表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

少年、書を漁る


 王立図書館は、さすが王立と名が付く図書館なだけある。外観は荘厳かつ美しく、中は広く本棚が理路整然と並べられていた。

 キィィイ、と音を立てて、シオンとサグジの背後で扉が閉まる。寒いし外気が遠ざかり、身体の暖かみが増した。


「ほおう、凄イな。本が大漁ダ」


 意外だ、という表情でサグジが呟いた。視界いっぱいに本棚がずらりと並べられており、その各々(おのおの)にぎっしりと本が詰められている。

 隣に並び、シオンは見上げて声をかけた。


「王立図書館だからね。それで、どうやって魔術の本を探すの?」

「魔術にツイテの本――魔本(まぼん)と言ウのは、普通と違ウ。その本自身が魔術の力を持つカラ、その痕跡を探せバ良イ。まぁ、お前には分からナイな」


 ふっと小馬鹿にするような笑いを浮かべて言い切るサグジに、むっとしてシオンは口をへの字にした。


「なんで? 特別に力がないと無理なの?」

「お前はまだ素養はあるガ、知らナイ。だから感知できナイ。それだけダ」


 お前達(まえら)の常識でハ、考えつかないだモノだからナ。サグジは続けてそう言うと、ぷちぷちと音を立てて髪の毛を何本か抜いた。


「何するつもり?」

「探すのダ。魔術を使ってナ」


 シオンの視線の先で、サグジはごにょごにょと何か言葉を呟く。そして、ぱらっと持っていた自身の髪の毛を(くう)に散らす。すると、本棚と本棚の隙間を縫うように髪の毛一本一本が飛んでいった。

 それはまるで、髪の毛自身が意思を持っているかのようであった。


「これが、魔術……」


 静かな図書館の中で、ぽつりと呟いた声が空気に溶けていく。

 純粋に、目を輝かせてシオンは動きまわる髪の軌跡を見ていた。この国に居るだけでは見ることができない、外国(とつくに)の技術だ。


「お前ハ」

「え?」

「……知らナイ、のか」


 サグジはこちらを見下ろしてそう呟いた。知らないとは魔術のことだろうか、それとも。

 ますます分からなくなった。この男は何を知っていて何を知らないのだろう。


「ふむ、成るホド?」

「なにか、分かった?」

「ま、色々と、……ナ」


 そう聞いてみると、にいっとお決まりのしたり顔で高い背丈を以って見下ろされる。なんだかムッとしてへの字口になると、ますます面白がるような視線を向けてくる。


「お前は」

「シオンだ」

「……シオンは、魔術以外のコトを知っテルか?」


 そう言うと、サグジはゆっくりと図書館の中を歩き出した。先ほどよりもゆっくりとした歩みで、シオンにとって付いていくのは容易だった。


「魔術以外って、どういうこと?」

「そうダな。例えバ……占星術や呪術とかダナ」


 知っテルか、とサグジは視線を向けてくるが、シオンからしてみれば片言の言葉に加え、さらに知らない言葉を使われると、もう何が何やらさっぱりだった。


「んー、分からない……」

「ソウか」


 首をひねりつつそう答えると、サグジは辿々しいながらも言葉を選んで簡単に説明を始めた。


「占星術とハ、占う星に(すべ)、と書ク。適当に言ウとダナ、星の動きヲ見て未来を占うものダ」

「はあ」


 迷いなく本棚の波をかき分けるように歩くサグジを追いかけつつ、そう曖昧に返答する。たまに間違ったような言葉の使い方をする癖にも、だんだんと慣れてきた。


「呪術は、呪う(すべ)、と書ク。その名ノ通り、想いを以っテ人を呪うものダ」

「呪、う……?」


 いきなり出て来た野蛮な言葉に、シオンは眉をひそめた。


「ソウだ。理解(わか)らナイのか?」

「……解んない」


 取ってつけたような言い方に、横目でチラリ、と金色の瞳が向けられる。小馬鹿にしたような、にやっとした口元がなんとも苛だたしい。気を抜いてはいけない、うまく取り繕えているのだろうかと、シオンは心配になる。


「マァ、過ギた願いには代償があるのが世の常ダ――っと」


 急に何かに気がついたようで立ち止まられ、止まることができずに長い足に鼻をぶつけた。


「急に止まらないでよ!」

「悪いナ。視界に入ってナイだから、気がつかないダ」


 鼻を抑えながら見上げると、サグジの髪の毛が一冊の本の前に集まっていることに気がつく。


「見つけたの?」

「嗚呼、この本ダな」


 そう言うと、彼はそっとその本を本棚から引き出して、装丁をまじまじと見つめた。ひっくり返したり、背表紙を見たり。

 そして、最後に本を開いて、中身を確認するようにぺらぺらと頁をめくった。


「何が書いてあるの?」

「お前ハ見ない方がイイな」

「シオンだってば。……なんで?」


 ぱたん、と本を閉じて、視線を合わせるようにサグジはしゃがみ込んでにやっと笑った。


「コレは、魔本(まぼん)じゃアない。呪本(じゅほん)ダ」

「じゅほん……」

「呪術を使うタメの本ダナ」


 首をまたまた傾げるシオンに対して、とんとん、と本の表紙を指先で叩きながらサグジは続けた。


「本来ナラ読むのも控えた方がイイ。魔に魅入らレルからナ」

「サグジは大丈夫なのか?」

「マァな」


 含み笑いでそう言うと立ち上がり、一つ大きく伸びをする。そして呪本とシオンの顔を見比べながら、思いついたように質問をしてきた。


「此処ノ本は貸し出しはあるのカ?」

「ないよ」

「ソウか」


 本棚の元々の本があったところに戻すと、サグジは指を一回ぱちりと鳴らした。


「さて、用事は無くナッタ。出るゾ」

「もういいの?」


 分かったのは、呪本とやらがこの王立図書館にあったということぐらいだろう。それだけの為に図書館(ここ)に来たんだろうか、と不思議に思う。


「嗚呼。次は街ヲ案内(あない)してクレ」


 そう言ってまたさっさと歩き出すサグジの背に溜息を吐くと、半分諦め混じりにシオンは返事をした。


「……はいはい」


 きっと付いて来ないなんて選択肢は、彼の中に無いのだろう。ますます只の“付いて来い”じゃないか、とシオンは慌てて離された距離を詰めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