった。
その男はポケットからカッターナイフを取り出し里紗の首元に当てた。
健介は大声で叫んだ。
が、しかし、声は出なかった。
男は薄ら笑いを浮かべると、首元に当てたカッターナイフを一気に引いた。
まるで噴水のように噴き出す鮮血。
里紗の顔がみるみると真赤に染まっていった。
身体は痙攣を起こしている。
目はうつろになり、口をぱくぱくとさせている。
まるで死んだ魚のようだった。
絶望の中、微かな月明かりに照らされて男の顔が見えた。
その男とは……
ジリリリリリリリッ
目覚し時計のアラームとともに健介は飛び起きた。
全身から汗が噴き出し、心臓の音がうるさく聞こえた。
「はぁ、はぁ」
時計を見ると7時30分。
どうやら朝になったようだ。
「夢かぁ...」
健介は額にかいた汗を拭い、スマホを手にとった。
゛新着メッセージはありません゛
里紗からの連絡はなかった。
健介はベットから起きると、リビングへと向かった。
リビングでは、母がまだ朝食を準備している途中だった。
健介はダイニングにつくと、一息ついた。
(変な夢を見たな...なんだったんだよ...)
健介は用意されてあったコーヒーに手をつけた。
そのとき、またあのニュースが健介の耳に入ってきた。
「速報です。
怪奇殺人事件、6人目の被害の遺体が発見されました。遺体には前回同様、首元にカッターナイフのような傷が見られ...」
まさか!?里紗!?
健介はテレビの前に駆け寄って、画面を見た。
「発見されたのは多嘉島大学2年生の佐々木夏帆さん(20)で、警察は...」
どうやら里紗ではなかったようだ。
「考えすぎか...」
健介は一息ついて、ダイニングへと戻った。
「あんたどうしたのよ?
いきなりテレビの前にいっちゃって」
母は食卓に焼けたトーストに用意して心配そうにいった。
健介は何でもないと、笑った。
いくらなんでも考えすぎだ。まさか、里紗が事件に巻き込まれるありえない。
健介は自分にそう言い聞かせ、トーストを一口かじった。
玄関をでた健介は、いつもとは違う何かを感じた。
いつもの通学路、いつもの風景、変わらないのだが何かが違う。
健介は妙な感覚に襲われた。
そのとき、急に後ろから肩を叩かれた。
「おはよう!健介」
そこにはいつもの変わらぬ笑顔の達也が立っていた。
「お、達也。おはよう」
「どうした?なんか顔色悪いぞ?」
達也は心配そうに健介を見た。
「そうか?そんなことねぇよ」
「なら、いいんだけどっ」
達也はニカッと笑った。
そういえば昨日里紗と別れたあと、達也が一緒にいたはずだ。
達也ならなにか知ってるかもしれない。
健介は達也に聞いた。
「達也、昨日里紗を家に届けたのは何時だ?」
すると達也は思い出したかのように言った。
「あ、そうそう!里紗ちゃん途中でよる行く所あるからって商店街の方に行ったんだよ
なんか買い物するって言ってたっけな」
里紗が単独で行動していた??
やっぱり何かに巻き込まれたんじゃ...
「どうかしたのか?」
達也は焦った表情の健介に聞いた。
「いや、昨日の夜から里紗と連絡が取れないんだ」
「本当か?そう言えば、今日朝来る時も里紗ちゃん見なかったな...」
里紗はどこで何をしているんだ?
最悪の場合...
いや、そんなことはないはず...
下を向いて黙り込む健介。
「とにかく、学校に行ってみようぜ
もしかしたら先に来てるかもしんないしさ」
達也は健介の肩を持って言った。
学校に着いて、教室のドアを開ける。
里紗の席を見ると、誰も座っていなかった。
「学校にもいないのか里紗ちゃん...」
達也は重い口調で言った。
「おーい!お前ら席つけ〜」
後ろから担任の声が聞こえ、クラスがザワつき始めた。
健介と達也も自分の席に着く。
「ホームルーム始めるぞ
あ、今日は山田が欠席だ
体調不良だそうだ
他に体調の悪いやつはいるか?」
里紗が欠席?
昨日の様子から見て体調が悪いようには見えなかった。
達也の方も見ると、健介と同じように心配な表情を浮かべていた。
その日は何も頭に入らなかった。
ふざけてばっかの授業も、楽しいはずの昼休みも、何も楽しくない。
健介は里紗のことをずっと考えていた。
今日一日ずっと達也はそばにいてくれた。
「健介、今日帰りに里紗ちゃんの家に行ってみないか?
もしかしたら本当に体調不良かもしれないし...」
「そうだな
行けば何か分かるかもしれないな」
健介は達也の言葉に期待をもって、放課後に里紗の家に行くことにした。
放課後、2人は里紗の家へと向かった。
玄関の前に立つと、心臓が飛び出しそうになって、なかなかチャイムが押せなかった。
「きっと大丈夫だよ」
達也は無理やり笑顔を見せてそう言った。
少し気持ちがほぐれ、チャイムが押せた。
「はーい、山田です」
里紗の母親がエプロン姿で出てきた。
どうやら夕飯の支度をしていたようだ。
「こんにちは、中野健介です。
突然すみません。
あの里紗ちゃんいますか?」
「あら、健介くん久しぶりね!
あれ、里紗なら昨日健介くん家に泊まるって行ってたけど??」
里紗が!?
嘘だ、そんな連絡は一切来ていない。
「あの、里紗ちゃん今日学校休んでたんです...」
健介がそう言うと里紗の母親は驚いた様子だった。
「あら?おかしいわね
今朝、健介くん家から一緒に学校に行くって連絡が入ったんだけど...」
2人は黙り込んだ。
健介は何かとてつもなくでかい恐怖を感じた。
達也も同じ気持ちだと思う。
里紗の母親の表情が曇るのを見て、健介は慌てて口を開いた。
「大丈夫です、おばさん
俺らが必ず里紗ちゃんを連れてきますから」
無理やり笑顔を作ってそう言った。
必ずなんて保証はなかったが、そう言ってしまった。
「ありがとね
なんか心配だけど、あの子なら大丈夫よね
2人とも里紗のことよろしくね」
里紗の母親はそう言うも、不安そうな表情だった。
里紗の家を後にした2人は黙って歩いていた。
もう里紗のことで頭がいっぱいだった。
突然達也が重い口調で言った。
「俺のせいだ...
俺があのとき里紗ちゃんをちゃんと送っていれば...」
少しだけど、涙目になっていた。
「大丈夫だ
里紗は戻ってくるって
いや、必ず見つけて戻そうぜ」
達也は鼻をすすりながらうなづいた。
正直俺にもそんな確証はなかった。
だけど、何故かそう思わないとやってられない気持ちでいた。
健介の家の前に着き、2人は別れた。
後ろから見た達也の背中は何かを背負っているように重く感じた。
俺は明日こそ里紗に会えることを信じ、玄関を開けた。
思いもしなかった。
まさかあんな形で再会するなんて。