忘却 6 * (蜜蜂&クーニャ)
「ねぇ、ロイ。あなたは一体何をみているの? 光り? それとも闇? 私は・・・私は闇だけ。モデルなんていう華やかな仕事をしているけど、所詮は血に染まった一生を送ることしかできないのよ」
ルーシカは窓に寄りかかるように、山葉リンを見た。山葉は、そんなルーシカを穏やかな顔で見つめ返している。
「ふふっ。昔のように叱ってはくれないのね。無理もないか。あなたはもう『ロイ』じゃないのだものね。でも・・・ひとつだけ教えて。何故、あの時、あなたは持っていたナイフで私ではなく、ボーイを切りつけたの。あなたの有能なアシスタントだったのに。何故なの? そんなにボーイに手を血で染めたくはなかったの。一度は染まった手なのに・・・」
そう言いながら山葉の隣りに立つと、ルーシカはそっと山葉の頬に触れた。
温かな、懐かしい人の温もりを感じる。
「ロイ・・・」
頬に触れたルーシカの指先が震えていた。
「・・・ロイ。あなたを殺すわ。殺したいの。お願い・・・お願いだから、今度こそ死んで頂戴。私の為に・・・」
崩れるように床に両膝をつくと、ルーシカは両手で顔を覆った。
泣きたいのに泣けない、苦しい感情が波のように押し寄せる。
ふわっ
静かに空気が動いた。
ハッとして顔をあげたルーシカの頬に、温かな手が触れる。
山葉がとても穏やかな、優しい笑みを浮かべていた。
「・・・ロイ・・・何故、何故なの・・・」
氷が溶け出すように、一筋の涙が零れた。
それが合図だった。
ルーシカは山葉の手を両手で包み込むと、子供のように泣いた。
おそらく、血に染まったレールの上を歩くようになってから、初めて・・・
翌日のニュースで、トップモデルのルーシカ・フィン・マーレイの失踪が報道された。
当然というべきなのか、取材陣は高弘の元へもやってきたが、それらには姉の幸子が対応し、当の高弘が取材陣の前に姿を現すことはなかった。
そして夕刻までには、病院から行方不明になった山葉リンがルーシカと共にいるらしいということも、高弘ら3人の詳しい関係も伝わっていた。
しかし、ただそれだけのことである。
いくら重箱の隅をつつくことを得意とする者たちでさえ、5年前に真実には気付かなかった。
この話は昔、別の名前で同人誌として発行もしています。