少年、目が醒める
ぼんやりとした視界に、何かが映った。
暖かい。
ぱちぱちと弾ける音。
様々な感覚を認識し始めて、急激に意識が覚醒した。半身を起こし、周囲を見渡す。暖炉に火が焚かれ、天井は梁が剥き出しになっている。部屋には誰もいないようで、自身以外の人の気配はしなかった。
「う……」
小さく呻くような、幼い声が出る。寝台から降りて立ち上がると、未だにくらくらとしているような、酩酊感に襲われる。思わず、ずさりと床に座り込んだ。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
ゆっくりと呼吸を繰り返していると、容体がだいぶ落ち着いてくる。
「はぁ……はぁ……」
立ち上がろうとしたところで、部屋のドアがキィィイと開いた。驚いた顔を引っ提げた、恰幅の良い伯母さんが立っていた。
「あぁ!! 目が覚めたのね!!」
そう言うと、伯母さんは嬉しそうに顔を綻ばせたのだった。
誰かもわからない、人の良さそうな伯母さんに促され、共に階下に降りると食事を用意してくれた。
椅子に腰掛けると床から足が離れ、ぶらぶらと手持ち無沙汰な感覚がした。美味しそうな野菜とお肉、カップから湯気の立つミルク。
いい匂いがすると、急激にお腹が空いていることを体が主張し始めた。
「お腹減ってるでしょう? どうぞ、食べて」
「はい。ありがとう、ございます」
いただきます、と言ってその小さな両手を合わせるとカップに手を伸ばし、ホットミルクを口に含んだ。暖かく、優しい味が口の中に広がる。心まで暖かくなったような、そんな気がするほどだった。
「いいのよ。あなた、名前は?」
「名前……。俺の名前は、シオン、です」
眠り続けていた少年――シオンは、そういうと野菜を口に入れる。体が栄養を欲しているようで、その後も次々と肉や他の野菜を食べる。
「そう、シオン君ね。あなたは、雪の中で倒れていたんですって。何か、覚えていることはあるかしら……?」
「……」
ごくり、と口に入っていた食べ物を飲み込むと、すこしシオンは考え込んでから口を開く。
「あまり、覚えていないです……」
「そう。今は居ないけれど、この宿に泊まっている女の子があなたを助けてくれたのよ。後でお礼を言うと良いわぁ」
「はい」
そう話している間に、出された食事の粗方をシオンは胃に収めてしまっていた。
「あらあら、よっぽどお腹が減っていたのねぇ。お代わり、いるかしら」
「少しだけ、ください」
「ええ、持ってくるわ。雪の中で倒れていて、長く眠っていたんだもの。栄養を取り込まなきゃ、ね」
柔らかな笑みを浮かべてから、伯母さんはお皿を持って野菜や肉を取りにへと立ち上がる。
伯母さんを見送ると、シオンはじっくりと部屋の中を見渡した。
机、椅子は共に質素な木造りで、使い込まれているのか角が丸くなっている。暖炉ではぱちぱちと音を立て、火が揺らめいていた。
ここでも人の気配は感じれず、宿と言っていたが繁盛はしていないらしい。やはり、天候不順ならぬ季節不順の影響は大きいようだった。
そんなことを見渡しながら考えていると、伯母さんがお皿を手に戻ってきた。
「はい、お待ちどうさま」
「ありがとう、ございます」
おずおずと小さく頭を下げてから、シオンはお代わりをぱくぱくと口に放り込んだ。
その様子を、微笑ましそうに伯母さんはじっと見つめている。
ぺろりとこれまた全てを平らげると、シオンは温くなったホットミルクをゴクリと飲み干す。
両の手をを合わせて、ごちそうさまでした、と呟いた。
「お腹、いっぱいになった?」
伯母さんの言葉に、こくりと頷いた。
食事をとったからかどうかは分からないが、シオンの重かった身体も今では幾分か軽くなり、気分の悪さもなくなってきていた。
「そう、よかったわぁ。とりあえず、シオン君のお母さんとお父さんを探さないとね。見つかるまでは、ここに居ていいから」
「はい」
柔らかな口元に弧を描いて、シオンは返事をした。床に着かず心許ない足をぶらぶらとさせながら、優しい宿屋の主人に感謝した。