少女、王城を見上げる
震えるような寒さが過ぎ去ることは無く、森の中だろうが街の中だろうが変わることはない。おまけに、雪もふらふらと舞い降りて来た。
その所為もあってか、街を歩く人影は減り、昨晩のような閑散とした様相へと変化していた。
「うー、寒い……」
こつり、こつり、と歩く度に石畳が音を響かせている。あまり人気のない細い路地に入ると、ルハは小声でフォクへと話しかけた。
「フォク、どうする?」
『どうする、とは?』
「シキノトウにはあれ以上近づくのは難しいだろうし、何処に行ったらいいか……」
『そうだな。……闇雲に歩き回っても、体力を消費するのみだろう。ここは一つ、観光気分で王城でも見物するか?』
「そっか、シキ国は王政なんだっけ。そうだね、そうしようか」
『王城は国の北の方角に建つ。行こうか』
細い路地から大通りに出ると、建物の合間から覗く王城を目指して、ルハとフォクは足を進めた。
「凄いな……いままで数々の城を見てきたけれど、有数の美しさだ」
『くぉーん』
王城の目の前。凍りついた噴水を中心とした円形広場から、ルハとフォクは王城を見上げていた。
王城は美しく、荘厳な雰囲気を醸し出していた。とは言っても、例外でなく屋根から何から何まで雪を被ってはいたが。
ルハ達の立つ広場には長椅子があったり木々が植えられていたりと、民衆の憩いの広場だったろうことを感じさせていた。人っ子一人居ないが、本来ならば人々が集まって談笑したり、子ども達が元気に駆けずり回っているのであろう。
王城の入り口では視界に入ったのだろう、旅人を門兵がこちらを見ていた。視線が合うと、ルハは軽くお辞儀をして、視線をまた城へと戻した。
「壁は漆喰か……? いや違うな。キセツによって気候がだいぶ変化すると聞くから、独自の塗装がなされているのだろうか……」
『かん!』
「ん、どうしたのフォク」
フォクの鳴き声に意識を引き戻されると、時分が時分であるが故に注意を引いたのだろうか。二人居た門兵の内、一人がルハに近づくのが目に入る。
門兵はシキノトウの辺りにいた警備しているだろう男達と同じく、大振りの槍を片手に防寒着を着込んでいた。それに加え、近寄ってきた男は深く帽子を被っており、陰って目元が見えなかった。ルハは、自ら先に挨拶をする。
「こんにちは」
「……こんにちは」
先んじて挨拶をされたことが予想外だったのか、ルハの声から少し間が空いた後に低くくぐもった声が返ってきた。
「旅をしていらっしゃるのですか?」
「はい、そうです。今までも様々な国を渡り歩いてきていて……シキ国では、サクラを見たいなぁと思い、ふらりと」
「そうですか、それは残念でしたね」
長時間外で見張りをしていたのだろう、はにかんだ門兵の唇は少し青みを帯びていた。寒そうだし大変そうだなあ、とルハが思っていた頃。
ばさばさばさ、と聞きなれない音が響く。
「? ……白い、鳥ですか?」
広場、ルハ達の頭上を小ぶりな一羽の白い鳥が飛んで行ったのだった。そしてその鳥は、門前に立っているもう一人の門兵の元へと舞い降り、止まる。フォクは目をらんらんと輝かせてその姿を目で追っていた。
その傍ら、おお、と感嘆の声を上げて見ているルハに、門兵は説明をしてくれた。
「伝書鳩です」
「デンショバト?」
「鳩、というのは鳥の一種です。その足首に紙を括り付けて、特定の相手に送るという、遠隔での意思伝達手段ですよ」
「ほう……ハトというのは賢いのですね」
たしかに、門前の門兵は何か小さな紙片を手に取っているようだった。数秒後、弾かれるように紙片を見つめて居た目をこちらに向ける。向けられる。
「おい、サス! そこの女を捕まえろ!! 何やらシキノトウの周辺を彷徨いていたらしい!」
「え゛!」
「なんだって?!」
飛んできた大声。その内容にルハは思わず変な声が出てしまった。
間違ってはいない。が、その言葉の響きだと、何やら疚しい事があっての行動であるかようにしか聞こえない。
サス、と呼ばれたのはルハと喋っていた門兵で間違いないだろう。恐る恐るルハがそちらを見遣る。そこには、談笑していた先程までとは一転して、感情の薄い、顔に貼り付けられた笑みがあった。
「――君。悪いけれど、少し事情を聞かせてもらいましょうか」
「い、いや、ただシキノトウをただ一目見ようと近づいただけで……!」
半歩、じりっと足を後ろに運ぶと、サスががっしりとルハの腕を掴んだ。男と女、力の差は歴然としており、退路は断たれた。苦笑いを口に浮かべることしかできない。
「サス、逃すなよ!!」
「わかってる! ……逃げないでくださいね。逃げても良いけれど、君の立場が悪くなるだけですから」
「……はい」
どうしようもなくルハは頷くと、そのまま、手を拘束されて門兵に王城の方へと連れられていく。
歩かされながら少し溜息をついて、ふと振り返ったルハの視界には、相棒の姿はどこにも見当たらなかった。