少年、書を漁る
王立図書館は、さすが王立と名が付く図書館なだけある。外観は荘厳かつ美しく、中は広く本棚が理路整然と並べられていた。
キィィイ、と音を立てて、シオンとサグジの背後で扉が閉まる。寒いし外気が遠ざかり、身体の暖かみが増した。
「ほおう、凄イな。本が大漁ダ」
意外だ、という表情でサグジが呟いた。視界いっぱいに本棚がずらりと並べられており、その各々にぎっしりと本が詰められている。
隣に並び、シオンは見上げて声をかけた。
「王立図書館だからね。それで、どうやって魔術の本を探すの?」
「魔術にツイテの本――魔本と言ウのは、普通と違ウ。その本自身が魔術の力を持つカラ、その痕跡を探せバ良イ。まぁ、お前には分からナイな」
ふっと小馬鹿にするような笑いを浮かべて言い切るサグジに、むっとしてシオンは口をへの字にした。
「なんで? 特別に力がないと無理なの?」
「お前はまだ素養はあるガ、知らナイ。だから感知できナイ。それだけダ」
お前達の常識でハ、考えつかないだモノだからナ。サグジは続けてそう言うと、ぷちぷちと音を立てて髪の毛を何本か抜いた。
「何するつもり?」
「探すのダ。魔術を使ってナ」
シオンの視線の先で、サグジはごにょごにょと何か言葉を呟く。そして、ぱらっと持っていた自身の髪の毛を空に散らす。すると、本棚と本棚の隙間を縫うように髪の毛一本一本が飛んでいった。
それはまるで、髪の毛自身が意思を持っているかのようであった。
「これが、魔術……」
静かな図書館の中で、ぽつりと呟いた声が空気に溶けていく。
純粋に、目を輝かせてシオンは動きまわる髪の軌跡を見ていた。この国に居るだけでは見ることができない、外国の技術だ。
「お前ハ」
「え?」
「……知らナイ、のか」
サグジはこちらを見下ろしてそう呟いた。知らないとは魔術のことだろうか、それとも。
ますます分からなくなった。この男は何を知っていて何を知らないのだろう。
「ふむ、成るホド?」
「なにか、分かった?」
「ま、色々と、……ナ」
そう聞いてみると、にいっとお決まりのしたり顔で高い背丈を以って見下ろされる。なんだかムッとしてへの字口になると、ますます面白がるような視線を向けてくる。
「お前は」
「シオンだ」
「……シオンは、魔術以外のコトを知っテルか?」
そう言うと、サグジはゆっくりと図書館の中を歩き出した。先ほどよりもゆっくりとした歩みで、シオンにとって付いていくのは容易だった。
「魔術以外って、どういうこと?」
「そうダな。例えバ……占星術や呪術とかダナ」
知っテルか、とサグジは視線を向けてくるが、シオンからしてみれば片言の言葉に加え、さらに知らない言葉を使われると、もう何が何やらさっぱりだった。
「んー、分からない……」
「ソウか」
首をひねりつつそう答えると、サグジは辿々しいながらも言葉を選んで簡単に説明を始めた。
「占星術とハ、占う星に術、と書ク。適当に言ウとダナ、星の動きヲ見て未来を占うものダ」
「はあ」
迷いなく本棚の波をかき分けるように歩くサグジを追いかけつつ、そう曖昧に返答する。たまに間違ったような言葉の使い方をする癖にも、だんだんと慣れてきた。
「呪術は、呪う術、と書ク。その名ノ通り、想いを以っテ人を呪うものダ」
「呪、う……?」
いきなり出て来た野蛮な言葉に、シオンは眉をひそめた。
「ソウだ。理解らナイのか?」
「……解んない」
取ってつけたような言い方に、横目でチラリ、と金色の瞳が向けられる。小馬鹿にしたような、にやっとした口元がなんとも苛だたしい。気を抜いてはいけない、うまく取り繕えているのだろうかと、シオンは心配になる。
「マァ、過ギた願いには代償があるのが世の常ダ――っと」
急に何かに気がついたようで立ち止まられ、止まることができずに長い足に鼻をぶつけた。
「急に止まらないでよ!」
「悪いナ。視界に入ってナイだから、気がつかないダ」
鼻を抑えながら見上げると、サグジの髪の毛が一冊の本の前に集まっていることに気がつく。
「見つけたの?」
「嗚呼、この本ダな」
そう言うと、彼はそっとその本を本棚から引き出して、装丁をまじまじと見つめた。ひっくり返したり、背表紙を見たり。
そして、最後に本を開いて、中身を確認するようにぺらぺらと頁をめくった。
「何が書いてあるの?」
「お前ハ見ない方がイイな」
「シオンだってば。……なんで?」
ぱたん、と本を閉じて、視線を合わせるようにサグジはしゃがみ込んでにやっと笑った。
「コレは、魔本じゃアない。呪本ダ」
「じゅほん……」
「呪術を使うタメの本ダナ」
首をまたまた傾げるシオンに対して、とんとん、と本の表紙を指先で叩きながらサグジは続けた。
「本来ナラ読むのも控えた方がイイ。魔に魅入らレルからナ」
「サグジは大丈夫なのか?」
「マァな」
含み笑いでそう言うと立ち上がり、一つ大きく伸びをする。そして呪本とシオンの顔を見比べながら、思いついたように質問をしてきた。
「此処ノ本は貸し出しはあるのカ?」
「ないよ」
「ソウか」
本棚の元々の本があったところに戻すと、サグジは指を一回ぱちりと鳴らした。
「さて、用事は無くナッタ。出るゾ」
「もういいの?」
分かったのは、呪本とやらがこの王立図書館にあったということぐらいだろう。それだけの為に図書館に来たんだろうか、と不思議に思う。
「嗚呼。次は街ヲ案内してクレ」
そう言ってまたさっさと歩き出すサグジの背に溜息を吐くと、半分諦め混じりにシオンは返事をした。
「……はいはい」
きっと付いて来ないなんて選択肢は、彼の中に無いのだろう。ますます只の“付いて来い”じゃないか、とシオンは慌てて離された距離を詰めた。