表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

忘却 3 * (蜜蜂&クーニャ)

ルーシカはホテルの一室で1人、ワイングラスをかたむけていた。


「・・・どうして『あの時』、ロイにとどめを刺さなかったのかしらね。ボーイがいたから? いいえ、違うわ。私が・・・」


誰に言うでもなく呟くと、ルーシカは哀しそうに笑ってテーブルの上に無造作に置いていた手帳を開く。

そこには一枚の写真が挟まれていた。

今とほとんど変わらないルーシカと、あの車椅子の青年の山葉リン。

そして、その2人の間で笑っている、まだ幼さの残っている高弘。

3人とも楽しそうに写っていた。


「もう戻れないのよね。・・・ロイ、今度こそ楽にしてあげるわ。それで『終わり』にしましょう。ね」


ルーシカは愛しそうに写真を撫でる。


「・・・ボーイ、邪魔をしないで。私にはもう、ロイを殺すための道具しか残っていないのだから」


弱々しくワイングラスを指で弾くと、そのまま残りのワインを一気に飲み干す。

どこか、血に染まった苦い思い出の味がした。








同じ頃、高弘はまるで祈るかのように手を組み、その上に顔を伏せていた。

テーブルに置かれた箱の中には、壊れたおもちゃのような黒い部品。

そして、ルーシカを同じ写真が入っていた。


「・・・どうして捨てられなかったんだろうな。ロイはもう二度と『こいつ』を手にすることはないっていうのに・・・ククッ。ルーシカだって、知らん顔していれば良かったんだ。そうすれば、こんなにも・・・頼む。頼むから俺に、俺を昔に戻さないでくれ」


泣きそうな顔を隠すように、両手で頭を抱え込む。

窓から吹き込む風が、高弘の長い髪を静かに揺らしていく。

5年前の真実を知る者は、今となっては渦中の3人の他には、2年近く高弘のカウンセリングを行っていた林幸也しかいない。

他にいたとしても、真実の半分も知らないだろう。

高弘は深く項垂れたまま静かに箱を閉めると、何重にも、何重にも、まるで封印でもするかのように鍵をかけた。









それから数日。


「高弘、何をボケッとしてるの。そんなんでお客さんが来た時にレジ打ち間違えないでよ」


レジの前でボウ~としていた高弘に、2才年上の姉、幸子の威勢の良い声が降ってきた。

高弘はハッとして幸子を振り返る。

幸子は単行本をビニール袋に一冊ずつ入れる作業の手を休め、呆れたように高弘を見ていた。


「姉さん、そんな大声出さないでくれよ。お客さんが見てるじゃないか」


恥かしいな、と高弘は苦笑いを浮かべる。

雪柳書店の店内は、時間帯的に客はほどんどいないが、その分、その客は全員こちらを見ていた。


「ボケッとしているあんたが悪いのよ。だいたいね、高弘。あんた、この店を継ぐっていう自覚あるの? 父さんも母さんも年なんだし、兄貴は何をとち狂ったか中学生相手の教師になんかなって『これが俺の天職だ』なんて喚いてるしさ。まったく、あんなに遊んでたくせに何があったんだか」


そう言いながら幸子は綺麗に肩で切りそろえられた髪を、鬱陶しいとばかりに後ろに跳ね除けた。

その仕草がとても様になっている。

高弘は複雑そうに笑い、軽く肩を竦めると


「コンテスト荒しよりはいいと思うけど」

「何言ってるの。私はコンテスト荒しなんて言われるような事、一度もやってないわよ。ただちょっと、ミスとか準ミスとかに選ばれる事が多いだけじゃない。変なこと言わないでよね」


半ば自慢気に言うと、幸子は高弘の頭を軽く叩く。


「叩くことないだろ。それより、雑誌のモデル、また断ったんだって?」

「そういうの、あんまり好きじゃないからね」


幸子は肩を竦めて、小さく笑った。


トゥルルル・・・

電話の柔らかい受信音がした。


「はい、雪柳書店です」


素早く電話を取ると、幸子は営業用の優しく柔らかな口調で受け答えを始める。

いつものことながら高弘は、その変わり身に感心半分、呆れ半分で小さく息を吐く。


「・・・あの。お願いします」


大学生らしい青年がカウンターに雑誌を置いて、レジを待っていた。

待ちながら、チラチラを幸子を盗み見している。

時々みられる光景だ。


「300円になります」


高弘は青年の視線に気付かぬふりをしながら、慣れた手付きでレジを打ち、雑誌を袋に入れていく。


「ねぇ、高弘。山葉さんて、1人で出歩くことできたっけ?」


電話を切った幸子が、不思議そうに高弘に声をかけてきた。


「無理だよ。山葉さんは1人で出歩くどころか、何もできないから。どうかしたの?」


青年から代金を受け取りながら、高弘は少し悲しそうに答える。


「うん・・・。あの、ね。今の婦長さんからなんだけど・・・いなくなっちゃったんだって、山葉さん。だから、こっちに来てないかって・・・高弘?」


幸子の話に、高弘の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。

ちょうど高弘から雑誌を受け取ろうとしていた青年は、その姿に目を見開き驚いている。


「ね、姉さん。それ、本当・・・」

「え、ええ。急用で隣町の病院に行った院長と、一応、警察にも連絡するって言ってたけど・・・」


心配ないわよ。

と幸子は笑ってみせるが、内心は穏やかではいられない。

なんといっても山葉リンは弟、高弘の命の恩人なのだ。

高弘は心を落ち着かせるかのようにそっとエプロンを外すと、それを幸子に手渡す。


「俺、ちょっと病院へ行ってくるよ」

「そう。気をつけるのよ。いいわね、もし、あんたまでいなくなったりしたらタダじゃおかないわよ。どんなことがあっても探し出して、半殺しの目に合わせてやるからね」


威勢の良い幸子の声に高弘は小さく苦笑すると、小走りで店を出て行った。


「まったく。あの子は不器用なんだから。一体何を隠しているっていうのよ。1人で悩まないで欲しいわ」


幸子は小さく肩を落とした。



この話は昔、別の名前で同人誌として発行もしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