中篇
そんな事が続いたある日。
先方でトラブルがあり、夕方からの打ち合わせが伸びて、気がついたら九時を回っていた。
定時は五時だから、かれこれ四時間も残業してる。
残業してもだいたい二時間ってのが普通だから、かなり疲れた。
「やーっと終わったなー。ごめんな。今日は直帰って連絡入れたから。俺も直帰になったし、どうする? 夕飯食ってく?」
打合せが伸びた日に夕飯食べて帰るのも習慣化され、いつもと同じ様にメシに誘った。
返事もらう前から『メシの後、飲みに行くか?』って考えてた、当然OKの返事をもらえるって見越しての事だ。
でも……
「ごめんなさい。今日は家で食べます」
「あー。そっか。なんか予定あった? ……彼氏とデートとか?」
こんなときに自分から男の話題を振ってしまうバカな俺。
これで『うん』とか言われちゃうとへこむくせにさ。
「いえ。あの。違うんです。私、一人暮らしで自炊してるんですけど、昨日煮物を作り過ぎちゃって、無駄になるので。……彼氏だなんて、いませんし……」
恋人はいない!? そうか。うん。よかった、とりあえず一安心。
期待してた答えが聞け、内心かなりの安堵感が広がるっているも表情には出さない。
それにしても自炊って言ったよな? へぇ~。料理出来るんだ。
自分の思い描いてたギャル津久野像が崩れて、そのギャップにグッとくる。
あ! ヤバ。またオヤジ丸出しだな。
「へー。煮物とか自分で作るの? 何? どんなの?」
料理の中でも和食作れるってかなりポイント高いんじゃない?
「大したものじゃないんですけど、昨日は筑前煮を作って。少しの量って作りにくいので多くなっちゃって……」
照れて下向きながら答える。ちょっと頬が赤いな。料理出来るって別に恥ずかしいことじゃないよな?
筑前煮かー。最近食ってないなー。おふくろの味って感じだな。
「すげーな。結構本格的に料理するんだな。筑前煮か。うまそうだな」
「えーっと。よければウチでご飯食べませんか?」
「……え!?」
耳を疑う。今って家に誘われた?
俺って脈ありなの?
それとも範囲外で男として見られてないから?
そもそも男を家に上げる意味わかってるのか?
返事に困っていると「ごめんなさい。変なこと言って。いつもごちそうしてもらってるお礼にって……やっぱり、聞かなかったことにしてください」って今度は耳まで真っ赤になった。
いつものお礼? そうだよな。お礼だよ。そんな深い意味ないよな!
あ~!!! もう、何でも良い! このままチャンスを潰すことは出来ない!!!
「じゃあ、ごちそうになろうかな」遠慮がちに言った一言に、一瞬で彼女が笑顔全開になった。
その笑顔にノックアウトされてるの、わかってないんだろうな。
津久野の家はウチと同じ沿線で一駅違いだった。
何気に近いな~! ってこれだけで嬉しくなる。
駅から徒歩十二~三分かな? 人通りも多いさや治安なんか気にしながら、彼女のアパートに着いた。
道すがら『一人暮らしの女の子の家に上がり込むなんて』と躊躇する大人としての自分と、『彼女から家に誘ってくれてるなんてチャンスもうないぞ!』って思う素の自分が戦っていた。
最初から後者優勢だったけど「どうぞ~!」って玄関を開けてもらう頃にはあっさり勝負の決着はついていた。
彼女の部屋は1K+ロフト付きという、一人暮らしにしては至って普通だった。色合いも小物類も可愛らしい物が多く女の子の部屋って感じだ。
ただ、ひとつ問題なのがベッドがロフトではなく部屋に置いてあったこと。コレはまずいだろ。
自制心。自制心。
平常心。平常心。
呪文のように心の中で唱えながら目を閉じる、小さく深呼吸をしてみる。
俺は会社の先輩として信頼されてるんだ、と自分に言い聞かせ目を開く。
「ご飯の準備しますね」とキッチンで準備を初めた彼女に「狭いですけど、テレビでも見ててください」って言われたが、視界に入るベッドを嫌でも意識してしまう。
なんとか意識を反らし、ベッドを視界から消すように背もたれにして座りテレビを点けた。
キッチンへの引き戸が開いていてシンプルなストライプ柄のエプロンを身に着け、鍋を火に掛けている彼女の後姿が見える。
まるで新妻みたいだなぁって妄想全開。
大丈夫か? 俺。
「お待たせしました」と並んだ料理に目を瞠った。
筑前煮だけでなく、魚の塩焼き、ひじきの煮物、きゅうりの浅漬けってすごい豪華だな。
あんな短時間で用意したの?
「ビールお持ちしましょうか?」という申し出は断った。だって酔って記憶が無くなってしまっては勿体ない!
「「いただきます」」
ご飯急いで炊いたんですけど、お口に合いますか? なんて……旨いに決まってる。
筑前煮、何年ぶりかな? これならちょっと苦手なレンコンが食べれるんだよな~! うん。旨い。
子供の頃、鶏肉ばっかり食べるなって怒られたな~! 一晩経ってるし、こんにゃくも味が染みてる。
「旨い、旨い」って連発してたら「煮物って調味料少ないし簡単なんで、あんまり言わないでください」と頬を染めた。
「この魚は? 金目鯛?」と塩焼きの魚に手を出す。うわ~! 脂が乗っててうまいぞ!
「これはキンキって言って、私の地元だとポピュラーなんです。お祝いとかも、鯛ではなくキンキ食べるんですよ!」
「地方出身? 地元どこ?」
「秋田です。大学からこっちなんです」
秋田か~! 雪のように白い肌も納得の秋田美人だ。
なんでも、兄貴がこっちで就職してて頼って上京したらしい。その兄貴は今、埼玉だって。
メシがすごい勢いで進む。二度もおかわりしちゃったし。浅漬けなんて帰ってきてから、急いで作った様には見えない。
メシを食い終わって、お茶を入れてくれる。ここで日本茶、落ち着く。
「ごちそうさま。旨かったよ! ありがとう。遅くなると悪いし、そろそろ帰るな」
脱いでた上着を引き寄せ、腰を上げる。
「私の方こそお粗末さまでした」
「あのさ、タダメシ食っといてなんだけど。男を家に上げるのは警戒した方がいいぞ。俺みたいなオジサンでもあぶねーから……」
話の途中から俯いてしまって段々と俺の声のトーンが下がった。
やばい、説教染みてた? 泣かせるつもりはなかったんだが。
「私、誰でも家に上げるわけじゃないんですよ。直木先輩だから……」
俺だから……? マジで? 自惚れてもいい?
気が付いた時には抱きしめていた。
「好きな子にそんなこと言われたら本気にするぞ!」
「本当に好……」最後まで言葉にすることなく唇を合わせた。
「俺もずっと好きだった」思いを吐き出すように言葉に乗せ、また唇を貪る。
……そのまま彼女を頂いちゃったのは、言わなくてもわかるだろ。
ごちそうさま♪