少女、解放される
「それじゃあ、本格的な活動は明日からにしてもらおうかな」
「はい、わかりました」
意外とすんなり帰してもらえることに驚きつつ、ルハは返す。無意識に入っていた肩の力が抜けて、緊張していたことに今更ながら気が付いた。ディドルも、話が終わったことでルハの背後から殿下の方へと場所を移す。そして、殿下の背後に回ると頭を指差して口を開いた。
「嬢ちゃん、殿下は本っ当に意地が悪いんだ」
「いきなり失礼じゃないかディドル」
心外だ、とでも言いたげな殿下を無視して、目の前でそのほっぺを抓りだすディドル。それを若干引き気味でルハは見ていた。仲が良いことは良きことだが、その渦中に部外者を巻き込まないで欲しい。
「まあ、立場上必要な能力でもあるから、多めに見てやってくれや」
「は、はい……?」
「無視しにゃいでふれるかなー、ひふぉいぞー」
「悪いな。嬢ちゃんをいじめた罰だわ」
割と本気で怒ってくれているみたいだが、仕方のないことだろう。今回ばかりは普段フォクに頼り切りで注意散漫だった自分が悪い、とルハは感じた。
その後、最初に合った門兵のサスによって、ルハは王城の入口まで送り届けられることになった。他愛無い話をしながら、どこか慌ただしい気配と冷たさの有る静寂が混ざり合った王城を歩きに歩いて。
「それじゃあ、気を付けてね」
「はい、見送って頂き有難うございました」
外に出ると、ちらちらと白い雪が舞っていた。ぺこり、とサスに頭を下げて、ルハが王城の門から出ようとしたその瞬間である。
「おーい、嬢ちゃーん」
「隊長?」
「……ディドルさん?」
ルハをディドルの呼ぶ声が聞こえた。その手には、小さな木箱が大事そうに抱えられている。
「嬢ちゃん、これを着けておいてくれや」
開いた木箱の中には、紫色の花と思われるモチーフの髪飾りが入っていた。幾重にも連なる細かい花びらは、一つ一つは半透明だが重なり合う事で淡いながらも美しい色を見せている。
「はい……これは?」
「……藤の、花飾りではないですか!」
驚いたようなサスの言葉。よく分からないまま目を丸くしていると、それを他所に、ディドルの手によってルハの髪に飾りが付けられる。
「ディドルさん、何を……」
「おっと、動くんじゃない。これは通行手形みたいなもんだから、外すなよ?」
できた、という声と共にディドルの気配が遠ざかり、黒い髪には淡い紫が映える。少し動くと、しゃんしゃんと花びらの細工が音を立てる。ディドルは、そんなルハの様子をひとしきり見ると、満足そうに独りでに頷いた。
「うん、似合ってんな。無くすなよ~」
「有難う、ございます……?」
「おう、じゃあな」
そう告げて、来た道を何事もなかったかのようにディドルは戻っていった。取り残されたルハは説明を求めてサスに視線を移す。と、サスはサスでルハに驚きの表情を向けていた。
「君はいったい何をしでかしたんだい……?」
「いえ、特に何もしていないのですが」
いや、まあ王太子殿下の頼み事を引き受けさせられてはいるが、わざわざ一介の門兵に伝える事でもないだろう。ルハは何もない体で返事をする。
すると、花飾りを見つつ、サスはルハだけに聞こえるような小声で告げる。
「藤の花言葉は“歓迎”。実はね、王城内では、花言葉でその人がどんな立場なのかを示しているんだ。藤の花のモチーフは、国賓の証なんだよ」
「はあ!?」
「しっ、静かに」
思わず声を上げるルハの口を、サスは咄嗟に手で塞いだ。ゆっくりとその手を外しても、開いた口が塞がらないルハ。
「城下町では特に何も起こらないとは思うけど……くれぐれも盗まれたりしないように、ね」
「は、はい……」
「後、城に来るときや、シキノトウに行くときは着けておけば兵士も受け入れてくれるだろうから、着けておいでよ」
「分かり、ました……」
人が慣習を知らないのを良いことに何というものを押し付けて行ったんだ、とルハは苦い顔をする。しかし、この花飾りのお蔭で行動範囲が広がったことは確かだ。
そんな渋い表情をしたルハを見て、まあまあとサスは元気づけるような頭をポンポン撫でた。
「そんな顔しないで、似合ってるよ」
「こんな大層なものを渡されると、荷が重いですね」
「よく分からないけれど、気に入られたってことじゃないかな?」
「返してもらったりとかは……」
「承服しかねるなあ。それやったら隊長に怒られるの僕だしね」
口調は優しいながらも流石は門兵。駄目なものは駄目だと目が語っている。
「ちゃんと持って帰ります……」
「はい、ちゃんと持って帰ってください」
満足そうに笑みを浮かべたサスは何一つ特別なことはしていないが、この問答でルハはなんだか負けた気分だった。
「送ってくださり、有難うございました」
「どういたしまして。気を付けてね」
もう一度、そう言いながらぺこりとルハが頭を下げると、しゃん、とまた花飾りが音を立てたのだった。