第8話:大柳
朝食もちゃんと食べ終わり、出かけるために着替える事にした。
「さてと……」
僕が上着を脱ごうとすると、優ちゃんが部屋にいる事に気づいた。
「ど、どうしたの?」
僕は優ちゃんの前で着替えようとした事に恥ずかしさを覚えた。
「今から着替えるけど……?」
優ちゃんはさも当然のように答えた。
「私の服、ここにあるもん。」
あ、そうか。
優ちゃんの部屋はまだ出来てない。
だからこの部屋は、僕と優ちゃんの部屋だ。
「じゃあ僕廊下にいるから先に着替えてよ。」
「え?なんで?一緒に着替えればいいでしょ。変な明ちゃん。」
優ちゃんは言いながらタンスから服を取り出して着替え始めた。
もちろん僕に背を向けてはいるが。
僕は妙に意識していると思われたくなかったので、背を向けて着替え始めた。
まぁ特に変ではないのだが、着替えてる間、僕たちはしゃべらなかった。
なんだかその沈黙が気まずい。
パサパサと服がこすれる。
僕はそれを気にしないように努めながら着替えた。
着替えは優ちゃんの方が早く終わり、僕をせかした。
「は〜や〜く〜。」
「待ってよ。もうすぐ終わるから。」
僕は着替え終わったので優ちゃんの方を見た。
「……あっ…」
優ちゃんは昨日僕が選んだ服を着ていた。
「それ着たんだ。」
「うん。動きやすいからね。」
優ちゃんが僕の選んだ服を着ていた事に僕はうれしくなった。
思わず
「ありがとう。」
とか言いたくなった。
「ね、準備できた?」
「あ、うん。じゃあ行こうか。」
僕たちは母さんに出かける事を伝え、外に出た。
「どういう所に行きたい?」
「うんとね。じゃあいろんな買い物が出来るお店がある所がいいな。」
「そうだな……商店街にしようか。」
赤間市の商店街は、小さい市にも関わらずずいぶんと立派だ。
服、食べ物、グッズ、とにかくほとんどがそろっている。
優ちゃんは初めて見るだろうというその街並みにしきりに目を輝かせていた。
僕は得意気にいろいろと説明した。
「あれはね、14代も続く老舗のお団子屋なんだ。とってもおいしいよ。」
「ふーん。ねぇねぇ、食べてもいい?」
「うん。いいよ。」
僕は人気の草団子を二本頼んだ。
団子屋の主人はすぐに出してくれた。
優ちゃんは団子を観賞する事をせずに、すぐにパクリと食べた。
「おいしい〜〜♪」
「でしょ?ここのはすっごく人気なんだ。」
僕は、まるで自分が作ったかのように言った。
優ちゃんはそんな僕を見て、少し笑った。
その後もいろんな所を歩いた。
その中で僕が知った事もある。
優ちゃんはあんパンがとっても好きなのだ。
食べてる時の優ちゃんは年より幼く見える。
「明ちゃん。あれ何?」
優ちゃんは小高い丘の上を指さした。
「あぁ、あれは柳の木だよ。昔からあの丘に生えてるんだ。」
「行ってみたいなぁ。」
「じゃあ行く?」
「え?でも遠いよ…」
「大丈夫。近道知ってるんだ。さ、行こ。」
僕は優ちゃんの手をとり引っ張るように歩いた。
「あっ……」
優ちゃんは最初、戸惑っているようだったが、やがて僕にひっぱられなくてもついてきた。
優ちゃんの手は人一倍冷たかった。
それでも確かな温かみが感じられた。
僕は悲しみと愛おしさを同時に感じながらその手を握った。
優ちゃんはちゃんとついてきてる。
だから僕はもう手を握る必要はない。
それでも僕は握る。
優ちゃんの手に僕の暖かさを与えるように握る。
それでも優ちゃんの手は冷たいままだった。
「ついたよ。」
大柳の所についたときには、太陽が落ちかけていた。
「うわぁー、すっごぉーい。」
そこからは赤間市が一望できる。
都会ではないので、街の建物の高さはほぼ一致している。
だからその分キレイに見える。
白っぽい建物の間をぬうように緑の木が生えている。
「キレイだねー。」
「…うん。」
僕たちは二人でずーーっと眺めていた。
「……たくないな。」
「え?何?」
優ちゃんは何かを言った。
でも僕はボーッとしていたので最初の方が聞こえなかった。
「あ、ううん。なんでもないよ。そろそろ帰ろう。お母さん心配しちゃうよ。」
言われてみればもう太陽は真っ赤だ。
僕たちは少し早足で帰った。
優ちゃんの言ってた事が気になったが、何度聞いても教えてくれなかった。