〝ヘンテコ〟
ぼくのいた中学は
ヘンテコなかたちをしていた
三階の端っこから
ほんの短い
ガラス張りの廊下を渡って
その一番奥の隅っこに
ぽつんと音楽室があった
そこの音楽室は
ヘンテコなかたちをしていた
雛壇みたいに
奥につれて段々と高くなって
左右の壁いっぱいに
音楽家の絵が貼ってあった
黒板の前には
ピアノがぽつねんとあって
誰も拭わないのに
いつもピカピカしていた
中学のぼくの心は
ヘンテコなかたちをしていた
ある日ぼくが授業をさぼり
ひなたぼっこの場所を探して
彷徨っていた午後
音楽室の前の陽だまりに
いい場所を見つけて
沈み込んだとき
不意に響き出した
柔らかな刺々しいピアノが
もたれかかった
防音の金属扉から
ノックするように叩かれだした
ヘッタクソだ
音程がなってない
なんの曲だよ
ほんと、うるさいな
眠れないじゃないか
その日の午後は
ヘンテコな音がしていた
誰もいない廊下で
うずくまる学ランと
誰もいない音楽室で
姿なく聞こえる叫び
観客じゃないから
ギャラリーはいないのに
聴衆でもないから
聞く人もいないのに
ぼくのうつむいた目に
答えるかのように
ピアノが叩くアンコールを
仕方が無いから
律儀に聞いてやった
その日の午後のヘンテコは
唐突に終わった
ピアノがふつり と
鳴り止んだ時に
ぼくは重たくなったまぶたで
ああ 終わった
と 思った
なんとはなしに
浸りたい気分だった
だから
陽だまりにまた沈み込んで
学ランをかぶって
重いまぶたを閉じた。
金属の軋む音
恐る恐る 恐る恐る
踏む床を上履きが叩く音
すっと息を飲む音
走るでもなく
逃げるでもなく
変なものを見るような
不思議そうな衣擦れ
ぼくのその午後は
ものすごくヘンテコだった
早く行けよ
さっさと教室に帰れよ
さっさと
さっささっさと
早く次の
休み時間 来いよ




