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忘却 5 * (蜜蜂&クーニャ)

クーニャは黙ったまま歩く蜜蜂の後ろを、連行されているかのように歩いていた。


「何も聞かないんだな」


ポツンと呟くように、蜜蜂は言葉だけをクーニャに向ける。

クーニャは一瞬歩みを止めたが、すぐに歩き出すと、今度は蜜蜂と並んだ。


「気にならないと言ったら、嘘になります。でも、こういうことは聞いちゃいけない事だし、それに・・・聞いても僕じゃ絶対に役に立てないと思うから・・・」

「そのセリフ、俺と知り合ったばかりの頃からは考えられないな」


しおらしいクーニャの言葉に、蜜蜂はククッと笑う。しかし、その姿はどこか弱々しい。


「あ、あの頃は・・・僕も荒れてて、その、不良っていうか・・・そんな感じだったから・・・」

「表じゃイイ子の、裏番ってやつだな」

「あ、え、まぁ・・・」


恥かしそうに頷きながら、クーニャは蜜蜂と出会った頃のことを思い出していた。


一般的に不良と呼ばれるような荒れ方をした、そのきっかけは両親の離婚だった。

そんな素振りもなく生活していたのに、子供の目からみても愛し合っている夫婦だったのに、何故別れるのかが全くわからなかった。

わかろうともしなかった。

悪ルになれば、両親が元に戻ってくれるんじゃないかと思ったのも事実だ。

そう思いながらも今までのイメージを崩す勇気もなく、抱えた矛盾との葛藤の果て、夜遅くに家を抜け出してはケンカや煙草、酒もやった。

相手に気付かれることもなく、確実にキズを負わせる方法も、後をつけてくる奴等を煙にまく方法も覚えた。

表でも裏でも全てが軌道に乗りはじめたと思った頃、蜜蜂と出会ったのはそんな時だった。


流れるような黒髪を揺らしながら、仲間を次々と倒していく蜜蜂がとても印象的で、思わず見惚れてしまったのを覚えている。

確か初めてかけられた言葉は「いい瞳をしているのに、心の狭い人間だな」だったと思う。

バカにされたようで何か言い返そうと蜜蜂を睨みつけた時、そのきつい瞳に言葉を失ったのも事実だ。


初めて夜ではなく昼間、まだ日の高いうちに蜜蜂を見かけた時、偶然にも彼の背中を見てしまった。

綺麗な素肌に走る、まるで鋭い刃物か何かで切られたような30センチ程の傷痕。

見てはいけないものを見てしまったような気がした。

あの時、何故そう思ったのかは今でもわからない。

ただ見られていることに気付いた蜜蜂は、そのキズを隠すように慌てて服を着たのだ。














「あの男・・・」


突然、蜜蜂が足を止めて目を細めた。

前方から、まばらにいる人を避けながら男が走ってくる。

長めのコートをなびかせながら、時々後ろを気にしていた。


「クーニャ。あいつを追っている奴を足止めできるか」

「そりゃ、まぁ・・・。でも、ケガをさせてしまう」

「構わない。やってくれ」


不思議そうな顔のクーニャを無視し、蜜蜂は平然と歩いていく。


「・・・クーニャ」


蜜蜂が男と擦れ違った時、小さく名前を呼ばれ、クーニャは一歩前に出る。

男を追っていたのはグレーのスーツを着た30代の男。

直感でその男が刑事であることを悟った。

しかし、今さら後には引けない。

クーニャは顔色ひとつ変えずに、軽く手を動かす。

全く気にならない、日常のなんでもない動作だ。

ほんの数秒後、2人の後方から呻き声にも似た悲鳴があがった。

先ほど擦れ違った男が腕を押さえ、片膝をついている。

押さえた指の間から、赤いものがポタポタとアスファルトの上に小さな染みを作っていった。


「良かったんですか?」


不安そうに聞いてくるクーニャに、蜜蜂は小さく笑う。


「追われていたのは『仲間』だ」

「本当ですか? でも、どうして」

「あいつはガイと言って、昔、コンビを組んでいたことがある。どこか抜けた奴だったからな、おそらく何かヘマをやったんだろう」


