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空白の時間 * (アオイ&マサ)

突然鳴り響いたポケベル。

いつも以上に大きく、けたたましく聞こえた。

「呼び出しか? 誰からだ」

一緒にいた友人や、そこにいる者たちの視線を尻目にポケベルのメッセージを読む。

そして・・・



「た、橘・・・!」


次の瞬間には、走り出していた。

後方であがった友人たちの驚きの声など耳には入らない。



嘘だ

嘘に決まってる



きっと何かの間違いに違いない。

ポケベルのメッセージは数字の羅列。

緊急時に用いられる『裏刑事』こと『J・WARRIORS』の暗号文。





グリス  裏切る






俺はこのメッセージが嘘である事を祈った。

ただの悪戯だと、有り得る筈のない悪戯であると、そう思いたかった。







 **********





「グリス。アオイよ。今日から『仲間』になるの。・・・アオイ、彼がグリス・河内。私や父さんと同じ『上』の人間よ」


母親に紹介されたのは、ボサボサ頭の少し眠そうな顔をした男だった。


「君がアオイか。どちらかといえば母親似だが、目元は父親そっくりだな。・・・よし。少々無理はあるが俺はお前の兄貴になってやろう。間違ってもオジサンなんて呼ぶなよ」


そう言って全く様にならないウインクをする。

プッ

その仕草がなんとなく可愛くて、思わず吹き出してしまう。慌てて口を押さえたら、母もグリスも笑っていた。

陽だまりのように暖かくて、そして穏やかな笑顔だった。







パァ~ン!


頭上から降ってくる色とりどりの細い紐。

額にヒンヤリと冷たいものを押し当てられる。

シャンパンとクラッカーを手にしたグリスが笑って立っていた。


「この間、20歳になったんだってな、アオイ。おめでとう」

大兄おおにい!」


出会った当初はグリスさんと呼んでいたが、いつしかアオイはグリスのことを親しみを込めて大兄と呼ぶようになっていた。

それはグリスから「堅苦しい呼び方するな」と言われたからでもあるのだが。


「やろうぜ」


シャンパンを掲げるグリスに、アオイは目を見開く。


「これからですか? まだ昼間ですよ」

「堅いこと言うな。お前のお祝いなんだぞ」


そう言いながら、グリスは楽しそうにシャンパンの栓を抜きにかかる。


「グラス持ってきます」

「グラス? いらん、いらん。そんなもの」

「いらないって・・・」


ポン!

いい音をたてて栓が飛び出し、中味が溢れていく。


「アオイ」


え?

グリスへと振り向いた瞬間、頭からシャンパンをかけられた。


「お、大兄!?」

「ハハハ・・・。アオイ、いい男に見えるぞ」


豪快な笑い声。

本当に良く笑った。

グリスも、俺自身も。

ずっと、いつまでもこんな日が続くと本気でそう思っていた。

あの頃は・・・






 **********




「本当にいいのか」

「はい。大兄は・・・いえ。グリス・河内は俺が捕まえます」


夢ではなかった。

現実だった。

『仲間』から『敵』へ。

本気で慕っていた人は俺を、『組織』を、共に戦ってきた『仲間』を裏切った。



何故・・・



原因は金だった。

金はこんなにも簡単に人の心を奪ってしまうものなのか。

人を変えてしまうものなのか。

俺はどうしても信じられなかった。

いや。信じたくなかったのだ。








広がる闇。

互いの乱れた息遣いが聞こえてくる。


「アオイ。必ずお前が追ってくると思っていたよ」

「大兄。何故・・・」


どうしても距離を縮める事ができない。

2人の間を流れる風が、この足を体を動かす事を許してはくれない。


「アオイ。俺は本当にお前の事が好きだったよ」


静かな、とても静かな声だった。

グリスの瞳が僅かに揺れていた事に、怒りと悲しみに支配されていた俺は気付かなかった。気付けなかった。

グリスの中にあった大きな悲しみと、それを上回るどす黒い欲望に。

だから―――――



「アオイ・・・!!!」


ようやく追いついた母さんの悲鳴にも似た声にハッとなった時、俺は初めて気が付いた。

グリスの手に握られているものの存在に。


「うわっ」


スローモーションのようにグリスの手から離れたもの。

一瞬にして周囲を白煙で覆ったそれは、グリスが得意とする爆弾ではなかったが、俺と母さんを足止めするには十分なものだった。

そして―――――



次にグリスを追い詰めた時、そこは一面 炎の海と化していた。









どこかで声がする。

声はだんだんと大きく近付いてくる。


「・・・先生、気がつきました!」


ここはどこだろう。

どうして、こんな所にいるのだろう。

体が変だ。まるで自分のものではないようだ。


「君。自分のことがわかるかい」


静かな声に、俺はほとんど動かない体で小さく頷く。


「・・・アオイ。橘アオイ・・・です」


口をついて出た声は、まるで別人だった。

そして、橘アオイと名乗った俺に、周囲の空気が大きくざわめいた。







俺は『橘アオイ』から『丸山葵』に、『男』から『女』になった。


「戸籍上は息子ではなくなったが・・・養女にくるか」

それは厳かな告知のように聞こえた。


「・・・断ります」

「そうか」


父さんは、それきり何も言わなかった。

きっと俺の気持ちを感じ取ってくれたのだろう。

父さん。

許されるなら、貴方の養女でもいい。家族でいたい。

死んだ母さんの分までも。

でも・・・

別人となったからには、別人として生きていく。

甘えてはいけない。自分自身のためにも。

それでも、この名前が家族の絆を、俺たちが家族である事を教えてくれる。父さんのくれた名と、母さんの旧姓が。








いつか、この事実を真正面から受け止められるようになりたい。

きっと、そうなってみせよう・・・



1/18 余白を少し増やして、読みやすくしてみました。

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