▼婚約者
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――レヴィエ・アスカール侯爵。
その麗しい貴人を知らないリエンヌ淑女はいない。未婚の娘を持つ男親はなんとか娘を嫁がせようと、また、彼に恋焦がれる淑女達はありとあらゆる手段を講じ、彼になんとか近づこうと策を張り巡らせている。
けど、それはあくまで上級貴族達だけの話であって、私達みたいな下級貴族には永遠に関りのない人だとずっと思ってきていた。つい先日までは。
「・・・っ、」
カッと、目を開けば、そこは見慣れた自分の部屋で、私は思わず特大の溜息を吐いた。
どうやら長い夢を見ていたらしい。
ベッドから抜け出し、裸足でペタペタとバルコニーに出れば、太陽がだいぶ上まで来ていた。
それから推測すると、かなり寝過した事が判る。
「それにしても、随分現実的な夢だったわね・・・。」
「残念だが夢ではない」
「・・・・・・。」
独り言のつもりだった。本当に、独り言のつもりだった。
でも、現実はそんなに甘くはなかった。
部屋の入口の方へ目を向ければ、琥珀を溶かしたような、長くも美しい髪を緩やかに束ね、腕を組み、こちらへ呆れた眼差しを向けている一人の男性と目があった。
どう見ても、何度頬を抓って見ても男性は消えなかった。と言う事は。
「夢・・・、じゃない?」
「何度言えばその頭は理解する。先程から夢ではないと言っているだろう。リシェリン嬢。」
夢じゃない、夢じゃない。なら、今も?
その事実に、今更のように至った私は悲鳴を上げ、自分の恰好を見て更に悲鳴を大きくした。
自慢ではないけれど、今まで寝起きを誰かに見られた事は無かった。
パーティーに出席する時は充分に化粧を施し、そばかすを消して参加していた。
だから、パーティーで顔を会わせる人は私の素顔を知らない。
なのに。
「お嬢様、どうなさいました」
「お嬢様、如何なさいましたか」
私の上げた悲鳴に、次から次へと使用人達が駆け付けてくる。中には掃除中だったのか、雑巾を持った人もいた。
だが、その時の私はとにかく恥ずかしくて堪らなかった。
「出てって、今すぐみんな出てって!!」
貴方も、と、麗しい青年を指差して糾弾しようとした私は、その青年の行いによって再度固まり、叫ぶ事となってしまった。
いつの間にか私の傍に来ていたその人は、私の髪と手の甲に、何の躊躇いもなく口付けた。
それは単なる挨拶だったのかもしれない。
でも、全くそれに慣れていなかった私は、悲鳴を上げ、ベッドの中に逃げる事しか出来なかったのだった。
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