懐かしそうに、楽しそうに笑う蜜蜂を、クーニャは久しぶりに見た気がした。













暫くして、2人が静かな路地に差し掛かったとき、ふいに人の気配を感じた。


「失態だったな、ガイ」


何でもないように足を止めた蜜蜂が、相手の確認もせず声をかける。


「なに、相手のが一枚上手だっただけだ。1年ぶりだってのに、冷たいな」


声と共に先ほど追われていた男、ガイが姿を現した。


「何が1年ぶりだ。この間もあったばかりだろう」

「そうだっけ。覚えてないな。コンビ解消後も会ってたか? ・・・それより、さっきは助かったよ。サンキュ」


蜜蜂の肩に手をかけたガイは、蜜蜂よりも頭ひとつ分ほど背が高く、2人が並んだ姿は妙に絵になっていた。


「君が新しい相棒か」


ふっと、たった今気付いたかのように、ガイがクーニャに声をかけてきた。


「まだ新米だって? 運が悪いな、こんな謎だらけの男とコンビ組まされて。でもな、心配することはないぞ。ちゃんとわかってることもある。それは・・・」


そこで一度言葉を切ると、蜜蜂は見てニヤリと笑った。


「こいつは1人になるのが怖い、淋しがりやの甘えん・・・」

「ガイっ! お前の相棒はどうした」


蜜蜂の比較的大きな声が、ガイの言葉を遮った。

ガイはクスクス笑っている。

笑いながら答えた。


「リトルの奴は、一泊二日のバスハイク」

「バス・・・ハイク・・・?」


クーニャが鸚鵡返しの聞き返してきた。


「バス・ハイキングね。バス・ハイキング。まぁ、どっちにしろ、こんな時間じゃリトルの奴は寝てるよ。それに、あの年でこんな所まで、しかも夜中に出歩くとなりゃ、あいつの両親ぶっ倒れちまうぜ」

「そうだな」


蜜蜂とガイは一緒になって笑う。

ただひとり、クーニャだけが首を傾げている。


「クーニャ。ガイの相棒は仲間内じゃ最年少、まだ幼稚園に通ってるよ」

「よ、幼稚園・・・!? うそ」


クーニャの目がこれでもか、というほど大きく見開かれた。


「本当。年の割りにませてるっていうか、ジジくさいっていうか、とにかくすっげぇガキだぜ」


おかしそうに言うガイの言葉を、クーニャはただポカンと口を開いて聞いていた。


「ククッ。さてと、そろそろ行くかな。いつまでもこんな所で油売ってるわけにもいかないし。・・・それじゃ、頑張れよ」

「ガイもな」


軽く手を上げ、ガイは小走りで去ろうとして、少しだけ体を蜜蜂の方に向ける。


「おい! もし、また女装することがあったら呼んでくれよ。あん時みたいに、ちゃんとエスコートしてやるからさ」

「・・・っ! ガイ、変なこと思い出させるな!」


蜜蜂の怒鳴り声を聞きながら、ガイは笑い声と共に消えていった。

口の中で文句を言いながら、蜜蜂は片手で顔を覆い隠す。


「あの・・・女装って、なんですか?」


ほとんど無意識のうちに聞いていた。

蜜蜂は赤くなった顔を背けるように「何でもない」と言って歩き出す。

その照れた仕草が、クーニャにはとても可愛らしく思えた。














「蜜蜂さん、もっとゆっくり歩きませんか」


ガイと出会い、いつもとは違った一面を見せてしまったのが照れくさいのか、蜜蜂はさっきから足早に歩いている。

クーニャの声に一瞬、振り向きはしたが、すぐに前を向き、諦めらように小さく肩を落す。

そんな蜜蜂にクーニャは、声を押し殺して笑う。


「何がおかしい」

「いえ、別に・・・。それより、これからどうするんですか。ルーシカのいるホテルへ行きますか」


ルーシカの名前に、蜜蜂の眉が僅かに上がる。表情も心なしか曇って見え、さらに険しくなった。


「いや。おそらくホテルには、もういないだろう」


そう言って、蜜蜂はそっと空を仰いだ。


この話は昔、別の名前で同人誌として発行もしています。

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