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忘却 2 * (蜜蜂&クーニャ)

「なぁ、和泉。本当にここにいるのか?」

「たぶん・・・。ここには先輩の恩人とかって人がいるから、よく来るんだ」


林精神病院。

まるで森林公園の中にある小さなホテルのような病院には、患者の他にも様々な悩み事の相談に訪れる人も多い。

ルーシカの騒動により部活がいつもより早く終わった京は、数人の部員たちにしつこくせがまれ、しぶしぶと高弘が来ているであろう、この病院へとやって来た。


「雪柳さんて不思議な人だよな。うちの卒業生でもないのに異様に先生たちと仲良いしさ、訳ありって感じではあったけどモデルと知り合い出し・・・その、なんだ。恩人? その人はこんなとこに入院してるし・・・和泉は雪柳さんと親しいんだろう?」

「う~ん。親しいっても、おいらが先輩と知り合ったのは半年くらい前で、それまでは先輩が学校に出入りしてることも知らなかったからな。それに先輩はあまり自分からプライベートなことは口にしないし、留学中のことなんか笑って誤魔化せることのが多かったんだから」

「そうなのか?」

「そうなんだ。・・・あ、先輩だ」


部員の方を向いた時、京は窓の外に高弘の姿を見つけた。


「なんかさ、雪柳さんて髪が長くて、わりと綺麗な人だろう。だから、ああやって見ると恋人同士みたいだと思わないか」

「そうか? どうみたって男・・・」

「君もそう思いますか? 実は私もそう思っていたんですよ」


突然、反論の声を遮ったのは穏やかな声だった。

慌てて振り返ると、そこには白衣を来た、一見、上流階級の紳士風な男が笑っていた。


「院長先生」

「やぁ、和泉くん。今日はどうしたんですか? もうすぐ大会だというのに、きり込み隊長の君がこんな所にいて練習はいいんですか」


ここの院長、林幸也に「困ったものですね」と言われ、京は苦笑いで答える。


「今日の練習は中止です。練習に身が入らなくなってしまったんですよ、みんな」

「どうかしたのですか?」

「院長先生は、モデルのルーシカ・フィン・マーレイって知ってますか? そのルーシカが日本に来ていて、なんと、おいらたちの学校に来たんですよ、しかも先輩とは知り合いらしくて・・・」


京の説明に院長は、深く溜息を吐く。


「なるほど。それで高弘くんの様子がおかしかったんですか」


ひとり納得している院長に、みんなの視線が集まる。

どれもみな、好奇心に満ち満ちた目をしていた。


「雪柳さんとルーシカって、どんな関係なんですか?」

「何があったんですか?」


矢継ぎ早な質問に、院長は困ったように顎に手をかけ、少しだけ上を見上げる。


「彼女は留学中の高弘君が姉のように慕っていた人なんですよ」

「でも、随分と険悪そうでしたよ」

「それは・・・生きていく上では、いろいろありますからね」


答えになっていない、とでも言うように部員たちは院長を見る。

京は、じっと高弘と車椅子の青年を見ていた。


「・・・院長先生。おいら、ずっと気になってたんですけど、あの人。確か、山葉リンさんって言いましたっけ・・・は、なんで先輩の恩人なんですか」


京の問いに、院長は少し目を細める。


「昔、ある事情から公のニュースにはならなかったんですが、高弘君の留学中にある事件がありましてね。その時に高弘君を庇って下半身不随なってしまった上に、記憶喪失にまでなってしまったんでよ。それで、もともと身内のない彼は、たまたま国籍が日本だった事と高弘君の両親からの申し出、あと警察の判断などもあって、ここに入院しているんですよ」


