勇者の娘
ある朝、テレビのニュースを見ながら家族で朝食を食べていた。
そのはずが……ここはどこ?
父は新聞片手に、母はしゃもじ片手に、そして私は茶碗と箸を持ったまま、見知らぬ場所にいます。
遠巻きにローブを着た集団がこちらを見ている。
その中にいたおじいさんがこちらに近づいてきた。
「勇者よ、この世界を救うのだ」
「はいぃ!? 何、勇者って」
この人電波ですか? 頭大丈夫??
今時そんなこと信じるわけないじゃん。
「あー、パパ昔ヤンチャしててなぁ。勇者やってたんだわ」
「パパ素敵だったのよ~」
嘘でしょ。確かに、家の庭に刺さりっぱなしの剣があって、変だなとは思ってたけども!
母との出会いの記念とか言ってたから、大して気にしてなかった。
じゃぁ、父さんが行けばいいってわけね。
安心安心。現代の女子高生が戦えるわけないし。
「でもパパ、今ぎっくり腰だから行けないな。悪い、綾香行ってきてくれ」
「マジで!?」
はぁ!? 私包丁しかもったことないよ!?
行ったら死ぬじゃん!
「俺の娘だから、大丈夫だ。魔王倒したら帰れるから頑張れ」
「もう誰でもいいから、行って下さい」
父恨む。
そしてローブのおじいさん投げやりだね。
そんなこんなで、騎士のお兄さんをつけてもらいました。って、1人だけ!?
「よろしく、勇者ちゃん」
「あー、鈴木 綾香です」
「アヤカちゃん、よろしく」
お兄さんチャラいから、不安だわ……。
まだ仲間増やさないとね。
回復役が重要。
「ちょっと、俺の名前は聞かないの!?」
「お兄さん煩い」
「マジで!? これでも女性に城で騒がれてたんだけどな」
神殿行ったら、姉がいました。
ビーナスが降臨したかのような美しさです。
あ、でも、そっくりさんかもしれないよね。
「あーあ、せっかくのハネムーンが」
姉ですね。
自分本位。まさしく姉です。
「いや、世界滅びるって時じゃん。つーか、お姉ちゃん県外の人と結婚したんじゃなかったの?」
「そーよ、“圏外”。まー、旦那は大司教だし、一緒には行けないわよね。代わりにおねーさまが行ってあげるわ」
姉が加入してから、どんどん魔物を倒せるようになった。
回復魔法、補助魔法、神聖魔法とすべてをこなせる存在の心強いこと。
お姉さま強かった。流石ですね。
「アヤカ! 俺が今魔物倒したの見たか!?」
「あー、はいはい。すごいすごい」
「くっ……、君に敵う男になるにはまだ遠いのか……!」
えっと、騎士のお兄さんはどうしたんだろうか。
なんだか、旅の途中からこんな調子なんだよね。
疲れてるのかもしれない。早く、魔王を倒そう。
暗雲の中、魔王城にたどり着いた。
装備も、伝説の剣、伝説の鎧、伝説の靴とばっちり揃えましたね。
レベルもこれ以上ないってぐらいに上げた。
騎士のお兄さんはいつの間にかチャラくなくなってた。
やっぱり、兄さんにとっては厳しい旅だったんだ……。
魔王を倒した後、一緒に暮らさないかって言ってたのは、今がキツいからだよね。
姉は、長旅でも美貌が崩れることはなかった。
むしろ、姉の下僕たちのおかげで順調に旅が進むようになった。
「勇者様、神官様、騎士殿! こちらわたくし共で開発した回復薬でございます! 最終決戦にお役立て下さいませ」
「ありがとうございます」
「ありがと」
「感謝する」
姉の微笑みに、下僕一同が恍惚としている……。
とりあえず彼らを放っておいて、分厚く巨大な城門を開けた。
空気が段違いに濃い。
魔王が、いるんだ。
最初の扉にいた四天王オリエンスは、姉が束縛魔法をかけたら、何かに芽生えたようだ。
束縛された蓑虫のまま、背後からついてくる。
とりあえず、無視して次の扉を開く。
次の扉の四天王パイモンは知恵を象徴する悪魔だ。
ここで姉がしりとり勝負をしかけた。
キ攻めをしているようだ。白熱している。
いつまで続くのだろうか。
やり残してきたゲームのことを考えていたら、姉が勝ったようだ。次に進もう。
次の部屋には、四天王アリトンがいた。
彼は秘密を象徴する悪魔のようで、私たちの秘密を暴くと脅してきた。
だが、そんなの問題ない。私達には秘密なんてないんだから。
「哀れだなぁ、騎士よ。お前の秘めたる想い……。勇者に恋をしているな?」
「なぜ、それを!?」
これは想定外の展開なんだけども。
「そんなの秘密じゃないわよ。妹以外、みーんな知ってるわ」
「なんだと!? ワシの術が看破されたか! いいだろう、勇者たちよ、進むがよい」
お姉さま知ってたんですか。
えっと、騎士のお兄さん、呆然としてるんですけども。
……なかったことにしよう。
私は次の扉を開けた。
最後の四天王アマイモンがいた。
彼は暴虐を象徴する悪魔。
いきなり切りかかってきたが、旅で鍛えた反射神経でかわす。
そして、攻撃して体勢が崩れているアマイモンに、騎士のお兄さんが斬りかかった。
アマイモンと騎士のお兄さんの戦いが熾烈を極め、下手に手助けできない状況になった。
「騎士のお兄さん頑張れー」
「アヤカの声援があれば、俺は!!」
あっという間に、倒してしまった。
さぁ、いよいよ魔王だ。
「ちよっ、アヤカ何か言葉ないのか!? カッコいいなとか思わなかったか!?」
最後の扉を開けた。
「よく来たな、魔王よ!」
「って、あれ!? お兄ちゃん!?」
「えっ!? 勇者ってお前?」
聞き覚えのある声だと思ってたら、家を出て行った兄が玉座に座っていました。
日本人特有の黒い髪、黒い目、黄色人種の肌。そして、頑固な頭の寝癖、間違いない。
……いやいや、おかしいでしょ。
「就職したって言ってたじゃん!」
「えっとな、兄ちゃん、ここに就職決まっちゃった」
「は!?」
「んもー、大貴のせいで肌荒れちゃったじゃないの! 旦那に飽きられちゃうわ。馬鹿らし」
姉はネイルを塗り出しました。
どこから出てきたんですか、テーブルと椅子は。
紅茶を運んでくる悪魔が見えました。
魔王の部下をパシリにするとか、流石ですね。
「兄上! アヤカ殿との交際を認めてくだされ!」
「はぁ!? お前に兄上言われる筋合いはねーよ!」
この状況どうすればいいの。
とりあえず、魔王の兄と和平を結んで、帰路につく。
この脱力感は何だったんだろう。
すごく、疲れた。
とにかく、父。許さん。