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忘却 1 * (蜜蜂&クーニャ)

忘れたくても忘れられないものは、何年経とうと昨年のことのように覚えている。

もし、それを忘れることができるのなら、友人も家族も、そして「想い出」さえも、全てを捨ててしまってもかまわない。

もう一度、心から素直に感じることができるのならば「あいつ」と「同じ」になってもかまわない。

でも、「ここ」に「痕」がある限り、それは叶わぬ夢なのだろう・・・







小さな、本当に小さな天窓から額縁に収められたような夜空が見えていた。

部屋の明かりを消せば、きっとそこには美しい星が姿を現すだろう。


「蜜蜂さん。何をしているんですか?」


先ほどから熱心にペンを動かしている人物に、大きな瞳をキラキラと輝かせた可愛らしい少年が声をかえた。


「暗号解読」


声をかえられた人物は短く答えると、「終わった」とでもいうかのように腕を伸ばす。

胸の辺りまである真っ直ぐな黒髪が、動きにあわせて静かに揺れる。

その後ろ姿は髪の長さも手伝ってか、女性と間違えてしまいそうだ。


「何かあったんですか?」

「あぁ。『上』からの依頼さ。ブルーと雅が手に入れた証拠フィルムが暗号文だったんで、俺のとこへ回ってきたんだよ。・・・ったく、この程度のものなら、自分たちでやればいいものを」


吐き捨てるように言うと、蜜蜂は頬杖をつく。


「あの、蜜蜂さんはブルーさんと雅さんを知っているんですか?」

「さっきから質問ばかりだな。・・・暗号名だけなら知ってるさ。あとは・・・そうだな。緊急召集でもかかれば、仲間が顔を合わせることになるだろうけど」

「緊急召集ですか。一体、どんな時にかかるんでしょうね」


そう言って小首を傾げた少年に、蜜蜂は不敵に笑ってみせる。


「な、なんですか・・・」

「クーニャ。お前は仲間を裏切ったりするか?」


少年、クーニャを見る蜜蜂の目がいつも以上にきつい光を放ったように見えた。

まるで真意を見間違うまいとしているかのようだ。


「え・・・? 裏切るだなんて、そんな・・・。絶対にしません。だって『ここ』はやっと見つけた僕の『居場所』です。それに、一度もあった事はなくても、僕にとっては大切な仲間です。だから・・・!」


必死になって熱っぽく言うクーニャに、蜜蜂は深く頷くように目を閉じる。


「昔、俺がこの仕事について間もない頃、一度だけ緊急召集がかかりそうになった事がある。裏切り者が出たんだそうだ」

「本当ですか!?」

「ああ。詳しい事は俺も知らないけどな。・・・とにかく。裏切りってのは、あまり良い事じゃないよな。裏切る方はどうか知らないけど、裏切られた方はたまったもんじゃない。それに・・・」


蜜蜂はそこで言葉を切り、組んだ手の上に頭を乗せる。その瞬間、とても悲しいような、苦しいような、なんとも言えない歪んだ顔をしていた。










ある晴れた日。

様々な人で賑わう空港に、ひとりの女性が降り立った。

サングラスをかけ、地味な格好をしているにも関わらず、十分すぎるほどの華やかさを漂わせている。


「日本。やっと・・・遂に来たわ」


聞き取れないほど小さな声で呟くと、女性は眩しそうに空を見上げた。









放課後の一文字商業高等学校。

体育館にはバスケットボールをつく音と、野次馬のような女子生徒の声が、いつものように響き渡っていた。


「和泉く~ん。頑張って!」


ギャラリーの大半が、赤い襷をかけた小柄で可愛い2年の和泉京に声援を送っていた。

京が動くたびに、わずかにクセのある柔らなそうな栗毛が跳ね、大きな茶色の瞳がキラキラと輝いてみえる。


ピィィィィ!!!


