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少女、行き倒れを拾う


 分厚い、宿の扉を押し開ける音で、フォクはぱちりと目を開けた。

 獣、(キツネ)という種族であるフォクは、とりわけ聴覚に優れている。フォクは起き上がり、小さく伸びをすると、部屋の扉をあけて階下へと急いだ。


 嫌な匂いがしたからだ。


 玄関(エントランス)に伯母さんは居らず、散歩から帰ってきたルハ一人であった。その背には、一人の子ども。


「フォク」

『何を拾ってきたんだ、ルハ』

「ええと……子ども、かな」

『……』


 何をどうしたら、そのような子どもを拾ってくるという行動に至るのだろうかとフォクは溜息をついて顔を(しか)めた。呆れたフォクに、急いでルハは反論をする。


「いや、雪の中で倒れていたんだ! それに、この子――」

「あらあら、どうしたのルハちゃん!」


 階段の上から驚きの声を上げたのは、伯母(おば)さんであった。ルハの背負っている子どもを見ると、急いで階段を降りて駆け寄ってきた。


「この子が、降り積もった雪の中で倒れていて……」

「ええっ!? ああ、体が冷え切っているわ! ルハちゃん、急いで暖炉のところまで!」


 こっちよ、と言った伯母さんの言葉にルハは頷く。伯母さんの後ろにつき、急いで部屋まで子どもを運びはじめた。






























「あとは私が見ておくから、疲れただろうし今日はもうお休み」


 そう言った伯母さんに拾った子を託し、ルハとフォクは自分たちの部屋に戻る。

 その間も、暖炉の近くで毛布でぐるぐる巻きにされた子どもは目を覚ますことなく、眠り続けていたのだった。


「大丈夫だろうか、あの子」

『さあ。どうだろうね』


 フォクは、未だにルハが行き倒れの子どもを拾ってきたことをよく思ってないらしい、少々不機嫌であった。ベッドに腰掛けているルハに近寄りもしないのだ。


 (ユキ)が降り続ける中、散歩をしていたルハ。視界が白っぽく、所々に降り積もった雪などが新鮮であった。その中でふと見つけたのがその子どもであった。

 真っ白の雪の中で倒れる、栗毛髪の少年。

 そのままにはしておけず、ルハは背負って宿まで連れてきたのであった。


「でも、フォクも判っているだろう。彼が呪われてる・・・・・って」

『勿論だ。嫌な匂いがしていたからな』


 魔術と呼ばるものが存在する中、一部では呪術(じゅじゅつ)と呼ばれるものも存在している。

 魔術とは、人が先天的にもつ魔力を起点とし、陣を使用したり、言葉を紡ぐ事で様々な事象を引き起こすことができる。

 しかし、人の魔術の素質――つまり、魔力を持つかどうかは天賦のものである。よって限られた人々にしか使うことができない。


 魔術が使えない。だが、どうしても魔術じみたものを扱いたい。

 そのような人々が手に出すのが、呪術である。


 呪術は“代償”を支払うことで誰にでも使うことができる。それこそ、非人道的な用途であっても、その行為に見合った“代償”さえ支払えばなんら問題はないのである。

 その“代償”というのは人の寿命や、命であったりと様々。また、呪術を解呪された場合、さらなる災難が使用者に降りかかるという形態をとっているので、世の人々からは忌避(きひ)され、呪術を禁止する国さえある程である。


 そんな呪術について、ルハは視覚的に、フォクは嗅覚的に感知することができるのだった。彼らの目は鼻は、呪術を使ったり、受けたりした者に特有の反応を示すのだった。


『なかなか強固な(しゅ)を掛けられていた。私は、あれにもう近寄りたくはない……』


 ルハにはわからないが、フォクにとっては相当嫌な匂いだったらしい。思い出したのだろう、嫌そうな顔をした。

 確かに、黒に似た紫色をした呪術特有の呪印文字(じゅいんもじ)が、少年の首回りに何重にも描かれていた。ルハの目には、そう見えていた。


「何だか放っておけなかったんだ。あのまま見過ごす訳にはいかないだろうし」

『それもそうかね。まぁ、呪術に受けた者がいるということは、呪術を使った者がいるという事だ。しかも、このシキ国は魔術や呪術には疎い国だ』

「つまり、私達ぐらいしか彼を解呪することはできない、ということ……」

『そうだ』


 暖炉の前で、フォクが丸くなった。ぱちぱちと薪が跳ね、火が揺れている。


「ならば、術者は何故(なぜ)、どうやって呪術を使うことが出来たんだろうか……」

『……さあな。しかし、おかしい事は他にもある』

「それは、何が?」

『以前教えた、シキ国について四つの季節(キセツ)がある一定期間で順に巡っていることは覚えているかい?』

「えっと……暖かく麗らかな(ハル)、その次は陽射しが強く暑い(ナツ)、順に作物が実り涼しい(アキ)、寒さが厳しい(フユ)、だったっけ」

『そうだ。私の見立てでは今の時期は春――丁度、(サクラ)という花が美しい頃合いの筈だ。しかし、何故だか未だに冬が続いているようだ』

「それはおかしいな。前にフォクが言っていたじゃない、それぞれ決まった日に“宣言”が出されて季節が変わるんだって」

『何かしら、“宣言”が出せない理由があるということだろう』


 その言葉を最後に、一人と一匹は沈黙した。考え込むような素振りをするルハに、フォクは問いかける。


『どうする? 私としては、明日にでもこの国を出て、他国へと足を進めても良いぞ』

「……それは、そうだけど。あの男の子も気になるし、桜を見てみたいんだ。フォク、手伝ってくれる?」

『ルハが望むならば、手を貸そう』

「フォク、ありがとう」


 そこで、ふわぁとフォクが大口を開けた。釣られてルハも大きく欠伸(あくび)をこぼす。


『今日はもう寝ることとしようか』

「そうだね。眠たくなってきた」


 ルハはすっと立つと、燭台(しょくだい)の火を吹いて消す。暗くなった部屋を、暖炉の火だけが部屋を照らしていた。

 そして寝台(ベッド)に座り、ルハは履いていた長靴(ブーツ)の紐を(ほど)いて脱いだのだった。寝台は少し硬く、寝心地が良さそうであった。


「じゃあ、フォク、おやすみ」

『ああ、おやすみ。ルハ』


 そのまま、暖炉の前でフォクは瞳を閉じた。

 その様子を見届けると、ルハは毛布と寝台の間に身体を滑り込ませる。そのまま、ゆっくり目を閉じて眠りについたのだった。


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