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異世界でも僕は僕を犠牲にする  作者: 春野並木
化け物の少女と奴隷騎士の奇跡
18/20

孤独な英雄6

 助かったそれが私の抱いた最初の感情だった。助けてもらって最初に思った事が自分の事だったのだ。大抵の人間だって同じ事を思うだろうが、それでもそういう時思ってしまう。そういった事実が、真実がひしひしと私達に知らせてくる────人間とはやはり最終的には自分の事しか考えていない悲惨な人間なんだと。


「ねぇ、ルキもう二度と! もう二度とあんな事しないで!」


 目から溢れだした安堵の涙がルキの服を濡らし、その小さな体を抱き寄せた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ルキも本当に怖かったのだろう。口を大きく開けて泣いていた。あの時何があってどうやって助かったのかは未だに分からない。あの男がなぜ助けたのかも、あの男が何なのかもすべてと言っていい程に分からない。けれども、助かったのは事実。今はこれ以上ないほど生きた心地がした。そんな事もお構い無しに鎧を着た男は重い言葉を放つ。


「お前ら、ピーピー泣かずにさっさ付いてこい!」


「え? でも、さっきの男が私たちの代わりに……」


「ふんっ。誰がお前達を解放すると言った。今からお前達は駒だ。決められた物語を作る為の大事な演者だ。しっかり働けよ?」


「そんな……」


 でも、死なないだけマシかもしれない。あの状況を脱しただけでも奇跡に等しいのだから、欲を言ってはいけない。


 そう渋々と頷き同じくあの男と同じように兵士について行く。始まるのは決まった物語なのだ。私達がどう足掻いた所で未来は変わらない。




 ________________





 僕が起きたのは真っ暗な場所だった。窓がないから陽光も届かず、閉鎖されている為風もない。


 早朝に試合が始まると言っていたが騎士の人が来る様子が無い為、きっとまだ空は青みがかっているのだろう。


 僕はきっと間違いだらけの人生を歩んでいる。取り返しのつかない時間の中で僕は失敗ばかりしている。たった一ヶ月で僕は前の僕と向き合って、考えて来て分かった。きっと僕は損ばかりしていたのだろう。幸せになってはいけないと何処かで思っていたのかもしれない。


 それは記憶が戻るまで分かり用もない事なのだけれど、少なくとも平和な日常は歩めてないことは確かだ。人間不信の寸前。そんな感じだと思う。


 真っ暗な部屋に寝転がり、天井を見上げながら僕はこんな事を考えていた時、一人目の早すぎる客人が来た。


「やぁ、少年」


 そのおどけたような声と能天気な雰囲気はどこかで見た事がある様な気がした。


 いや、実際僕の名前を(僕の名前ではないのだけれど)呼んだと言うことはそれなりに面識はあるのは確かなのだけれど。


「ぼ、僕ですか……?」


「そうだよ。君だよ君。久しぶりだね。いや、今の君からしたら初めましてかな?」


「あ、貴方は記憶を失くす前の僕と面識があるんですか?」


「まぁ、それなりにね」


 能天気な男性はニッコリと笑いながら僕との関係について濁らせつつ続ける。


「さて、忍び込んだからそんなに時間が無いんだ。手短に要件を済ませるね」


「は、はい」


 忍び込んだ。その気にかかる言葉を淡々と語る彼は本当に只者ではないんだろう。


「僕はね。怠惰な少年にちょっとしたアドバイスをしに来たんだ」


「怠惰…………」


「そうそう。怠惰」


 相変わらず能天気な男性は笑って続ける。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどね」


「はぁ……」


「本題に入るとするなら、君は怠惰な日常を過ごす。だけど君は君が望むハッピーエンドを掴むために足掻く必要があるんだ。出来ることを出来るだけ」


 何だろう。この違和感。未来を淡々と語る彼は何者なんだろう。普通なら戯れ言で終わる筈の話なのに、僕はなぜこうも聞き入っているのだろう。


「なんで────」


「ん? どうかした?」


「なんでそんな事僕に教えるんですか?」


「僕の為だよ。全ては自分の為」


 そうおどけて笑う男の目が今でも忘れられない。見下すような、この世界に絶望しているような、死んだ目を、僕は今でも忘れられない。


「希望ってのは絶望している者に初めてさすものなんだと思うんだよ。だから、諦めずに頑張ることをオススメするよ。じゃ、僕はこれで」


 咄嗟に僕は立ち去ろうとする能天気な男性を呼び止める。聞かなければならない事があった。聞きたい事があった。


「ん? 何かな?」


「僕は貴方をなんて呼んでましたか?」


「直接聞いたことはないけれど、君はきっと情報屋って言ってたと思うよ。君が欲しい情報があれば与えるし、僕はそれ分報酬を頂く情報屋。君の認識はそこまでだと思うよ」


 意味ありげな言葉を続ける情報屋はそう言うと再び奥に歩き始める。彼が何者なのかは分からない。彼が何を知っているのかも、何をしようとしてるのかも、全く分からない。だから、僕は彼が怖くて仕方ない。けれども、僕はきっと彼をもっと知らなければならないんだと思う。何となく、本当に何となくそう思う。


