▼毒と悪意-2-
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ぞろぞろと人間を引き連れ、部屋に雪崩れ込んできたのは、この国の王太子殿下だった。
サラ様が必死で嫌われようと努力をしている相手であり、この国の次期国王。
「侍医なら連れてきた。」
王太子が医師に目を向けると、薬を持っていた女医が私が横になっている寝台まで近づいてきた。
「これをお飲み下さい。--サラ様はこちらを。」
銀色のトレイの上にある、二つの入れ物。
触れているからこそ判る、サラ様の不安な心。
冷たく、細かく震えるサラ様の細い指先。
アン達にも飲み物が配られた。
安心できるはずなのに、でも本能が、私に警告している。
その薬は、飲み物は危険だと。
迷っている隙はなかった。
私は唯一自由な喉を酷使して、叫んだ。
叫んで危険を知らせる筈だった。
「・・・で、・・・ま・・・いでッ」
なのに、実際私の口から出た声は肝心なところが掠れていて、音にならなかった。でも、私のこの警告は無駄にはならなかった。
メリッサが、私が声もなく必死に喘いでいるのをみて、すぐに何かを感じ取り、友人達に薬を飲まない様に瞳で言い含め、王太子に向き直った。
「恐れながら、王太子殿下に申し上げます。」
メリッサは怒ると怖い。
静かに怒りの焔を心の内に燻らせ、一気に放つ。
父親の勝手で、生まれる前から捨てられ、母にも虐待されて育ってきたメリッサは、人一倍警戒心や、自立心が高い。
今でこそ令嬢らしく振る舞ってはいるけれど、彼女に逆らう下町の子はいない。
彼女に逆らうという事は、死を意味する。
「殿下はサラ様が手に入ればそれでいいのですか?」
「サラは、王太子妃第一候補だ。」
不穏な空気が、メリッサの周りに漂いだし、私に向けられていた関心は、いつの間にかメリッサと王太子殿下の方に釘づけになっていた。
女医はその隙を逃さなかった。
痺れ薬で何も抵抗できない私に、無理やり薬を口の中に流し込み、一滴も吐かないように白い布で口を押さえ、暗く澱んだ瞳に光を宿らせた。
その光は、憎い相手を確実に仕留めた達成感にも似ていた。
その女医の行動が、激しい嫉妬から来ていた事を知るのは、私が恋心を自覚してからだった。