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少女、宿に戻る

 雪舞う道を歩く。吐いた息は白く。

 こつ、こつ、という足音に加えて、しゃん、しゃんと髪飾りが鳴る。


 灯りの消えた店の、大きな一枚嵌め込み硝子(ガラス)。映る、黒い髪に目の紫水晶アメジストと同じ色合いのそれ。


「……また面倒な物を、って言われそうだー」


 フォクの拗ねた顔が、ルハの目に浮かぶ。

 分不相応ではないだろうかとは思えど。外すなよというディドルの言と、国賓の印というサスの言を思うとどうにも外すのが躊躇ためらわれる。


「でも、綺麗だな」


 髪飾りをつけている、というだけでルハは何となく笑みが溢れる。

 “騒がない、目立たない、面倒事に首を突っ込まない”。

 旅の最中、フォクに何度も何度も言われている言葉だった。まあルハが守っているのは最初の部分だけだが、“目立たない”の為にこういった飾り物を付けるのは禁止されている。


 こつ、しゃらん、こつ、しゃらん。


 歩く度に感じる、髪飾り独特の重み、反動。それらはルハにとって髪を結っているのとはまた違った、新鮮な感覚だった。


「……っとと」


 薄明りに照らされたベッドの描かれた看板を見て、こつこつっ、と慌てたように重なる足音。

 ダメダメ、通り過ぎるとこだった。と、ルハは無意識に上機嫌になっていた自分自身を戒める。

 あんまり浮ついた顔をしてはいられない。吸って、吐いて、深呼吸をして心を落ち着けていると。


「――?! ――?」

「――。――!」

「――……?」

「なんだろう」


 宿の扉の向こう、玄関エントランスで何か揉めているような声が聞こえる。意外と分厚い扉のようで内容は聞こえないが、落ち着いた女の声――多分伯母おばさんだ――と、男の声。

 一つ、大きく息を吸ってから、ルハはそっと気が付かれないように扉を押していく。ひゅう、と中へ向かって冷たい風が吹く。


「……だカラ、言っているダロウに」

「嘘を仰いな! とてもじゃないけれど、あの子の知り合いとは思えないわ」


 できた隙間から覗き込むと、背の高い男と伯母さんが言いあっているようだった。かたわらに立っている男の子。その姿を見て、呪われていたあの子だ、とルハはハッと息を呑む。


「伯母さん、でも――」

「シオン君、騙されちゃダメよ!」


 元気になって良かった、とは思うが、背の高い男とは何で揉めているのかが何か気になる。ルハが聴覚を研ぎ澄ませると。


「フゥ……、現人ウツシオミは面倒だナ」


 ぽつり、と出てきたその言葉。まさか、と動揺が扉をキィィと鳴らす。交錯する視線と視線、開いた口が塞がらないルハが、我に返るまで二秒。


「さ……サグジ?」

「おう、戻ったカ」


 男のきらりと光る黄水晶シトリンがルハを射抜いた。縦に長い瞳孔が、見慣れた師を思わせる――というか、フォクと同一人物であるとは、ルハ以外には皆目見当のつきようがないだろう。


 キツネ、という種族が有する能力・変幻ヘンゲン。それはその姿形を、他の生き物のものへと変化させることができる、という代物だった。

 旅を続ける中、未だにフォク以外のキツネを見たことは無い。故に、本当にキツネが有する能力なのか、はたまたフォクだけが持ち合わせている能力なのかはルハには分からないが。


「何で……どうしたの!?」


 駆け寄ってみると、蝋燭の灯りでぼやけていたサグジならではの髪の色合いがしっかりと見て取れる。フォクが自らキツネではなく、人間ヒトを象るなんてことは滅多にない。


「鼻ヲ潰したかっタ」


 フン、と不満げに鼻を鳴らすフォク――もとい、サグジ。じろり、と見下ろすその視線の先に、ルハが助けた男の子がいることから、臭くて敵わないという意味合いだろうと推測する。


「そ、そっか。大変だね……?」

「まア、ルハには分からナイな。仕方ないコトだ」

「ル、ルハちゃん! この人は……?」

「あ、あー、えっと……」


 受付台を挟んで、伯母さんが伺うような視線をルハに向ける。ちら、とサグジに視線を向けるも、自力でどうにかして見せろ、とどこ吹く風である。


「私の従兄いとこ、なんです。心配性で、追いかけてきちゃったみたいで……」

「本当に? あまり似ていないけれど……」


 それもそうだ。人間ひとキツネの変幻が似ることはない。それはあくまでも似せるだけであり、人間ひとでない。


「事情が存在スル。深ク断言しナイべき」

「似てないは似てないのですが、……色々とあって」


 そう語尾を濁しながらルハが苦笑いを作ると、伯母さんは少し憐れむような表情をする。たったの一人と一匹で旅をしていることからもそれは察せられるからか、腑に落ちたようではあった。もう一押し、と付け加える。


「でも、嘘を吐いている訳じゃないので……安心してください」

「そう? そうなら良いけれど……」


 とどめと言わんばかりにニコっと人懐っこい笑みをルハが浮かべると、頬に手を当て心配そうながらも伯母さんは引き下がったようだった。


 そこで、しゃなり、と鳴る髪飾り。サグジがフジの飾りを手に取って、弄ぶように触っている。


「サグジ?」

「……」


 その眼付は鋭く、縦に細まっている瞳孔が更に研ぎ澄まされている。口はへの字に曲がり、毛先が逆立った毛並みのように立っているようだった。


「ねえ、サ――」

「……オレが居ない間に、粉をかけらレタのカ?」

「あら、あらあら~」

「えぇ!?」


 サグジの声色からすると、相当に不機嫌らしい。人間の姿、それも大人の男の姿をしている分、機嫌の取り方も勝手が違う。


「いや、これはその色々あって……!!」

「――ねえ」


 慌てるルハ、不満げなサグジ、微笑まし気な伯母さんのどれでもない、ハイトーンヴォイスが空気を変える。その声の主は、今の今までこの場に居ながら沈黙を貫いていたもう一人。

 伯母さんの影から半身を乗り出して、ルハ達を――厳密にはルハを、だが――おそるおそる覗き見るようにして男の子は口を開いた。


「――おねえちゃんが、助けてくれたの?」


 あどけなさの残る上目遣いで、少年――シオンは、ルハへとそう尋ねかけた。

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