バスケ2
ぼんやりとした意識の中、バスケのコートを見つめる。
冷たい床に座り込んでいたために俺の尻はすっかり冷えているようで、痺れたような痛みが感じられる。
──不意に飛んできたバスケットボールが俺のすぐ横の壁を叩く。
その音で意識がハッキリと現実を見る。
クラスメイトがごめんごめんと軽く謝りながら跳ね返ったボールを拾い上げて、コート内へ戻っていく。
そこでやっと今が体育の授業中であることを思い出した。
壁に背を預ける形で体育座りをしていた俺は、猫背になり膝に顔半分を埋める。
体調不良を理由に見学をしてはいるが、いつもは体調が悪くても授業は受けるし、今は休むほど悪いわけでもない。
ではなぜこの授業を見学しているのか。
「バスケはなぁ……」
呟きをため息に混じらせながら忙しく飛び回るボールを目で追いかける。
中学や高校の授業で行われるバスケでは、ドリブルが少ない。
ボールを持つとすぐに囲まれるし、囲まれる前に動けるやつはあまりいないからだ。
たまに動きが早いやつがチームに一人二人いたりはするが、基本的に個人プレーに片寄ってしまっている。
─なんてことを考えながらまた思考の底へ沈んでいく。
バスケは、嫌いだ。
嫌な思い出ばかりが頭を過る。
俺は、バスケが好きだった。
選手になりたいとか、そんなことはこれっぽっちも思っていなかった。
ただコートに立ち、ボールを追いかけて全力で駆けたりするのが、たまらなく楽しかったんだ。
俺が得意だったのは、ドリブルでもシュートでもない。
パスカットが得意だった。
まあ、得意と言うよりは好きと言うべきか。
相手の動きを想像して、少し上手いやつをわざとマークから外す。
距離は出来る限り開けて、まるで存在にすら気づいていないように背を向け、ボールを持った敵の動きに注意する。
敵はチラリと俺の背後を見て、しめたと言わんばかりに大きめのパスを出す。
その動きと同時に、俺は駆け出す
────後ろにいた敵に向かって。
ボールと相手の間に勢いのまま割り込み、カットする。
驚く相手には目もくれずにすぐに味方へパスを回して、そこで俺の役目はお仕舞い。
シュートなんて誰かが決めてくれればいい。
俺は、別にヒーローなんかになりたいわけではない
ただ、楽しければいい。
相手にぶつかってしまうかもしれない。
勢いがつきすぎてコートの外へ飛び出してしまうかもしれない。
でも、そのギリギリを乗り越えてボールを奪うのは、スリルがあって楽しいのだ。
でも、そういう動きは目立ってしまうわけで。
それを快く思わない目立ちたがりがいたりしてしまうわけで。
まあ、要するに文句を言われたわけだ。
危ないからああいうのはやめてほしいんだけど。
なに?目立ちたいわけ?
言われるだけなら良かったのだが、バスケのチーム分けの度に俺は余り物になるようになった。
チームに入れてもらえないとプレーも出来ないわけで、だから、バスケはここ半年ほどやっていない。
学年が変わって、それからはバスケの授業だけは休むようになった。
訳を知らないクラスメイトには、バスケが嫌いなのだと説明した。
ほんとは
今でも大好きなのだけど。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、休憩時間に入る。
次の時間も続けて体育だが、生徒達は水分補給などのために体育館から出ていく。
一人残された俺は、コートの隅に転がっているボールを見つけ、座りっぱなしで痛くなった腰を伸ばした。
ボールに歩み寄り、指先で触れる。
体の、奥と言うべきか芯というべきか、深いところが疼くのを感じた。
今度はしっかりとボールを掴み、ドリブルする。
前より肘と手首の動きが鈍くなったな、などと思いながらゆっくりと
しかし次第に早く
走り出した。
敵も味方も、ましてや観客すらいない、寂しさすら感じる空間。
でも、それでもやっぱり。
俺は
時折床に擦れて高い音を出すシューズ。
体育館全体を震わせるように床を叩くボール。
そう簡単にはボールを受け入れてくれないゴール。
弾む呼吸。
ゴールを前にしたときの高揚感。
外したときの悔しさ。
入ったときの喜び。
走り続け、心地よい疲労感をまとった全身を
まだまだ足りないとばかりに動かしながら。
噛み締めるように、胸の奥で燻る気持ちを吐き出す。
俺は、バスケが──
バスケで得られる感覚が、疲労感が、全てが。
「───好きだっ」
放たれたボールは騒がしい音をあげながら、ゴールの網を通り抜けた。