「じゃ、またね」


 それを捨て台詞に能天気な情報屋は闇の中に完全に消えさった。


「何だったんだろう……」


 嵐がすごい勢いで通り過ぎた様な感覚に陥った。未だに頭の整理はついていないし、どことなくフワフワした感覚。


 これから何が僕にふりかかるのだろう。彼の目には何が映っているのだろう。そればかり気になっていた。


 そんな中、間を開けずに二人目の客人が顔を出した。それは、あの姉弟だった。


「昨日はありがとうございます!」


 以前のスラム街で出会った時とは打って変わって明るいお礼を姉が口にする。


「うんん、全然大丈夫だよ」


 僕が遠慮紛れにそう言うと、姉のリリーが何か言いづらい事があるように言葉を溜めて吐き出すようにと口にする。


「あ、あの! 私達は貴方に言わなければならない事が出来ました!」


 その大きな口調に少し驚きはしたものの平然を装い、続きを引き出そうとした。


「ど、どうしたの?」


「えっと、私達は貴方が試合に負けた時の代償になってしまったんです! また貴方にご迷惑をかける形となり本当にごめんなさい!」


「え? どういう事?」


 代償がどういう事か全く理解が出来ないでいた。しかし、いい情報出ない事は理解出来た。


「す、すみません。 焦って短縮し過ぎてしまいました。 つまり、私達は貴方が試合に負ければ殺されるという事です」


 やっと、理解出来た。全てを理解した。実に汚い手を使ってくる。ただ、少しだけ引っかかる事があった。それは情報屋の言う怠惰な日常を過ごすと言ったけれど寧ろ、これなら逆にこれまで以上に僕は勤勉になれると思ったのだ。


「なるほどね。大丈夫だよ。僕は絶対に負けないから!」


「で、でも、本当に危険になったら棄権して下さっても構いません! もう既にない様な命です」


「うんん、絶対に棄権なんてしないよ。約束するよ」


 その言葉を聞くと彼女は一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたが僕はそれに気がつくことが出来なかった。


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 約束です!」


「うん、約束」


 この後、本当の約束の重さを知る。裏切れない約束の重さ。それはまるで鎖のようで、柵のようで、影のようにまとわりつく約束の重さを知る。


「ありがとうございます! 私達はこれで失礼しますね!」


「うん、またね」


「はい!」


 一言も声を発しなかったルキの苦い顔にも僕は気づけない。気付かない。


 不敵に笑うリリーと苦い顔のルキが間違ったとは言えない。どちらも正しくは無いかもしれないが間違っていない。全てが決まった物語なのだ。不幸中の幸いを演じるにはこれが一番いいのだから。




 ________________




 とある王室。情報屋と姉弟が黒田将太に会いに行く前。例の姉弟は頑固な王の前でひれ伏していた。


「やぁ、姉弟。昨日は命拾いしたな」


「は、はい」


 姉の声や体は小刻みに揺れ恐怖を感じているのは一目瞭然だった。それを知ってか、王は口調を強くする。


「それでだ。案内役の騎士に聞いたと思うがこれは決まった物語なのだ。お前はその演者。そして、お前の演者としての役目は人質だ」


「ど、どういうことでしょうか」


 人質と聞いて、いい気などするはずもない。一度生き延びてしまったのだ。まだ生きていたいと願ってしまっている自分がいるのだ。怖くて、怖くて、怖くて仕方なかった。これまで以上に体がゆうことを聞かず、大きく揺れ、汗がじわじわと貧相な服を濡らした。


「簡単だ。黒田将太が負ければお前らが死ぬのだ」


 死を目の前で感じた気がした。昨日の男のひ弱な体であの大きな怪物を倒せる筈がない。私は舌を噛んでいたらしく口からは赤い血の味がする。


「だが、これだけではないのだ。あやつが勝てば違う奴が死ぬ。あやつは絶望するだろうな! 王に牙を向いたことを悔いるだろうな! もしかしたら戦わずお前達は見捨てられるかもしれない! どうだ? 面白そうだろう」


