浅井さんとアイスコーヒー
「俺はいつかみんなを見返してやるんだ」
そう言いながら彼はアイスコーヒーを飲む。
「まあ、俺って納得いかないことには従わないトコあんじゃん?だからいつも上司と上手くいかないっていうかさ。」
「まあだから、今回も退職してやることにしたんだけど。性格悪い店長に納得がいかなくて、あんな人が昇進していく会社に未来なんてないと思わない?」
「まあ、俺が今まで辞めた会社ってだいたい潰れてるから。この会社もヤバいね。さはるちゃんも気をつけた方がいいよ。」
浅井さんはそこまで言いきると私をちらっと見、慌てて下を向き再びストローに口をつけた。しかしブラックコーヒーは飲み干してしまったらしく、氷を吸い取るズルルルルという汚い音が私たちの間にある空白を悲しく埋めた。
「…次の会社は歩合制なんだ。契約とった分だけ給料が貰える。もちろん契約が取れなかったら0だ。リスクはあるね。ただ、やってみる価値はあると思う。今この会社で働いて、なんというか、みんなとの熱量の差に薄々嫌気がさしてるというか。だから、もう1回自分に刺激を与えてあげたいんだよ。」
さすがに心苦しくなり、私はようやく相槌を打つことを決めた。
「そうなんですね。」
「いやあ。ふふっ。」
「次の会社で働いて資金貯めて、シンガポールで子供を育てようと思ってる。シンガポールはいいぞ、子供も育てる環境が整ってるんだ。シンガポールでは日本をコンセプトにしたカフェを経営する。」
「シンガポールですか。行ったことないですねえ。」
「俺も行ったことないなあ。」
ないんかい。
「子供が成人したら、帰国して今度は車の会社設立して、みんなを見返してやるよ。ほら、俺って車詳しいじゃん?」
「そうですね。」
知らないよ。
「俺はやるよ、やってやるよ。みんなを見返してやる。」
「湯浅さんってやっぱりすごいです。」
こういう人が、40近くなっても会社から仕事ができないと邪魔者扱いされて、周囲から呆れを通して同情され、さらに5000万もの借金を連帯責任で背負わされる大人になるんだな。
「さはるちゃん、君はまだ若いんだから、夢を持たないと。大学にちゃんと通って、夢見つけて、それに向かって頑張りなさい。じゃ、ここは俺が持つよ。夜も遅いし、気をつけて帰りなさいね。」
「すみません、ありがとうございます。」