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少年、街を案内す


 吐き出した息が白い。ちらちらと舞い始めた雪の中、シオンが立ち止まって声をかけた。


「……こっちの方には、食べ物を売っているお店が沢山(たくさん)立つところだよ」

「フム、そうカ……」


 顎に手を遣りながらサグジがそう答えるのを、シオンはじっと見上げていた。図書館を出てからというものの、その長い脚の歩みに振り回されるばかりだった。全く、体格の差というものを考慮していないのである。


「ドンな物を売ルか、分かるカ?」

「えっと……」


 そして、このように行く先々でひたすらに質問攻めにされる。此処にはどんな人々が住んでいるのか、建物の建築様式はどんなものか、どのようにして経済活動をしているのか、その他にも衣食住、一年の過ごし方など内容は多岐に(わた)る。

 自分だから答えられるだけだが此方の身にもなって欲しいものだ、とシオンは心の内で嘆息した。


「野菜とお肉が殆どかなぁ。あとは干物のお魚、果物、時期によっては生乳とか発酵酒とかも」

「山菜などハ?」

(ハル)の始め頃に、よく売られてるかな」


 そう言いながら周囲を見渡すが、本来あるはずの賑やかに立ち並んでいる店の姿はない。道の脇に積み重なった雪、人気(ひとけ)のない道、冷えた石畳。ただ閑散としたその風景が、どうにもシオンの心に突き刺さった。


「ソノ山菜についテ、初物ハもう出たのカ?」

「ううん。まだだと思う」


 そう答えると、鋭い視線が向けられる。瞳の黄水晶(シトリン)が光も無いのに、底光りしているように見えた。


「して、山に出るナラ、採取できル可能性ノある時期はあったカ?」

「……それは、あったかも」

「ふウム」


 シオンの返答に、にぃ、とサグジは唇を歪めた。(かんばせ)は笑んでいるが、視線は鋭く冷たいままのうすら寒い笑み。そしてそれは、何かを理解した時の顔つきだとシオンはこれまでの観察から分かっていた。


「ねぇ、何か分かったの? 教えてよ」

「……いいダロウ」


 そういうと、サグジは歩き出す。この短時間で幾度となく繰り返された、お決まりの付いて来い、だった。

 最早シオンには慣れたもので、無言でその背中を追いかける。すると、配慮してくれたのか少しだけサグジは歩く速度を落とした。


オレハ、呪術の使われ方についテ調べてイタ」

「……あれ、最初魔術がどうのこうのって言ってなかった?」


 確か、そう言っていた筈だ、とシオンは思い返す。サグジと最初に話した時には確かにそう告げていたと記憶していた。サグジは冷たい瞳で見下ろして、口を開いた。


「嗚呼。それハお前の反応を確かメル為の冗談だ」

「お前じゃなくてシオン。……確かめるって?」

「被害者かドウカ、調ベタのだ」

「……どういうこと?」


 それらしい事を言っているが、サグジの言葉遣いも相まってシオンには何を言っているのかよく分からない。とりあえず、そうなんだ、と返答すると、上から質問が降ってきた。


「人を呪ウのに、何ガ欲しイか知ってイルか?」

「……知らない」


 首を振りながら答えると、片手で四本の長い指を立ててからサグジは一本ずつそれらを折っていく。


「一つ、その土地に根ヲ張るモノ。一つ、人を惑ワセるモノ。一つ、呪ウ相手の欠片。一つ、呪いを実行スル者の血。これらガ必要ダ」

「……山菜と発酵酒!」


 シオンがそう言うと、にやり、と笑みが浮かんだ。


「当たり、ダ。後は、呪いタイ者の髪とカ爪トカと、自分の血を用意すれバいい」

「つまり、この国の誰でも呪術が使えたってこと?」

「……ほお、そうナノか?」


 片眉をあげて、薄笑いで疑問形が返ってくる。まるでその先がまだあるとでも言いたげな。


 黙って歩きながら、シオンは考えを巡らした。


 呪術を行うのに必要な物は、知ってさえあればこの国において調達することが可能だった。それこそ、お金と時間を掛ければ容易いこと。では、呪術を知る(・・・・・)ためには何が必要なのか。もっと言えば、呪術を行使する為の前提条件となるものは。


 そこで、気が付く。


「……いや、違う。字が読めないといけないんだ」


 そうシオンが呟くと、静かにニタリとサグジは笑みを浮かべて返答する。


「確カに。それで?」


 まるで、それは師匠が弟子を己が頭で考えて辿り着くのを見守るような仕草。そんなことはつゆ知らず、シオンは持っている知識で思考を続けていく。


 シキ国の識字率はそれほど高くないのが現状だ。

 二、三年前に子ども向けに読み書きを教える学問所を設立したものの、その通学率は芳しいものではない。


(……この国の人はあまり字が読めない。簡単な読み書きは出来ても、呪本(じゅほん)のような学術書を読み解くことはできないはずだ)


 この国において、そういった学術書を読むことが出来るのは王族、王城に勤める関係者、シキノトウに勤務する者など比較的高位で、そういった知識が教養として必要とされる者だけだろう。


「――呪術を使える条件に当てはまる人は、王城関係者に限られる……」


 導き出された答えに、シオンは目を丸めた。まさか、という感覚である。しかし、理があり妥当でもあるその答えに妙に納得もしていた。


「そうカ、成る程ナ」


 そのサグジの呟きで、シオンは我に返る。変な同行者が居るにも拘らず、普通に思考を巡らせてしまった。そろり、と視線を向けると、珍しくにやにや顔を引っ込めたサグジがじっとこちらを見ていた。


「オマエ、やっぱり気持ち悪イ奴だナ。さっさト素直になれば良いモノを」

「……」

「まア、いいカ」


 黙ったままそっぽを向いていると、興味が失せたようにサグジはにやりとしたり顔に戻る。そして、さっさと歩く速度を上げた。


「さて、宿ニ戻るゾ」

「……え? あ、待ってよ!」


 長い足での早歩きに、子どものシオンが付いていけるはずもなく。雪が降る静かな街の中に、石畳を駆ける音が響いた。


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