 人をここまで憎んだのは初めてだった。この国の王はどこまで腐っているのだろうか。だが、私がこの生まれてから何度理不尽な目にあったか。その度に学んだ。世渡りと言う奴を、どんなに憎くても、いい顔をしろ。相手の望む顔をしろ。


「そ、そうですね……」


 私は王が望んでいるであろう恐怖に顔を濡らし、ニヤリと強ばった笑みを浮かべて王を見る。すると、王は私の笑みを見て大層楽しそうに笑った。簡単な生き物だ。人間というものは、簡単に騙され、簡単に裏切り、簡単に見捨てる。こんな人間どもに反吐が出た。


「ほれ、黒田将太に何か言っておかなくて大丈夫か? 牢屋の警備を今から少しだけ薄くしてある。やるべき事はやっておくべきだと思うがな」


 そう言って王は大きく口を開けて笑う。シワだらけの顔を伸ばして笑っていた。


「そ、その助言ありがたき頂戴致します」


 私達は絶望を胸に、王は自信を胸に、自己犠牲の男女は決意を胸に、再び物語が動き出す。


 人間を益々嫌いになり、待ちわびた物を目の前にし、大好きだった平穏を壊し、老若男女は再び物語を始める。


 王は皮肉に塗れた顔で言葉を続ける。


「さぁ、我のものになれ、神の義眼」




 ________________




 リリーとルキが去ってから間も無くして騎士が顔を出した。


「おい、立て。時間だ」


 分かっていたことだ。決意も出来ていた。姉弟と話してその決意はより一層硬いものとなった。降参する理由はない。


 僕はゆっくり腰を上げると、ひんやりと冷たい床を歩き始めた。外は猛暑のように暑くひんやりしたこの地面が心地よく感じた程だ。

 階段を上り鉄扉を超えるとほのかに明るさを取り戻し、目の前に黒以外の色が僕の視界に一斉に流れ込んでくる。そのあまりの眩しさに手で目を覆い隠した。


 それでも騎士は足を止めずどんどん奥へ進んでいく。近づくにつれ人々の歓声が大きくなるのを感じる。それが頂点に達した時、僕は既にコロッセウムの壇上に立とうとしていた。四角で綺麗に象られた通路をこのまま数歩進めば本当の太陽の日が当たる。


『只今より延長戦を行います。挑戦者は反逆者の少年、黒田将太。対するはグリムガルでございます』


 まとわりつく様な歓声が僕一点に注がれる。僕は暑い太陽に向け歩を進めた。


『うぉぉぉぉおおぉぉぉおおお!!』


 奥の僕の通ってきた通路より一回り大きな通路からは焦げ茶色の体躯はその頑丈さを示す様に陽光をそのまま天へと返す、グリムガルの姿があった。


 早速始まるかと思われた。その試合に口を挟む人間が現れた。


「黒田将太。選べ。最悪の選択肢を。貴様が助けようとした二人の為に貴様は何人殺す?」


 抑揚よく、楽しそうに僕だけに聞こえるように告げる王は咳払いを一つ入れると再び話し始めた。


「貴様が負ければ勿論、あの姉弟は死ぬ。だが、勝っても昨日の一般参加者のあまりの五人の大切な人が一人づつ死んでいく。どうする反逆者よ」


 何を言ってるか分からなかった。酔ったように頭がクラクラ揺れる。どうすればいい。何をすればいい。


 僕の混乱を後押しするかのように勝った際の一人目の代償が現れる。代償は小さな、小さな、六歳程度の男の子だった。


「やだ! やだ!お母さん死にたくない!」


 小さな体を震わせて、大粒の涙を目にいっぱい溜め込んで近くに寄り添う母に助けを求める姿を見て硬かった決意が揺らぎ出す。


「お願いします! お願いします! 降参してください! その恩は必ずしも! 遅くなるかもしれませんが必ず返します! お願いします!」


 その母親は目に涙を溜め込み、叫ぶ様に、訴えかけるように僕に大声をはりあげる。


 どうすればいいと言うんだ。僕は何をすればいいんだ。全員助かる方法が見当たらない。小さな体を震わせる少年を見て、寄り添う母親を見て、裏で祈る姉弟を見て、僕の思考は完全に停止した。


 どうやれば助けられる。ハッピーエンドはここにあるのか。どこで間違った。王に逆らったからか。それよりもっと前なのか。


「どうすればいいだよ……」


 手足が震えだした。怖いのだ。未来が、これから起こる物語が、怖くて怖くて仕方ないのだ。


「絶望しろ反逆者」


 頑固な王は誰にも聞こえない声で小さく唱えた。


 不安定な状態で、まだ整理の欠片もついていない状態で、物語の終わりの始まりを告げる音が大きく羽ばたいた。


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