謎の異世界召喚
「なぁ、聞いたか? ここにも出るってよ」
「あぁ、あの有名な『悪魔殺し』だろ? 名前は確か」
──死神──
そんな噂が広まるのは、まだ先のことだった。
・・・・・
いつからだろう。こんなにも退屈だと思ったのは。
少年は教室から見える窓の外を頬杖をつきながら眺める。いつもと変わらぬ時間に学校へ行き、クソ真面目に授業を受けて、暇のあるやつは部活なるものを行う。
「こんな毎日……。何が楽しいんだ……」
一時限目が終了した後、少年は荷物をまとめて家を目指す。
「あ、あの……天海くん。今日も帰っちゃうの?」
学級委員長の倉麻一世が扉を開ける少年、天海凜音を止める。女っぽい名だがれっきとした男の子である。リンネは振り返り倉麻を見る。
「ん? 委員長か、そうだよ。そんじゃ」
そう短く返して再び家を目指す。倉麻はあっ、と小さく呟いたものの、行動に移すことが出来なかったためリンネを見送る形になる。
さーて、今日は何をしようか。
・・・・・
いつもとはかなり早めに帰るリンネ。後ろ髪を引っ張られることもなく、当たり前のように同じスピードで目的地へと向かう。時間帯が違うからだろうか。
「キャッ!」
角から飛び出してきた小学生ぐらいの女の子が石に躓きコケてしまった。その拍子に持っていたバックから何冊かの本が散らばってしまう。
「イテテ……。あっ、またやっちゃった!」
散らばってしまった本を慌てて片付け始める女の子の様子を見て、リンネはその場に自分の荷物を置いて手伝い始める。
「おおー! お兄ちゃんありがとう!」
「……いいよ、暇だし。次は足元に気を付けてね」
拾い集めた本を女の子に渡す。嬉しそうな表情を受けられたリンネは満更でもないように微笑む。バックに本を入れ直した女の子はそうだ! と思い出したようにポケットから何かを取り出し、それを渡す。
「お兄ちゃんこれお礼! 大事にしてね! バイバーイ!」
そう言い残し、どこかへ去っていった。渡されたものを再確認するとそれは。
「……? 何だこれ。ビー玉?」
小さくて、半透明な丸い球。どう見てもラムネ瓶によく入っているタイプのアレである。
「どうしよう。……でも、懐かしいな。昔はこうやって空を見てたっけ」
二本の指で球を空に向ける。そしてそれを通して見ようとする。悲劇は起こってしまった。
「なっ!? まぶっ!!?」
明らかに太陽とは違う謎の光。周りに誰もいないいつもの帰宅路。この時間帯は誰も使わないため、リンネだけ。強力な光によって目を瞑ってしまったリンネの体は、包まれてしまった。
・・・・・
強い光は自然に消え、不思議にも持っていたあの丸い球も無くなっていた。
「……何だったんだ、あれ。それにしても……」
周りを見る。そこは先程までいた帰宅路ではない。
歴史を感じさせるレンガの家々が並ぶ、中世ヨーロッパのような街並み。そう、これはあれだ。漫画やアニメ、ラノベでは定番中の定番。王道中の王道。
「異世界召喚に巻きこまれました」
「いや知らねーよ」
道行く工事作業服のおじさんに伝えてみたが、何言ってんだこいつみたいな顔をされただけだった。
数分道行く人々を観察していたが、ここは間違いなく異世界だった。紫色のローブに三角帽子、魔法使いがいかにも持っていそうな木の杖を持っている人。重そうな鉄の鎧で身を包み、大剣を背負った戦士風の人など。
日本にはコスプレ以外では有り得ない服装だ。いや、ここは異世界ではなくコミケ会場という可能性だって……。
「お前ら! 俺らから離れやがれ、怪我したくなかったらな!」
どこからか聞こえてくる男の叫び声。見てみれば三人の男が女を人質に金を奪ったようだ。手にはナイフとピストルを持っていた。
あぁ、良かった。持っているものを見ている限り、日本にもいる銀行強盗。やっぱりここはコミケ会場的な場所で……。
その仮説はすぐに消える。
「『ウインド』ッ!」
その様子を見ていた一人の少女が大声で叫ぶと同時に、三人の男が吹き飛ぶ。その隙に捕まっていた女が逃げるようにその場を離れる。その光景はリンネにとって、かなり非日常であり、有り得ることのない存在。
「ま、魔法!?」
驚きの声を上げるリンネを少女は鋭い目で見る。