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二人、相見える

 玄関エントランスで話し込むのも体が冷えるだろう、との伯母さんの提案で場所を食堂に移した四人。ひとつ、大きめの食卓テーブルを囲んで座る。


「あっ、そうね! 少し待って頂戴。温かい飲み物を持ってくるわね」

「えっすみません、あ、有難うございます……!!」


 ルハの冷えた身体を気遣った伯母さんは、一度椅子に座るも一人ひとり食卓テーブルを離れて奥の台所キッチンと消えていく。

 ぱち、ぱちぱち、と暖炉の薪が跳ねる音。それがやけにしっかりと聞こえるのは、足を組んでへの字口をしているサグジ、静かに足をぷらぷらさせる少年がルハの両隣でぴりりとした緊張感を持ちつつ静かにしているからである。

 気まずいことこの上ない。

 どうしようか、どちらに話しかけるべきかな。と、少し迷った後、ルハが話しかけたのは。


「えっと……君は」

「……シオンです、おねえちゃん」


 左隣に座る、少年――シオンだった。ルハの伺うような視線を察知して、自ら名乗るとは行儀が良いというか何というか、よくできた子である。


「シオン君か。私はルハ。あちこちを旅している中でシキ国に来たんだ」

「すごい! ルハおねえちゃんは、旅をしているんですね……」

「まあ、色々あってね。……シオン君はもう、身体が痛いとか、嫌な感じがするとかはない?」


 大きな目をぱちくりとさせてから、シオンはこくり、と頷きを返す。


「うん。平気へいきだよ、ダイジョウブ」

「そっか。何かおかしいな、って思うところとはもない?」

「ないよ。おねえちゃんが助けてくれたおかげ――」

「もう、シオン君!」


 そこで遮るように響く、伯母さんの声。お盆に人数分のコップを載せたまま歩み寄ると、心配そうな顔つきでシオンを見遣る。


「……記憶がなくなってしまってるの、忘れちゃったのかしら?」


 その言葉に、ルハの目は見開かれ、サグジの耳がピクリと動く。ルハの目に映るのは、シオンの首を飾る、黒くうごめいているように躍動する呪印じゅいん文字もじ

 呪い、とは様々な形で発現する。それは呪いを行使した者の思惑に依るところが多く、美しさを呪えば急激な老いを引き起こし、愛らしい声音を呪えば喉が枯れる。


「その話、詳しく聞かせてください。伯母さん、シオン君」

「詳しくも何も、ねえ……」


 ルハの言葉に、伯母さんは困ったようにシオンへと視線を投げかける。足をぷらぷらと動かしながら、俯くように視線を下げてシオンは零した。


「二人が出掛けて行った後、シオン君は目を覚ましたの。でも、そのときから名前ははっきり教えてくれたんだけれど……」

「何でみちばたに倒れていたのかも、お母さんやお父さんのこともわかんなくて……。街を歩き回ったらなにかわかるかなって思って」

「でも、思い出せなかった、って先程さっき、ね」

「うん……」

「そっか……」

「サグジとは、歩き回っているときに出会ったの」

「フン」


 不安げそうな表情のシオンの対面で、事も無げに鼻を鳴らすサグジ。それに対して軽く足を蹴ることでルハは注意を促す。何が気に喰わないのか、逆に言えばずっと何かが気に喰わないのだろうが、その原因については見当がつかない。


「まア、旅は道連レオレは旅人。よってお前は道連れダ」


 びし、と澄ました顔で人差し指にてシオンを指し示すサグジ。シオンが冷たい目でそれを見返す中、微妙な顔つきでルハはその指を手で包み隠す。


「サグジ、色々間違ってるからソレ」

「……そうカ?」


 多くの国々を回っているから分かる、国の文化によっては何気ない行為が、振る舞いが失礼に当たる可能性があることを考慮してのことだ。


 シキノトウから香ったという呪いに、シオン君の呪いか。シオン君がいつからか・・・・・にもよるが、ほぼ同時期に呪われたとみて相違ないのだろうか、とルハは思う。


「サグジさんは、ルハちゃんに比べるとまだシキの言葉に不慣れみたいね」

「ああ。発音に困難ナ部分が多い。……むツかしいナ」

「変な喋り方だもんね」


 魔術、呪術、そういったたぐいに馴染みのない、フユというユキにて閉じられた環境。揺れた藤の髪飾りが行動範囲を広げてくれるなら、とルハは思う。


「ところで、サグジさんはこのお宿に泊まっていかれるのかしら?」


 話題転換、と伯母さんは視線を真っ直ぐとぶつけていく。この辺りは流石宿屋の主人あるじであるが故が、異様な雰囲気を醸し出すサグジもなんのそのだ。


「無論、言ウまでもナイ」

「じゃあ、部屋を用意し――」

ルハと同室で構わヌ」

「は?」


 シオンが子どもらしからぬ異音を発した。

 ぶった切った言葉の意味を理解するのに、ルハは三秒程要した。伯母さんは言わずもがな、シオンも間の抜けた顔をしている。


「サグジ、流石にそれは駄目」

「何故ダ」


 なんてことの無い、ルハと共に居ることが当たり前だと言わんばかりのサグジに、様ざまと価値観の違いを見せつけられた感覚である。ルハに充てられた部屋の寝台ベッドひとつであるということは、つまりそういうことであり。

 未だに開いた口が塞がらない二人を横目に、ルハは告げる。


「……人間の姿にはごうにはいっては人間の規律をごうにしたがえ、だよ」


 事情ヘンゲンを知っているルハ一人ひとりだけが、ふうっと溜息を吐いた。

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