そう言うと院長は、高弘に向かって軽く手を上げる。


「高弘君、そろそろ山葉さんを中へ入れて下さい」


院長の声に高弘は軽く頷くと、静かに車椅子を押し始める。

動き出したことで青年、山葉リンは首を少し傾げ、高弘を見上げて微笑んだ。

それに答える高弘の笑みは、どこは痛々しかった。








山葉を部屋に戻した高弘は、院長室へとやってきた。

そこには京と部員たちもいる。

高弘は黙ったまま手近な椅子に座ると、院長のいれたコーヒーを受け取った。


「・・・林さん。今日、ルーシカに会いました」


暫くの沈黙の後、高弘がポツリと呟いた。


「和泉くんから聞きましたよ。あまり自分を追い詰めないで下さいね。私はもう二度と君のカウンセリングを行う気はありませんよ」

「わかっています。でも・・・」


両手で包み込んだコーヒーカップに視線を落としていた高弘が、まるで救いを求めるかのように顔を上げる。


「もし。もし俺が留学なんてしなかったから、ロイ・・・山葉さんはあんな風にはならなかったのでしょうね」

「それは違います。高弘君が留学していなければ、彼は確実に殺されていたかもしれませんし、私や和泉くんに出会う事もなかったはずですよ。・・・さあ、この話はここまでにしましょう。和泉くんの友達もいることですし」


穏やかに微笑んだ院長に、高弘も弱々しく笑う。

そしてバッと、いつもの顔に戻ると、京たちへと向き直る。


「君たちは、ルーシカの本当の年を知ってるか?」

「え? 本当の年・・・?」


高弘の見事なまでの変化と、突然の質問にみな一様に顔を見合わせる。


「え、えっと・・・25才とか聞いたような・・・もっと下か? 違ったっけ?」

「違わないよ。でもそれは表向きで、実際は俺より12才年上だよ」

「12才・・・!? え、先輩って確か20才でしたよね。って事は32・・・32才なんですか。あれで!?」


京が素っ頓狂な声を上げる。

部員たち口をぽかりと開けていた。


「驚く事ないさ。ルーシカは昔から若く見られていたからね。よく俺と同い年か、それより下に見られては喜んでいたよ。まぁ、言いかえれば年をとってから急に老けて見られるタイプだな」


そう言って高弘は笑ったが、京にはそれがいつもの笑い方とは違って見えた。


「仲、良かったんですね」


誰かが羨ましそうに言った。


「・・・もう昔の話だよ。今じゃ友情すら残っていない」

「先ぱ・・・」

「高弘君。君の知っているルーシカ・フィン。マーレイは5年前の『あの日』、死んだのですよ。ロイ・ジョージ・川野のように。違いますか」


院長は高弘のもとへと歩み寄ると、そっと髪を撫でた。

高弘は今にも泣き出しそうな顔をしている。


「和泉くん。それから皆さんも、信頼してくれている人を裏切るようなことはしないで下さいね。何度も裏切られ続けるというのは、やはり辛いものですから」


院長の穏やかなのに深く重い言葉に、水を打ったように静まり返る。

その静けさを破ったのは、京だった。


「あの。ルーシカは先輩を裏切ったんですか?」

「見方を変えれば、彼女も被害者なのかもしれませんね」


京の問いに院長は直接答えず、そのまま有耶無耶に話を打ち切ったのだった。








「先輩。院長先生が最後に言った言葉。ファ・・・なんとかって、あれ何ですか?」


病院を出る時、晴れやかに笑って見送ってくれた院長が言った意味不明な言葉。

京はそれがずっと気になっていた。

高弘は歩みを弱め、京と並ぶ。


「ファゲット。・・・キーワードだよ。

「キーワード・・・?」

「林さんお得意の催眠術。さっき林さんがそれを言った瞬間、お前の友達は忘れたんだ。病院でのやりとりを。気付かなかったか、コーヒーを飲んでいる時、林さんが術をかけていたのに」


然も当然のように言う高弘に、京は少しの疑問と、それ以上の尊敬の眼差しを送った。

そして、聞き逃した。




「俺としては、お前にも術をかけて欲しかったんだけどな」




この話は昔、別の名前で同人誌として発行もしています。

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