序章
序章
ふと気がつくと森の中にいた。
霧がかかっているようで、周りも見通しが悪い。気温も低く、じめっとした感触で肌寒い。
周りを見ても誰もいないようだ。
とりあえず、ここにいてもどうしようもないので、歩き回ってみる。
地面も草は少ないが、コケが生えていて、しめっており滑りやすい。ゆっくり慎重に歩く。
しばらく歩いていると、正面に小さく明かりが見えた。
見えたといっても、明かりのある場所までは距離はそこそこありそうである。
ゆっくりと、明かりのある方向に歩いて行ってみる。
近づいていくと、ボソボソと話し声も聞こえてきた。
人がいるようだ。しかも二~三人はいそうな感じだ。
足音を立てないよう、そっと近づいてみる。相手によってはここで助けを求めて、よく分からない森から脱出したいところである。距離が縮まるにつれ話し声が少しずつ聞こえてきた。
「………ではまだ……いわ。もっと…………ない…。まだ人が……………充分……ます。」
まだ、言葉の一部しか聞こえないが、女性の声らしい。年齢は声からすると20歳前後といったところだろうか。
「時間がない。できるだけ早く……しないと、追っ手が……」
今度は男の声だ。40~50歳くらいの感じだろうか。かなり近づいたので木陰から相手の姿も見えてきたが、二人ともフードを被っていてよく顔は見えない。
二人の足下には大きな荷物が置いてある。頑丈そうなケースに入っており、何か重要なものでも入っているのだろうか。
どうも、深刻な雰囲気でとても助けを求められそうな相手ではなさそうだ。だからといって、ここを離れるとまた、どこに行ったらいいのか途方に暮れるため、情報収集の為、話をこっそり聞いてみることにした。
「まさか、ジオグランデ国がこの遺物の事まで知っているとは想定外だったな。」
また男が話す。
「ここでこの遺物が盗られるとランダートは窮地に立たされる。ここは命に替えても守り切らねばならん。」
国の名前だろうか。聞いたことのない国名だ。
この二人はどうやら敵国からケースの中の『遺物』を狙われていて、逃げているところらしい。
「先ほどの召喚の儀式だが、まだ何も効果は感じられんか?」
男が女に聞く。
「はい、確かに召喚の儀は終わったのですが、どうも、失敗に終わったようです。今まで、このようなことはなかったのですが、なぜこんな時に…」
女性はうつむいてしまった。
「まあ、終わってしまったことは仕方がない。また別の手を考えるとしよう。」
男もそう言って黙ってしまった。
召喚とかゲームとかでしか聞かない台詞だよな、こいつらはいい歳して何を言ってんだ。などと思っていると、
二人のそばの地面が急にふくれあがってくる!
「まずい、ジオグランデの奴らが来おった!」
二人は立ち上がり、男がケースを持ち上げた。
地面からふくれあがったものはそのまま巨大なゴーレムのような姿になる。
男が逃げるまもなく、ゴーレムの手によって払われ男は吹き飛んだ。手に持ったケースは男の手を離れそばにあった岩にぶつかり大きく破損し、中から金属片のようなものが飛び出し、よりにもよってこちらに飛んできた。その間にフードの女もゴーレムになぎ払われて倒れている。
金属片はちょうど足下に転がってきた。
錆びた小剣のようだ。柄には装飾もあり、昔は王侯貴族が所持していたであろう雰囲気があるが、とにかく錆び付いてしまっていて、全く使い物にならなさそうである。
「おい!こいつらを捕らえろ!お前は『遺物』を回収しろ!この近くにあるはずだ!」
木陰から数人の男が出てきた。男どももフードを被ったローブを着ており、顔ははっきり見えない。先ほど二人が話していた敵国の追っ手だろうか。
危険な気配がしてきたので、逃げようと思ったが、ふと小剣が気になって振り返ったところ
「おい、そこに誰かいるぞ!」
見つかってしまった。反射的に足下にある小剣を右手で掴んで走って逃げる。
「おい、あいつ!あれを持って逃げ出したぞ。まずい、追え!」
男どもは小剣を持って逃げたことに気づいたようで、何人か追ってきたようだ。
脇目も振らずに走って行く。見知らぬ森の中、枝などで膝や腕など、服が破れたりぶつかって血が少し出たりしたが、命の危険を感じたので気にしている場合ではない。
後ろから何か声が聞こえたと思ったら急に目の前が火に包まれる。
さすがに火に飛び込むわけにも行かないので回り道をしようとしたところで追いつかれた。
フードの男が三人だ。
後ろは火の海。もう逃げ場はない。
「何者か知らないが、そいつを渡して貰おうか」
真ん中の男が進み出てくる。
錆びた小剣より命の方が大事なのですぐに渡すことにした。
「すいません!すぐにお渡しします!どうか命だけは助けて下さい!」
「いいだろう。そいつを渡してくれさえすれば命までは取らん。」
右手の小剣をローブの男に手渡そうとした瞬間、小剣が輝きだし、その形状を大剣に変え、ローブの男の胸を刺し貫いた。
「な、なにを……、」
男はそのまま、目の前で倒れ込む。出血量からしても絶命したようだ。
「え?け、剣が勝手に動いた?俺は何もしてないぞ!」
「き、きさま!抵抗するのか!」
左の男の杖から火炎球が現れる。
「おい、まて、気をつけろ!」
右の男が叫ぶが、それよりも早く火炎球がこちらに迫ってきた。絶体絶命かと思われたが、再び大剣が動き目の前で火炎球を消し飛ばした。いや、跳ね返したと言うべきか。左の男は業火に焼かれた。
「くそ、『遺物』が反応したというのか、なぜこんな奴に…っ!」
右の男は剣の奪取を諦め逃げようとするが、再び大剣が勝手に反応しまばゆい光を放った。
男の悲鳴が聞こえたが、急に意識が遠のきそのまま倒れ込んだ。