秘密への序曲
たとえろくでなしと言われても
おれぁ賭け事が好きさ
三度の飯より大好きだ
だけどよ
そいつも今日で終わりにして
今までに負けた分
何倍にもして勝ちに行くんだ
賭け事よりも大切な
クスリのために
おれが飲むわけじゃねえ
もったいねえさ
おれがほんとに
飲んでもらいてえのは
大きな声じゃ 言えねえのさ
前に一度
大きな家の窓から
ピアノが聞こえてきた
優しくてな
思わず窓の下で
聞き惚れちまった
窓の方を見上げてたおれは
ピアノを弾いてたその娘と
偶然目が合った
すると
なんでかな
あいつはふんわり笑って
ピアノお好きなんですねって
言うんだよな
そりゃピアノは好きさ
その娘のはな
おれは神様は信じねえけど
天使ってのは
いるのかなあ なんて
思っちまった
後で聞いたらな
その娘は
重い病気にかかっていて
もう ながくはもたないそうだ
その病気にはな
よく効く薬があるんだが
こんな片田舎じゃあ
少ししかなくて
それをいいことに
この町の医者が
値をつり上げてるんだ
片田舎の地主じゃ
買えないくらいにな
その娘の親父は
持ってる土地をいくつも
金に換えて
賄賂まで贈って
欲しがったが
カモにされるだけだって
気付かなかった
医者は薬を見せびらかすために
後生大事に持ち歩く始末だ
今日の朝で
あの娘が眠り続けて
三日になる
だがヤブ医者は
重くなっていく財布で
賭場に通いはじめた
おれぁ賭け事が好きさ
ものすごくツイてる奴にゃ
勝てる気がしない
けどな
おれの見抜けない
イカサマぁねえんだ
イカサマをして稼いだ奴が
賭けをしたらな
またすぐにでも
したくなるのさ
賭場に集まるのはみんな
ヤクザ者さ
そんなとこで
イカサマがバレたら
命がいくつあっても
足りねえんだぜ
賭場の周りに人が群がる
今夜は 金の匂いがする
噂通りだ
奴はチップを山にして
酒を喰らって負け続けてる
おれはその隣に座って
舌なめずりする
もうそろそろ
ヤブ医者は焦りだす
チップの山が
見る影もない
奴は冷や汗を浮かべて辺りを伺う
おれが白々しく
そっぽを向くと
服の袖からカードを出して
奴は手札に混ぜた
詰めが甘いぜ
おれは身を乗り出して
そっと囁く
なあ先生
見逃してやってもいいんだ
取引しようぜ
奴の白い顔が目に浮かぶ
自分の命惜しさに
後生大事な金のなる木を
奴は投げてよこした
おれはあの娘の家の
呼び鈴を鳴らしに行った
あの娘の親父はおれを
うさんくさそうに見たが
あの薬を見ると慌てておれを通した
いくらでもいい
言い値で構わないから
薬を売ってくれって
頼み込まれたが
おれには売る気なんか無かった
たったひとつの
望みがあるだけだ
あの娘の命に
値段なんかつけねえよ
おれはたったひとつだけ
条件を出して
薬を手渡してやった
うさんくさく
笑いかけながらよ
さあほらよ
ボケっと突っ立ってねえで
はやくあの娘を
助けてやんな
その年の春
あの娘は元気になった
まだ一応安静にはしてるが
あの娘はまた
ピアノを弾きはじめた
それから
親父さんは
おれとの約束をちゃんと守ってくれて
あの娘の部屋の窓の下には
小さなベンチができた
今朝の新聞に
あのヤブ医者の顔が
一面に出ていた
おれが言わなくたって
バレるもんはバレるさ
おれは新聞を畳んで
窓から聞こえてくる
あの娘のピアノを
目をつぶって
聞いた
親父さんは金を払うと言った
いや受け取ってくれってな
でもおれぁ嫌だった
それじゃせっかくの
あの娘のピアノが
もう聞きに来れなくなっちまう
それで終わりになちまうだろ
だからおれは頼んだんだ
少しでもいいから
あの娘といられる
午後を
ピアノが止まった
見上げると部屋着のあの娘が
寝ちゃってたんですかって
何故だか頬を染めて言う
聞き惚れてたなんて
言えねえけど
こんなおれのために
弾いてくれる
あの娘のために
笑ってうなずくと
あの娘は嬉しそうに
話しかけてくる
おれぁやっぱりやっぱり
ここが好きだ
この娘とピアノが
まあその なんだ
大きな声じゃ言えねえけどな
三度の飯より
大好きだ