紅白戦終了の合図が響き、周囲の歓声が一層大きくなる。

近くにいた先輩にそれとなく腕を突付かれた京は、小首をちょこんと傾げながらギャラリーに向かってニッコリと笑った。

すると、体育館が震えそうなほどの黄色い悲鳴があがる。


「相変わらす、物凄い人気だな、京」


タオルで汗を拭いていた京は、ふいに掛けられた苦笑交じりの声に顔を上げる。

そこには長い黒髪をバンナダで束ねた雪柳高弘が立っていた。


「先輩! 今日はどうしたんですか」

「頼まれていた本を職員室まで届けて来たんで、そのついでだよ。それより俺はここの卒業生でも、お前の先輩でもなんでもないんだから、その『先輩』って呼ぶのはやめてくれないか」

「別にいいじゃないですか。先輩だって嫌だって言ってるのに、おいらのこと『京』って名前で呼ぶじゃないですか」


少し膨れた京を見て、高弘はククッと笑う。


ザワッ


まさにその時だった。

突然、まるで風船が割れたかのようなざわめきが起こった。

何事かと思って見ると、みな同じ方向をみて囁きあっている。


「ねぇ、ねぇ。あれって・・・」

「・・・だよね」


生徒の間を凛として歩いてくる、ひとりの女性。

赤金のふんわりとした髪が優雅に胸元で揺れ、猫を思わせるブルーの瞳が魅力的な輝きを放っていた。


「ルーシカ・・・」


彼女は日本でも有名なトップモデル、ルーシカ・フィン・マーレイ。

その姿を認めた高弘の目が一瞬見開き、そして、きつく細められた。

ルーシカはそんな高弘に気付いているのか、いないのか。

静かに、美しく高弘の前で立ち止まる。


「やっぱり、ボーイだったわ。さっき車の中から、ボーイがこの学校へ入るのを見掛けたから、追いかけてきたのよ。随分と髪が伸びていたから、人違いかとも思ったんだけど」


そう言いながら、ルーシカは懐かしそうに笑う。

突然やってきた有名人に驚いていた生徒たちは、ルーシカがきれいな日本語で高弘に親しげに話し掛けたのを見て、さらに驚いた。


「知り合いだったんで・・・っ!?」


同様に驚いていた京が羨望の眼差しで見上げると、高弘は仮面のように冷たい表情でルーシカを睨んでいた。


「せんぱ・・・」

「クスッ。5年ぶりの再会だっていうのに、ちっとも嬉しそうじゃないのね。それとも・・・背中の古傷がまだ痛むのかしら?」


意味ありげに微笑みながら、高弘の頬に触れた。


バシッ!

瞬時にしてその手を容赦なく高弘に払い落とされても、ルーシカは顔色ひとつ変えずに笑っている。


「そうとう嫌われているみたいね」

「・・・あんたとは二度と会いたくなかったよ」


ようやく口を開いた高弘の声は、まるで地の底から響いているようだった。

回りでは生徒たちが、ただならぬ様子で二人の様子をみている。


「そう? でも、どんなに会いたくなくても、生きている限りどこかで出会うものよ。例えば、今日のように・・・」


一瞬の、とても重い沈黙だった。


「ところで、ボーイ。あなたのかつての『相棒』は、もう元には戻らないそうね」

「あぁ。誰かのおかげでな」


刺のある高弘の言葉に、ルーシカはゾクッとするほどの笑みを口許に浮かべた。

そして


「私を殺す?」


挑発しているとしか思えない一言に、周囲が大きくざわめく。


「・・・ここは『光りの世界』だ。あんたの、俺たちがいた場所とは違う」

「そうだったわね。でも・・・本当にそれだけ? あなたは怖いんじゃないのかしら。『ボーイ』に戻ることが。戻ったが最後、もう二度と・・・」

「黙れ!」


悲鳴にも似た声だった。

高弘の握り締めた拳が、誰の目にもわかるほど震えていた。


「クスクス。今日のところは帰るわ。でも、もう暫くは日本にいるつもりだから、また会いましょうね。昔話がしたいから」


優雅に踵を返すと、ルーシカはギャラリーに向けて輝くような笑顔と投げキッスを残して去っていった。


この話は昔、別の名前で同人誌として発行もしています。

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