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後悔する女

作者: 櫻井 総一

 私は、運の悪い女です。


 例えば、出かければ先程まで晴れていたのに急に雨は降ってくるし、片方一万五千円するハードコンタクトをつけて出かければ、出来上がって3日で風に飛ばされ無くしてしまう。運動のできる両親、歌の上手い両親、勉強のできる両親のところに産まれたのに、私はどれも苦手だし。兄が二人、姉が一人そして私。末っ子の私は母親に” 残り物で出来た子 ” と言われてきた。もちろん、それは半分冗談だということは分かっている。別に私は虐待やネグレクトを受けてはいないと断言できる。

 それに、私自身もソレを否定することを出来ないでいる。一番上の兄は真面目で根性があることで警察官になった。二番目の兄はお調子者だが思いやりを持っていて、立派に就職して今は結婚して3人の子供を育てている。姉は学生の頃か私に勉強を教えてくれ、誰よりも私に優しかったし甘かった。歌も上手くて、絵も上手細かいことが得意で刺繍や編み物なんかは、すぐに覚えると出来てしまう要領のいい人間だ。姉の唯一の挫折は運転免許での実技で1回だけ落ちてしまったことだ。後にも先にも彼女はそれしか挫折したことがない。

 私のことを書くと、勉強は苦手、運動も苦手、細かいことも苦手、歌も音痴で姪っ子によく怒られる。根性もなくて、マラソン大会ではいつも途中リタイアだ。唯一得意といえるのが人懐っこいところと、笑顔だけだ。


 それだけで十分じゃないか、っと言ってくれる人もいる。私自身もそう思っている。出来なくてもいい、やれなくてもいい23歳までそう思っていた。


「それで、最近どうなの?」


 夕方の19時、仕事帰りの友達と待ち合わせて食事をとる、韓国料理のその店で私は好きなチョレギサラダを頬張りながらん〜っと相槌をしながら、頬張る姿が見られるのが恥ずかしくて口元を抑えながら急いで飲み込んだ。


「どうって、もうすぐ晴れて上級者ニートになれるけれど……」


 エステを仕事にしている友達の肌は、すっぴんなのに透き通っていて柔らかそうで美味しそうだった。友達も同じようにサラダを口に含んで同じように相槌をしてきた。

 私は、7月末で今の仕事を退職することにした。理由は色々あったけど会社を3年勤めてふと、23歳という年齢を迎えて給料明細と睨めっこしていた。私にしては几帳面に3年前の給料明細が残っていて見てみたら、基本給が1円も上がっていない現実になんだか疲れてしまった。もしかしたら10年20年働けば何か変わるのかもしれない。けれど、サービス業だったこともあって、つかない残業代、ボーナスもなし、お客様への接客など色々考えたら、疲れてしまい辞めることにした。


 上級者ニートとは、一ヶ月半は有休消化などで働いてなくても給料が発生することを私はそう言っている。一ヶ月半経てば私は社会人として大人として最下層へ転落する。


「どうせ優奈のことだから、仕事はすぐに見つけるだろうけど……それよりも、どうせ暇しているなら彼氏とか見つけたりしようと思わないの?!」


 そう言う彼女の右手の小指には彼氏から貰ったのか、可愛いリボンのモチーフのピンキーリングがキラリと反射した。


「彼氏ね……それよりさ、そのピンキー可愛いね」

「え? あー、真斗がこの前のデートで買ってくれたの」


 少し嬉しそうに、無意識なのかそのリングに触れていた。


「良いね、ピンキーはつけてると幸せになるっていうしリボンモチーフは人との縁を結んでくれるんだよ。選んだのは彼氏?」

「さすが、ジュエリー店の店長だね、そうだよ。私のお気に入り」

「ピンクゴールドが似合うからいいね、金素材?」

「うーん、値段は5千円ぐらいだったから違うと思うけど……」

「ちょっと見せて」


 彼女から指輪を外して、リングの内側を覗いた。そのときに店員が頼んだ難しい名前の肉料理を運んできてくれた。リングの内側には ”925”刻印されていた。その横にそのブランドのロゴがも刻印されていた。


「なんだった? 店長さん」


 私は苦笑しながら、リングを返した。


「シルバーだね、けどそこのブランドのシルバーは値段にしては高品質だからいいもの選んだね。業界内では有名だよ」

「そうなんだ、けどシルバーだと錆びちゃうね」

「上手に使えばずっと使えるよ、私もいくつか持っているけど別に錆びてないし」

「そうなの?」

「綺麗に使いたければ、そのお店にいけばクリーニングできるよ持って行きな」


 少しぬるくなった料理を口に運んで胃に入れた。


「相変わらずの仕事人間だね」


 そう言われてぼんやりと見えていたものがクリアに映し出された。無意識に彼女に対して接客をしてしまっていた。たった3年間の短いものでも習慣になるのには充分で私の脳内の9割を占めている。


「それしか取り柄がないからね」


 しょうがない、っと心の中で呟くとまた視界がぼやけてしまう。視力が落ちてしまったんだろうか……目を擦ってみるけれど何も変わらない。


「仕事を辞めることに後悔しないの?」

「え?」


 そう言われて、心臓の変なところが締め付けられて指先が微かに震えた。この感覚にデジャブを感じるけど思い出せなくてもどかしかった。


「何ていうか、私みたいに結婚して専業主婦やりたーいとかないわけでしょ? バリバリ働きたいっていう優奈が仕事を辞めてしばらく休むって……なんか意外だなって」

「別に、そういうわけじゃないけど……私だってそういうの夢見たりするよ?結婚、したいし……」

「彼氏いないのどのくらいだっけ?」

「3年かな」

「欲しいなって思わないの?」


 結局、避けた話題はもと通りになってしまう。


「うーん、いい人がいれば……」

「いい人なんて周りにたくさんいるでしょ」


 んーっと声を出しながら、今まで関わってきた人のことを思い浮かべてみるけれどパッとしなかった。好みとかそういう以前の問題な気がしてしまった。


「理想が高いのよ」

「そんなこともない、と思うけど……それよりデザート頼んでもいい?」


 逃げるようにメニュー表を眺めると、彼女も私もーっとメニュー表を覗き込んできた。二人とも杏仁豆腐にして店員に注文した。空になっていた皿は片付けられて、微妙に残っているレタスがのった皿だけが机に取り残されている。濃い味のソースが染み付いているレタスはどうしても食べる気がしなかった。どんな物でも余って萎れているものは食べたくないものだ。


「真斗君とは仲良くやってるの?」

「それが、聞いてよ! この前、真斗がね……」


 それからは、デザートを頼む前の話とは関係のない友達と彼氏の恋愛話をうんうんっと聞いているだけだった。女の子同士の会話は結構好きだったりする、特に誰かと付き合っている女の話は面白いし会話に困らない。普段仕事でお客様と積極的にコミュニケーションをとらないといけないおかげで、プライベートではあまり喋ろうとしない。会話の種は植えるけれどそこに水をあげるのは友達で良い。




「それで、その日の飲み会は終わったの?」


 隣にいる男性は、堺さんという。いわゆるセフレというものだ。私も20代前半でそれなりの性欲を持て余している出会い系を通して出会った男性だった。彼は、車を運転しながら名古屋の街をぐるぐると回りながらホテルへと向かっていた。時々運転の荒い人間に出くわすと、私に見せる優しい表情ではなく険しい顔つきを見せて危ねーなーっと呟いたりする。彼とは、あまり無駄なことはしない無駄に長いメールのやりとりもお金のかかる食事も、ただ都合の良い時に会ってセックスをしてそしてさよならをする。端から見るとただの猿のようにしか見えないかもしれない。それでも私はこの関係が心地よくて辞める気がない。


「うん」

「けど、俺もずっと不思議だったけど優奈ちゃんはどうして彼氏作らないの? 俺的にはこうやってラブホ代だけでエッチ出来るのは嬉しいけどさ」


 昔、一度だけお金を貰っての行為をしたことがあった。けれぢそれは何も楽しくなかつたしまるで仕事をしているような気分になってしまった。色々と隠れてハメを外す私だけどそれ以降、お金を貰う行為はしなかった。


「そう思うなら、男の人の一人でも紹介してよ」

「いやー、俺の周りにはそういうのはいないかなー……」

「結局、みんなそう余計なことを聞いてくるのに、紹介もしてくれない」

「あはは、優奈ちゃんはしっかりしてるから変なの紹介出来ないよ」


 気付いたらいつもの見慣れたラブホまでの道になっていた。いつもこの道を見ると心臓の変なところが締め付けられる。そういえば、友達といた時もこれを感じたな……

 ホテルに着くと、適当なところに駐車してついたよっという合図で、律儀にもお礼を言ってシートベルトを外してドアを開ける。建物を見上げると薄オレンジ色にライトアップされていていかにもっという建物だった。


「どうしたの?」


 心配そうにこちらを顔を向けてくる堺さんに、いえっと首を左右に振って後ろをついていった。

 部屋に行くときにても繋がない、シャワーも別々、行為をしたらしばらくの休憩を挟んで帰宅する。そして家に送ってもらった後に自分の部屋のベットに倒れこむ。するとなんとも言えない喪失感に襲われる。


「何してるんだろう……」


 あぁ、まるで可哀想な女だなっと鼻で笑ってしまう。




 7月31日、最後の出勤日となってしまった。まだかまだかと待ち望んでいたこの日になってみると、自分から辞めると言ってもどこか離れがたく感じてしまう。


「加藤さん、今日までお疲れ様」


 とりあえず形だけでもと用意された花束は、綺麗な色をしているはずなのにくすんで見えた。これを飾る陶器なんてないなっと愛想笑いを浮かべて、お礼を述べた。店長の引き継ぎも終わって私がここにいる理由がなくなった。辞める前は、辞められたら困るとか散々言われたけど結局こんなものだ。

 もう通ることもない道を踏みしめながら、家路についていた。


 ぽっかりと空いた胸の中が変な感じがする。これからのことを考えるとまた締め付けられる。


 ” 後悔しないの? ”


 友達に言われたこの言葉が胸の締め付けの原因だ。帰りの電車を待っている間にこの懐かしい感覚を思い出そうと目を閉じる。そこで思い浮かんだのは3年前に別れた元カレの顔だった。


 私が一方的に別れを告げた、理由なんてもう覚えていない。けれど優しい彼は3年距離を置いてそれでもダメならきちんと別れようっと言ってくれた。当時私は19歳で社会人1年目だった。そして3年後というのは22歳当時の私はそんなの結婚する年齢だと、なんとも馬鹿馬鹿しい理由で無理っと言い続けて彼との関係を一切断ち切った。


 今まで自分が決めて、行動をしているつもりだった。だから後悔なんてしていない。そう強く思い込んでいた。けど、この状況になって思い返すと「後悔」という二文字しか思い浮かばない。自分で決めた退職も寂しいセフレも残るものは後悔しかない。


 本当に馬鹿な女だと心から思う。自然と電車の中で泣いていた。もう戻れない過去にすがりつきたくてどうしようもない人間だ。


 最寄りの駅について、駅から家まで歩き出すと雨が降ってきた。

 何もなくなった私はどうすればいいのか、考えながら諦めて雨に打たれながら家を目指した。


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